ボルちゃんが家にやってきた!
ここで書き続けてきた『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』が、ドラマになった。
わたしには、父が愛したボルボという車の思い出がある。
ダウン症で生まれてきた弟は、電車や飛行機をこわがった。
遠くへは行けないと、ずっと思ってた。
小学生のとき、仕事から帰ってきた父が、
「いまから旅行や!ボルボに乗れェ!」
と言った。
「どどどどどどこ行くん」
「ディズニーランド」
意味がわからなかった。ここは神戸である。わけもわからず、駐車場へ行くと、ボルボの後部座席にお布団が敷いてあった。
父と母は、夜通し高速道路を走らせてくれた。
きっと夢だ。そんなことあるわけない。ドキドキしながら眠った。起きたら、ディズニーランドだった。夢みたいな現実だった。
ドラマでは、赤色のボルボ240が、その役を担ってくれた。
“ボルちゃん”って、呼ばれてた。
ボルちゃん……!
七実(河合優実さん)、耕助(錦戸亮さん)、ひとみ(坂井真紀さん)が運転し、泣けてくる夜も、笑えてくる朝も、家族をどこまでも連れていくボルちゃん……!
撮影現場で見たとき、涙が出た。
わたしたちは、父が死んだとき、ボルボを手放した。悲しくて、悔しい、お別れだった。
いま、型式も色もちがうけど、また会えた気がした。
いいなあ。
あこがれやなあ。
乗ってみたいなあ。
「ボルちゃんって、撮影が終わったらどうなるんですか?」
「貸してくださったオーナーさんの元へ、帰ってゆきます!」
そっか。
31年も前に作られたのに、こんなにきれいなボルちゃん。きっとオーナーさんが大切にしてきたんだろう。
涙ぐみながらお別れした、数ヶ月後のこと。
我が家に!
元気な!
ボルちゃんの姿が!
何事オブザイヤー受賞!?!?!?!?!?!?!!!
「ギャーッ!!!!!!!」
ひっくり返りそうになった。
わたしの話を聞いたオーナーさんが、快く譲ってくださるという。
そ……そんな……話が……!
そうそう、このでっかいスペースに、お布団が敷かれてたんだ。
ドラマで美術を担当した梶谷さんが、お休みの日に、神奈川からボルボを積んで運転してきてくれた。案の定、夜通し、高速道路で。
撮影につかわれた小物も、借りてきて、見せてくれた。
本当にあのボルちゃんだ……!
ナンバーも「41-07」で、七実が選んだのと一緒。
「オカン!オカン!見て見て見て見てこれ!見て!」
地元まで走らせ、三歳児の勢いで母を呼んだ。
「ンギャーッッッッ!!!!!!!!」
「ボルチャン!!!!!!!!!!!」
泣いちゃった。
というか、助手席に座る母なんて、何十年も見てない。
ああ。
これは、父が見ていた景色だった。
今年、運転免許、とってよかった。
かつて“空飛ぶレンガ”として名を馳せたほど、頑丈なボルちゃん。とはいえ古く、23万キロも走ってるので故障が心配だ。
プロに見てもらっとこう。
京都のお山のほうに“プレシャス”という、ボルボならなんでもお任せあれの専門店があると知った。
戸田さんっていう、陽気なおっちゃんが迎えてくれた。
「はいはい!とりあえず、様子見てみましょうね」
戸田さんはあちこちライトで照らし、
なんかすごいマシンで、ボルちゃんを浮かせた。ボルちゃんのお腹には、パイプやネジがいっぱい詰まってた。
ウワーッ!カブトムシひっくり返したみたい!
「うんうん、エンジンには大きな問題なさそうですね」
「見ただけでわかるんですか?」
「車の故障には、かならずストーリーがあるんです」
なに、そのかっこいい言葉。
「なんとなく壊れる、みたいなことは絶対になくて。すべて物理です。どこで壊れてるんだろう、なにが壊れてるんだろう、どうして壊れたんだろう……って一つずつさかのぼって、壊れたストーリーを確認していくというか」
我が家には、映りの悪いテレビを、ボコボコに殴るばあちゃんがいた。
物理を無視し、ストーリーをねじ曲げる、シンプルな暴力である。
ボルちゃんの状態は、年式にしては良いほうとのことだった。
とはいえ、取り替えたほうがいい部品もあるし、分解してみないとくわしい状態がわからない小さな部品もある。
「三ヶ月に一度、メンテナンスに来ていただけますか」
「はいっ!」
かかりつけ医ができた。
ボルちゃん、よかったねえ。
「古い車はいつ調子が悪くなってもおかしくないので、大切なのは焦らないこと!」
昨日は調子がよかったのに、今日はウンともスンとも動かない、なんてことがザラにあるらしい。なでなで。
「でも、ボルボ240は、壊れても楽しませてくれる良い車ですから」
目からウロコ。
壊れても……楽しませてくれる……!?
ギョッ?とホッ!が同時にきた。なんだか良いことを聞いた気がした。
この時の戸田さんの言葉が、伏線になるとは。
まったく想像もしてなかった。
あー、よかった。
ボルちゃんが健康とわかったところで、わたしが向かうのは。
コストコ、一択である。
こんなにコストコが似合う車があるかよ!
絶対に食べきれない鶏の丸焼きも、視力検査すんのかってぐらい大量のドーナッツも、ドカドカ買ってしまう。だって積めるんだもん。
車を持つって、うれしい。
出かける計画を立てるだけで、ワクワクする。
ボルちゃんに似合う服を着よう、ちょっと遠い場所へ行こう。ラジオを聞いてみよう。ワッ、この歌懐かしい!
あー、楽しさが広がりまくりんぐ。
うちの住む地域はカーシェアリング無法地帯として有名で、車を借りても延長・ガス欠乗り捨て・犬無断同乗、なんでもありだったから、なおさら!
楽しい〜〜〜〜〜ッ!
コストコから帰路についている時だった。
ミシッ。
荷台から、音がした。
「なんやろ。なんか転がってもうたかな」
鶏の丸焼きが、袋から転がりでて、ベッチャベチャになってたら大変である。
てきとうな駐車場に、ボルボを停めた。
トランクを開ける。
バキッッッッッ!!!!!!!!!!
……え?
え????????
(続きは、あす19時にnoteマガジンで更新)
以下、なんてことないけど、キナリ★マガジン読者向けのおまけ写真と小ネタなど。
こちら、父の愛車・ボルボ940。
ナンバーを選べたのだが、父は「そんなもんめんどくさいわ!」とやめときゃいいのに陸運局へ丸投げした結果、
98−94
(くやんで くるしむ)
になった。
父が「縁起悪いわボケェ!なにしてくれとんじゃ!」と怒っていた。どうしようもない人である。
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週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。