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自動車教習おかわり列伝-8日目「ありがとう抑止力」

32歳が自動車免許をとるために、ヒィヒィがんばる短期集中連載。2〜3日に1話ずつ更新中。
1日目「適性検査の神童」
2日目「異世界転生系教習生」
3日目「盗んだPCで学び出す」
4日目「牙をもがれたオジン」
5日目「ヒヨ夫とヒヨ美」
6日目「踏切で座布団を燃やせ」
7日目「原付をなめるな」

天下御免の仮免許証により、路上を運転できるようになった。

ヘイヘイヘイボーイ!そんなとこチンタラ歩いてないで、アタシと海までランデブーしない?ウフフ!気分はもう、オープンカーを乗り回すカリフォルニアのギャルと化していた。

ただし、束の間。

内包する感情はすべて、路上駐車とチャリへの殺意に変わった。

車線変更がこんなに怖いと思わなかった。世界はわたしを置いて流れている。いつ横入りすればいいか、わからない。

小学校の大縄跳びで、最後まで縄に入れずチビりそうになった時の恐怖と同じだ。というかわたしの人生、何につけてもだいたい同じ。

ドキドキしながら左折したらすぐ前方に路駐を発見し、にっちもさっちも車線変更しなければならん絶望に、何度も心がへし折られる。

「今っ……行くなら今っ……!」

決死の覚悟で右の車線に移ろうとする。

隙間を縫うように、チャリが飛び出す。

「うおおおおおおおおお」

ブレーキを踏む。こちらの咆哮など知らぬ存ぜぬで、自転車はスルスルッと走り去っていく。おのれ観光客。

ドアミラーの死角から、チャリが次々に沸いて出てくる。トップスピードでキワキワを攻めてくる。命を、命をなんだと思ってるんだ!

運転手に求められる感知能力の高さが、ニュータイプのそれ。

ニュータイプとして活動し続けられるならばいいが、歴代ガンダムシリーズを観ていても、ニュータイプは最終的になんかこう疲れ果てて、メンタルが粉々にやられとる。ふう、出られないのかな?おーい、出してくださいよ!ねえ!

やられる。

チャリミサイルを運良く回避できても、タクシーバズーカと路線バスシールドの追撃に襲われる。くそっ。

「ここがMOTHER2のオネットなら、車は出会い頭に停まってくれるのに」

友人にぼやいたら、

「いや、スマブラのオネットやと跳ねられて死ぬようになったやん」

と諭された。ぐうの音も出ない。時を経てあれを当たり判定にし、オネットを人身事故率100%の修羅町に変えてしまったエンジニアの気持ちはわかる。こんな鉄の塊の操作が人間に一任されているという現実がそもそもやばい。警鐘を鳴らせ。車を捨て、地に足をつけろ。

場内で練習していた頃は、二時間の運転なんて余裕のヨッちゃんだったのに、路上では一時間も運転すれば三時間の昼寝を挟まねば、まともにモノが考えられなくなった。

高等著しいガソリン代よりも、わたしの脳みその燃費のほうが先にストップ高を迎えた。それだけ精神をガリガリ削られる。

「大変やろけど、京都を運転できるようになったら、どこでも行けるで」

励ましてくれるのは、ゴルフ焼けしたグッドルッキングガイ。果てしなく長いローンを組みに組んで手中に収めた中古ベンツの話ばかりする、ベンツ教官のお出ましである。

ベンツ教官の歯は、ハイビームより眩しい。

「あっ、京都いうても、宇治とかは入らんで。あれは京都ちゃうから」

ベンツが新車か中古車かは気にしないくせに、洛中と洛外は執拗なほど気にする、排他的京都民であった。

京都ではこの手の差別が江戸時代より脈々と根づいており、世界政府からも八ツ橋の献上と引き換えに黙認されている。

路駐とチャリの脅威に疲れ果てて、実家へ帰った。

母に話す。

「いや!いやいや!大阪の方が難しいわ!」

どういう張り合い方なんだ。

「あんたらはまだ、阪神高速環状線の洗礼を受けてへん」

「なんやねんそれは」

「鬼の四車線変更や」

四車線……変更……?

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週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。