足りない年の瀬の泥人形
「さっき先生が回診にきはって……傷の治りが思ったより遅いから、年内の退院も無理やて……」
母、除夜の鐘リミットを待たずして、退院失敗。人生で初めての、家族そろわぬ年越しが幕を開けることとなった。黒豆の炊き方も教わってないのに。
悔しさたっぷりの声を聞きながら、ろくに母を励ませなかった。
「あー……」
あと2週間、いやあと3日、ちょっとぐらい伸びたって構わない、だってどうせ大晦日には帰れるのだからと目指して、治療をがんばっていた母である。パッと思いつく言葉で励ましたところで、いまドン底まで滑り落ちたばかりの人には届くまい。
ピンポーン。
家の玄関を開けた。
宅配便のお兄さんが立っていた。手には、冷蔵と書かれた大きな箱が二つ。とっておきの出汁しゃぶしゃぶと、三鶏肉すき焼きセットだ。
母が帰ってくると思って取り寄せた、お高い三人前。
「あー……」
胃が低い悲鳴をあげている。わたしもボロンチョである。
病院もすっかり年越し支度で、今日にも売店が閉まるという。
年始まで病室で過ごす母に、足りない着替えなどを持っていかねばならない。
片手にでっかい紙袋を持ち、弟と手分けして、靴下を入れては、ハア。黒豆茶のティーバッグを入れては、ハア。薬とサプリメントを入れては、ハア。
小刻みにため息が入ってくる。
病人の前で、ため息をつくわけにもいかんので。
目についた「こんとあき」の“こん”を抱き、紙袋におっちんとん(いにしえに岸田家が使っていた用語、お座りの意味)させた。絵本も一緒に。
幼稚園のころ、母がよく読み聞かせをしてくれた絵本である。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
こんよ、わたしの代わりに、母に伝えてくれ。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ おべんとう、まだ、あったかいよ」
病院は、がらんとしていた。
受付にも、待合にも、誰もいない。聞けば、年の瀬に帰れなかった患者さんは、たった5人かそこらだという。
病棟には入れないので、弟と一緒に、エレベーターホールで母を待った。
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週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。