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自動車教習おかわり列伝-10日目「救命教習24時」

32歳が自動車免許をとるために、ヒィヒィがんばる短期集中連載。2〜3日に1話ずつ更新中。

1日目「適性検査の神童」
2日目「異世界転生系教習生」
3日目「盗んだPCで学び出す」
4日目「牙をもがれたオジン」
5日目「ヒヨ夫とヒヨ美」
6日目「踏切で座布団を燃やせ」
7日目「原付をなめるな」
8日目「ありがとう抑止力」
9日目「交通奇譚お気持ちバトル」

「自動車免許をとるために避けては通れない関門、それが応急救護研修です」

教官が仁王立ちしながら、言い放った。

女性だったが雰囲気も口調もガチでエグい強さだったので、ガチエ教官と呼ぶ。神妙な顔でうなずいてしまったが、教習生たちの心はたぶんひとつ。

(いや、他にも関門あるやろ)

むしろ避けて通れる道の方が少ないだろ。

しかし、この研修室というバトルフィールドは、ガチエ教官の支配下にある。ガチエ教官の発言こそすべて。

「もうこの研修までくれば、免許取得はあっという間ですよ」

「おお」

体育座りした研修生たちが声をもらす。

そんなこと、ないんだよなあ。

「免許まであと一歩、がんばりましょう」

そんなこと、ないんだよなあ。

「じゃ手分けして、ジャミーくんを持っていってください」

ジャミーくんとは、救命練習用のマネキンだ。
ずらっと並んでいる姿は、ちょっと怖い。

わたしはジャミーくんを抱きかかえて、小走りで戻り、ブルーシートの上に毛布を折りたたんで、床に敷く。ピッ、ピッ、と四隅をぴったり揃える。

ジャミーくんをそっと横たわらせた。

着ているパジャマがはだけていたので、ボタンを留めてあげる。曲がっていた、首の位置をやさしく整える。

「……早くない?」

ガチエ教官の声。

バッ、と教習生たちが振り返る。

その時まで気づかなかった。リアルすぎるジャミーくんの質感にビビって、ヤングな教習生たちは運ぶことすらままならない。

そこへ来ると、もうわたし、手慣れすぎてた。

一人だけ“おくりびと”みたいな手つきだった。死にかけホヤホヤの状態で、ジャミーくんを整えていた。

言えなかった。

応急救護研修受けるの、人生で五回目です。そのうち三回は、前の教習所です。

言えなかった。

応急救護研修受けても、免許取得、ぜんぜん遠いです。


「大丈夫ですかー、わかりますかー、大丈夫ですかー」

ジャミーくんの肩をバシバシ叩く。意識なし。

ガチエ教官が他のチームへ怒号を飛ばす。

「そんな声じゃ聞こえません!もっと大きく!堂々と!必死で!」

「だ、だいじょうぶ……ですか」

「ダメダメダメ!必死さ足りない!」

怒られた女の子は、涙目になっていた。

「はあ。岸田さん、やってみてください」

嫌なパスが飛んできた。おくりびと仕草により完全に“できるやつ”だと思われ、お手本に利用されてしまった。

「大丈夫ですかー!わかりますかー!大丈夫ですかー!」

叫ぶ。喉に猪木を宿す。
力の限り叫ぶ。怒られたくない、その一心で。

「意識、ありますぇん!」

声が裏返り、猪木が鉄矢になった。ひるんじゃだめだ。もう一度裏返せ。裏の裏は表だ。猪木に戻せ。

「あなたは救急車を呼んでください!あなたはAEDを持ってきてください!」

勢いでやってみると、意外と覚えてるもんである。教習生という名のオーディエンスが「おおっ」と、わたしに注目している。

これ、たぶんわたし、医龍みたいな。

医龍の坂口憲二、みたいな。

そういう感じになってる。おくりびとからの華麗な転身。絶体絶命の患者、頭を抱える医師、そこに颯爽と現れて斬新なオペをする、空前絶後の天才医師……!

「では心臓マッサージを開始!」

猪木と鉄矢が融合して、憲二になった。
もう誰も、わたしを止められない。

「胸骨圧迫ね」

普通に止められた。

「へ?」

「心臓マッサージって、開胸だから。アナタがそんなことしたら死んじゃうでしょ。正しくは胸骨圧迫です」

前は心臓マッサージって教えられたのに。この数年で時代が変わったというのか。

「で?」

で?

「で、どこを圧迫すんの?」

ガチエ教官、さっきまで敬語だったのに、完全にタメ口。お手本なんかじゃない。これは試す者の目つきである。

この女、わたしが経験者であることを見抜いて……?

恐る恐る、記憶を頼りに手を置く。

「違うでしょ。乳頭と乳頭を結んで、真ん中を圧迫」

にゅ……なんて?

早口で聞き取れない。胸骨を圧迫するどころではなく、教官に圧迫されている。

「わかんない?」

悔しい。教習なのでわからなくて当然なのだが、衆人環視の中で鼻を明かされたみたいで悔しい。

その時だった。


「乳首!」


ひとり、躍り出た。

「乳頭は、乳首!」
 

 
霹靂のような一閃だった。

  

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週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。