自動車教習おかわり列伝-13日目「耐えろ!修行だ!免許試験場!」
教習所を、卒業した!
どっこい!
まだ免許は、もらえない!
警察が運営する“運転免許試験場”に行き、最後の関門であるペーパーテストに合格すれば、晴れてこの手に栄光をつかめる。
もう二ヶ月以上、ひたすら運転の話ばっか聞かされているみなさま方においては、さぞ、うんざりしていることでしょう。ごめんなさい。
どっこい!
わたしにとっては、いま、ここがクライマックス!
なぜなら10数年前、教習所を卒業したにも関わらず、期限内に試験場へ行かなかったという絶望を味わっているので。
もう二度と、同じ轍をふみふみしない。
行くぞ、すぐ行くぞ。
「予約がいります」
よよよよよよ予約!?
「一ヶ月は先になりますね」
ファーーーーーー!?
んなわけ、あるかいな。運転忘れてまうわ。こちとら泣く子も黙る初心者やど。
運転免許試験場は予約なんぞせずとも、飛び込みで行けるところやろ。区役所と同じやろ。にわかに信じられず、インターネットで予約画面を見た。
ほんとにびっしり埋まってた。
京都府では誰でも、何枠でも、予約を取れるらしい。急に行けなくなったり、余分な予約を取ったりしても、みんなわざわざキャンセルなどせず、ほったらかし放題とのことだ。つまり、カラ予約ばっか。
そんな……警察のお膝元で、そんな無法地帯が広がってるって……。
「いやいや!ぜったい一人か二人、無断キャンセル分があるでしょ。調べるとか、管理とか」
「そういうのは一切ないです」
ガチャン。電話を切られた。
爆笑してしまった。
教習所では、決して安くないお金を払ってるので、わたしはお客さん扱いであった。甘ったれた温室育ちが、極寒の外界に放り出されたことを知る。高低差で膝が笑うかのように、ケタケタと笑ってしまった。
こんな仕打ちは、まだ序の口であった。
電話口の人が
「試験に来てもらうのは9時15分です」
と言うので、9時到着を目指した。
予習しながら、早朝の電車に揺られる。もう何年ぶりかの学生らしさ全開に、じわっと感動していたが、ふと不安になる。
32歳ともなれば、かつてセンター試験の出願を忘れたという、己の朽ち果てた人間性との付き合い方もわかってくる。念には念を。調べよう。
“8時50分に一回目の試験の受付があります。”
なんだって。電話の説明とちがう。動悸がする。
電車の連結部分へ身をねじりこみ、電話をかけた。
「あああああああのあのあの、試験ですけど、あの何時に行けば」
「9時15分に来たら一回目の試験の説明があります」
わからない。っていうか、一回目ってなんだ。説明がはじまるってことはそれよりも前に受付があるのか。受付は何時に閉まるんだ。
使われている言葉のバリエーションが、豊かすぎて動揺する。
「それって9時に到着しても間に合いますか?」
「ハアーッ」
でかすぎるため息が聞こえた。
「9時15分に来たら、説明がありますって言いましたよね」
気づけば、電車を降りていた。あかん。ヤツを信用してはならない。この先でバスを乗り継ぐよりも、タクシーで向かった方が早い。
それでも、免許センターに到着したのは8時55分だった。
受付はものすごい混雑で、盆休みの空港の保安検査かってぐらい長い列を作っている。これじゃあ受付できるのは、9時15分すら過ぎてしまうじゃないか。どうしろっていうんだ。
これもう、試験、受けられないのかな。
じゃあいま並んでるこの時間は、一体。
「今日は無理なんで出直せ」と断られるために並んでるとしたら、つらすぎる。列に並んでまで死刑宣告を聞きに行くような自分が滑稽だ。早く引導を渡してほしい。
泣きそうになっていると、入り口から、高齢者が列をなして、ぞろぞろと入ってきた。日光東照宮の団体ツアー客のようだった。
寝ぼけたような顔のじいさんが、爆音でラジオを聴いていた。
FM802。
エルレガーデンのスターフィッシュが流れた。
なつかしい。大学受験の勉強をするとき、iPodで何度も聴いていた。フッと記憶が蘇る。
“諦めないなら、焦ることもないさーー”
そうだ。あの頃、センター試験を受けられずじまいで、未来が終わったと思ったけど、ぜんぜん今まで続いてる。転がり落ちた先は、まったくもって底の底じゃなかった。諦めるな。焦るな。
折れていた心が、むくむくと立ち上がる。
それにしても、自分で選んだ曲を聴くのと、誰かに選ばれた曲を聴くのとは、体験がぜんぜん違うな。出会い頭の偶然は、身体に染み入る。
きっと、運転免許を取ろう。そんで、ラジオを聴こう。
ドーンと構えて、受付をした。
試験は、受けられることになった。
8時50分までに受付した人と、9時10分までに受付した人で、試験が分けられるらしいが、むちゃくちゃ曖昧な説明だったので定かではない。恐ろしすぎる。システム化されたこの日本で、まだこんな形式の、受付のさじ加減次第のやつあるんだな。
100人以上が、教室に集められた。
試験官はみんな、警察官である。緊張感が漂っている。
その中にひとり、鬼軍曹のような顔をしたジイさんがいた。メガネの奥でギョロッと眼を光らせながら、受験生ににらみを効かせて巡回している。
「試験用紙が配られたら、準備してください。まだ何も書かないでください。机の右上にある受験番号を、用紙の左下に書いてください。いいですか。三桁ですよ。準備してくださいよ」
な……なんて……?
説明が、飲み込めない。
とりあえず、番号を書けばいいのか。ペンを持った瞬間、紙が消えた。えっ。見上げると、ジイさんに紙を奪われていた。
「準備だけ!なにも書かない!」
般若の形相で怒られた。準備と記入は違うらしい。
そのあともルールが説明されるのだが、なんというか、回りくどい言葉で、書く場所も多くて、ものすごくわかりづらい。
ジイさんがわたしを、チラッと見た。
「この番号は、ここに書く!そう説明しとるでしょ!」
「あ、なるほど」
「国語力がないんとちゃうか」
「こっ……」
国語力が……ない……!
みぞおちをスプーンでえぐられたダメージを負った。国語力がないという評価を受け、目の前が霞む。
わたしの前の席、明らかにヤンチャなニイちゃんは、早々に記入を終えて、ペン回しまでしてる。この試験、深く考えたら、身動きできない。
軍曹ジイさんは、手際の悪いやつに、心底厳しかった。
たとえば、名前より生年月日を先に書くとか、少しでも手順をミスすると、叱り飛ばしに走ってくる。それが効率的かどうかなど、関係がない。警察が決めたルールに1ミリでも従えているかどうかだ。
わたしのように国語力がない同胞が、ピシャッと鉛筆をシバかれていた。ここでは、国語力がない人間は、囚人と同じ扱いなのである。
モラルが、モラルがギリギリ!モラハラではない。モラギリ。訴えられないギリギリのところでモラルが持ちこたえている。
「こんなんあんまりやわ!」と苦情を入れようにも、運転免許試験場という独立支配国にはお客様センターなど存在しない。国に運転を認可してもらう我々は、くちびるを固く結び、理不尽に耐えるのみ。
やがて春は来ると、信じて……!
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