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岸田奈美|NamiKishida
年末のある日とつぜん、部屋の天井が落ちて、上階の汚水が流れこんできたときの限界記録。
比較的多くの方の目に触れてしまったnoteを集めました。
母が心内膜炎で入院、祖母は認知症が悪化、犬は大暴れで……岸田家の危機に、祖父の葬儀、鳩の襲来などが続々と!「もうあかんわ」と嘆きながら毎日更新した2ヶ月の記録。ライツ社から発刊した同名の書籍に収録していないエピソードも。(イラスト:水縞アヤさん)
NHK BSプレミアムドラマ「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」の原作エッセイ・撮影現場レポートのまとめ。ドラマは“岸本七実”が主人公のトゥル〜アナザ〜スト〜リ〜なので、読んでから観ても楽しめること大請け合い!
家族で海外へ行くと、よくタクシーに乗る。 乗るったら乗る。そりゃもう乗りまくる。 わたしひとりだったら、リムジンバスでも、地下鉄でも、すいーすいーすーだららったーなのだが。 これがこう、だいたい、こういう感じなもんで。 スーツケース3つを抱えるわたし、足の遅さが常に牛歩戦術の弟、車いすに乗ってる母のポンコツドラクエパーティなもんで。 空港によくあるリムジンバスはでっかすぎて、母が階段をのぼれない。 地下鉄は改札までたどりつくのがやっとで、治安がよくないエリアだとち
弟と母を、車で病院まで送っていくというお役目ができた。 きたきたきた。運転免許を取ってから、そういうのが早く回ってこないもんかと沼のワニみたいに待っていた。 「……しゃあないなあ!」 決まったあ。言ってみたかったあ。 「ほんでも、どっか悪いんかいな」 「悪くないねん。調査やで」 「検査!?」 「調査やっちゅーねん」 家族の中でわたしだけが知らなかったのだが、数年に一度、弟は病院で障害認定調査というのを受けているらしい。 弟は“重度”の知的障害、という認定を受
トランクを開けただけなのに。 なにが、なにが起こった? バンザイしてるわたしの両手が重い。 人生で経験したことのない重さ。 もはや人生より重いのさ。 「えっ……」 外れとる。 落ち着けー、落ち着けー。 あぶねー、あぶねー。 トランク持ってなきゃ、落とすとこだった。 ガラスが割れるのだけは、絶対回避。 戻そう! そうっと、元の位置まで持ち上げる。 バキッッッッ! 銀色の粉が舞い散った。わあきれい。駐車場のメリー・クリスマス。足元を見た。青ざめた。 車体とトランク
ここで書き続けてきた『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』が、ドラマになった。 わたしには、父が愛したボルボという車の思い出がある。 ダウン症で生まれてきた弟は、電車や飛行機をこわがった。 遠くへは行けないと、ずっと思ってた。 小学生のとき、仕事から帰ってきた父が、 「いまから旅行や!ボルボに乗れェ!」 と言った。 「どどどどどどこ行くん」 「ディズニーランド」 意味がわからなかった。ここは神戸である。わけもわからず、駐車場へ行くと、ボルボの
「まさか、こんな日が来るとはねえ……」 助手席で、母が言った。 同じことをこの日、五回は言った。 待ちに待った週末。わたしは、弟をグループホームまで送迎するという大役を喜び勇んで、買って出た。 とはいえ、お目付け役の母を乗せて。 ボルボV40。 3年前、印税と全財産をはたいて買った、母の車を、わたしが運転するのだ。 「よっしゃ!ほな行くで!」 指示器で合図を出した。 ウィーン!ウィーン! ワイパーが動いた。 静まり返る車内。振り返る通行人。 ボ、ボルボく