しげると、すすむと、折れない鶴(後編)
「行動援護従業者養成研修」という自閉スペクトラム症の方々をサポートする福祉の資格を取りにきたはずが。
ケアされるべき人がケアされないまま障害者をケアする仕事に就かねばならぬという構造上の地獄を見た話。
かなりしんどいので、せめてあったかい味噌汁の写真から始めたよ。
前編は↓から。
先生の指示にまったくついてこれず、紙も頭の中も真っ白になってしまったすすむ氏。何時間も黙って座りっぱなしだった。
ここは人間の命を預かる勉強の場なのだから甘くはないとはいえ。
何十年も前、ヘルパーさんにプールへ連れて行ってもらえなかった弟を見つめていたときの母の姿が、頭から離れない。
すすむだって、どこかの誰かにとっての大切なすすむなのである。そのすすむが、吊るし上げられている。どこかの誰かの心を押し潰している。
「あー、うん、はいはい」「こうやな、えっと、ちがうな」「なるほどなるほど」「そっかそっか、うーん」
焦るあまり、教科書をべらべらとめくりながら、あまり意味のない独り言をひたすら繰り返すようになってしまったすすむに、話しかけ続けた。
「ルミナリエって誰がつくったと思う?瑠南リエさんやで!」と一人で大笑い中のしげるには一旦、背を向けてしまった。
すまん、しげる。
達者でやってくれ。
最初は、話しかけるだけですすむはフリーズしてしまったが、たまに、正解の単語をポロッとこぼすのである。
「それ、わたしも同じことを思ってました!」
すかさず、頷きながら言う。
タイミングが少しでもズレると、わざとらしくなる。太鼓の達人である。最初は引いていたすすむだが、ドンッ!カッ!ドンッ!と相槌コンボを放っていくと、ドンッ!カッ!ドンッ!で返事をしてくれるようになった。フルコンボだドン!
これは東京の新聞社に勤める、伝説の酔っ払いから教えてもらった技。
「酔っ払いの話ってのはなァ、歌舞伎のごとくドンピシャな相槌を打てば打つほど、気持ちよくなって話がどんどん盛られ、壮大な結末を迎えるからな。お前のその手で、その声で!酔っ払いを操り!全米が泣く一大傑作を作り上げろ!」
クソみたいな技やなと聞き流していたが、まさかここで役に立つとは。
やっていくうちに、気づいたが、すすむにはとにかく自信がなく、考えるのにも時間がかかるのだ。すべてを飲み込む前に話が進んでいくと、たちまち置いてけぼりになる。
たまにトンチンカンな答えも言うが「こっちは合ってるけど、こっちは違うかも」と伝えたら、またじっくり考えなおす。なにより、わたしの意見を最後までしっかり聞いて「そういうのもあるんだ!」と良い反応も返してくれるのだ。
すすむのおかげで、わたしも頭の中がパァーッと開けてくる。
本当は素直で、ねばり強い人なんだと思った。
すすむに、うす〜い笑顔が戻りつつある。うれしかった。
これならなんとか、やっていけるかも。
大勢で輪になって、さらなるグループワークがはじまった。
すすむとは席が離れてしまったが、目で熱いエールを送るドン。
グループで話し合う。最初は静まり返っていた。
「ぽ、ぽかぽか温泉……とか……」
言った!すすむが言った!
やったぞ!
なんでそんな北区(神戸のチベットと呼ばれる極寒の地)の民にしか伝わらない辺境のスーパー銭湯を出したんかはさておき!っていうか、同郷かよ!
合ってる。
たぶんそれ、合ってる。
「えー、温泉って。それはちがうんじゃない?」
苦笑いしながら、ブッ込んできた人がいた。
……ち……ちがう……か!?
いや、でも、意見はちがって当然なのである。支援の形はひとつだけじゃない。ここでは正解を当てるより、みんなで考えることが重要なのだ。
「僕はスーパーマーケットだと思う」
「えっ」
「スーパーマーケットで、やっぱり好きな食べ物とかおもちゃとか、選ばせてあげたいし」
「あっ、でも……山崎さんは人が多い場所は苦手って書いてますよね?」
もしかして特性に気づいていなかったんだろうかと思い、問題文に線を引いてみた。
スーパーマーケットにする場合は、人が少ない早朝や、郊外の店を選ぶとか、そういう追加の話し合いができるのかなと思っていた。
そうはならんかった。
「いや、僕の事業所で担当してる自閉症の人はスーパーマーケット大好きなんで!間違いないです!仮面ライダーのおもちゃとか、集めてはるし」
どこの誰の何を話しとるんや。
そしてもう一人、続いて手をあげる。
「ウチのグループホームに住んでる人も、温泉は行ったことないです。スーパーマーケットはよく行くし、イオンモールならもっと喜ばれると思います」
マジで、どこの誰の何を話しとるんや。
そして多数決でスーパーマーケットに決まってしまった。すすむは、ポカンとしていた。すすむ……!
聞くところによるとスーパーマーケットと言った二人は、福祉施設で支援員として10年以上働いている管理職だという。現場あるあるで盛り上がっていて、頼りになるなあと思っていたけど、不穏な流れになってきた。
次のお題は。
腕をかきむしったり、壁に頭を打ち付けてしまうといった自傷は「不安や不快を感じているのに、言葉で伝えることができない」ために、起こってしまうことでもある。
だから、谷口さんが不安を感じにくいようにする工夫や、伝えたいことを表現しやすいようにする工夫がいる。
やや元気を失ってしまったすすむだったが、めげない。
「次の予定を、なんか、わかりやすいようにするとか?」
すすむ!
ゴリゴリに粗挽きだけども、方向性はいいじゃないか!すすむ!
すすむの話を広げて、言葉じゃなく絵を使う、カードを使う、タブレットを使う……といったディティールを、みんなで出し合うものだと思っていた。
また、さっきのベテラン職員さんが苦笑いした。
「そんなんで止まったら、現場は苦労しないですよ」
「わかる。うちも暴れだしたらもう、なに言ってもダメ」
「困るよねー」
そこで話が止まってしまうのだった。
否定に次ぐ、否定。
事あるごとに「現場ではそんなの通用しない」「ウチに通ってる人はそんなんじゃない」とストップがかかり続け、結局、ろくな答えが出せず、先生から叱られてしまった。
しかし答え合わせらしき時間もないので、なにが正しかったのかはうやむやなまま、流れ去るように終わっていく。
すすむもわたしも、否定され続けて、意気消沈していた。
現場は甘くない。経験がものを言う。確かにそれは、そうかもしれない。自閉スペクトラム症の人がひとりもいない教室で、素人が理想を話しあうのはバカなのかもしれない。
でも、じゃあ、これはいったいなんの時間なんだ。
他のグループの様子を見ると、なんだか楽しそうに話しあいをしていたので、偶然、このグループだけの現象だったんだろうけど。
実はその日の先生の様子が、すべてを物語っていた。
1日目と2日目で先生が交代し、高齢の男性の先生になったんだけど、これがもう、ひどかった。
この問いにたいして、わたしたちは真剣に考えていたのだが
「ああ。こんなん楽勝よ。電子マネーを持たせたらオッケー」
と言い放ち、一瞬で終わった。
そんなわけあるかい!
わたしの弟は、奥田さんと同じような特性で、電子マネーをつかってコンビニで買い物をしている。でも中にお金が入っていることを理解して、そのお金には限度があることに慌てないで、使うにはタッチして……ということができるまでに、弟はずいぶん時間がかかった。
そもそも、コンビニの店員さんの協力がなくてはならなかった。
電子マネーを持たせたら楽勝でオッケーなんて、そんなわけあるかい。
他にも、
「コンビニも物価が高いでしょう。それもこれも全部、アメリカが悪いんですわ。日本がアメリカの言いなりになっとるからよくない!戦争する気か?」
急にアメリカの話が始まったり
「あんたたち、ちゃんと投票してますか?○○党の○○議員に入れないと!あの人に入れないと、介護職はずっと低賃金のままだから。岸田さんだっけ、あんたは結婚はいつするの?旦那さんとは○○県に引っ越しなさいね」
政治と結婚の話が始まったりした。
無意味な話ではないけど、絶対にそれは今する話ではない。そんなことよりも教科書を読んでほしかったし、混沌極めた話し合いへのフィードバックがほしかった。
2日目は先生が好き勝手に話して、授業の体裁を成してなかったように思う。
先生は30年以上、福祉の現場でヘルパーの仕事をしていたという。
そんな人がどうしてこんなことに。
わからないことだらけだった。
思わず顔をしかめて、耳をふさぎたくなるような発言がたくさんあったけど、授業の最後、長尺でられた話がズバ抜けて強烈だった。
「わたしがね、10年前にある福祉施設に勤めてたとき、担当していた女の子がいるんです。自閉症の。すごくかわいらしい子だった。でもね、その施設ったら本当にダメで。仕事ができへんテキトーなヤツらばっかりなんですよ。いつか事故起こすわと思って、何度も怒ったんですけど、なんも変わらへんしもうアカンわと思って、わたしだけ辞めたんです」
先生は、切なげにため息をついた。
「そしたらね、やっぱりその女の子、亡くなったんですよ。わたしの言ったとおりになった!」
「は?」
思わず、声が出てしまった。
先生が一瞬、わたしの方を見たが、すこし涙を浮かべながら話を続ける。
「幸いにもそれからいい福祉施設に巡り会えまして、わたしのことをよく理解してくれるすばらしい社長さんでね。お賃金もいいし、ボーナスも出るんです。あなたたちも就職先はちゃんと選んだ方がいいですよ」
それで授業は終わり、解散となってしまった。
わたしは、先生の話を飲み込むのにものすごく時間がかかった。見たことも話したこともない女の子の姿が弟の姿に重なり、命を落とすところを想像して、胃液が逆流しそうだった。
つらすぎる。
悲惨な事故と教訓を訴えかける話のように組み立てられていたけど、実際は全然ちがう。
あれは恐らく、先生の怨恨であったのだ。
先生は過去、自分の考える“支援”を否定され続けた。その支援が正しかったかそうじゃなかったのかは、先生の視点だけではわからないけど。
女の子を喪ったことも、本当に悲しかったのかもしれない。
けれどそれ以上に先生は、自分を認めなかった前職の福祉施設を恨んでいた。事故の危険をわかっていながら辞めたことも、テキストに関係のない自論に熱が入るのも、いまの勤務先を自慢する結論に持っていったのも、根源には、今度こそ正しさを証明したいという恨みが隠れている。
自分が損なわれそうになったとき、必死で自分を証明する。
絶対に正しかったのだと躍起になって、思い込む。
いまの先生はたぶん、まだ先生として立つべき人ではなかった。
心の傷。認知の歪み。発達の凹凸。本当はケアされるべき人が、ケアされないままに、ケアの仕事に就いている。
重い障害のある人への支援は、ものすごく専門的でクリエイティブな発想がいる仕事だとわたしは思う。
コミュニケーションや五感の受け取り方が、まったく違う相手を落ち着いて観察し、ありとあらゆる想像を広げ、いくつもの仮説を立て、自分と相手の身の安全を守りながら何度も実践するのだ。
そんな仕事が、他にどれだけあるだろう。
むちゃくちゃに高度な能力が求められる。
でも頭が良くなくても、どんくさくても、話すのがへたでも、その人なりに素晴らしい支援というのはできると思う。
相手の気持ちに寄り添い、行動を惜しまず、素直に学ぶこと。
教科書を読んだりや授業を聴くのが苦手でも、障害のある人と触れ合っていくうちに、自然にできていく人というのはいる。
トム・クルーズは重度の学習障害で文章が読めないが、あんなに素晴らしい芝居ができたのだから。
けれど忘れてはいけないことがある。
それだけ難しい仕事をモノにするためには、感覚を身につけるだけの時間と、ともに働く人々のフォローが必要なのだ。
トム・クルーズだって台本を他の人に読んでもらい、それを録音して、何度も何度も聴きかえしながら自分で暗記をした。普通に覚えるよりも、何十倍もの時間がかかったと言われてる。
すすむはいつか、すすむ自身とうまく付き合いながら、すすむにしかできない支援ができるようになるかもしれない。
でも障害者福祉施設の現場では、そんな余裕がないところがほとんどだ。時間も人手もカツカツなので、すすむやわたしのような存在は、上司に叱られっぱなしだろう。わからないことがわからない。失敗をカバーしてもらえない。いつか身体や心を壊し、さっさと辞めてしまう。
そうするとまた時間と人手が削られ、現場は疲弊する。
人に優しくできるときは、自分にそれだけの余裕があるときだけ。それと同じで、人を本当にケアできる人は、人からケアされた人なのだ。
暗くてどうしようもない話ばっかり書いてしまったけど、わたしはこういう時の“引き”が偏りすぎているので、特殊な体験として受け取ってほしい。みんながみんな、こういうわけじゃない。
たとえば弟がいまお世話になっている福祉施設やグループホームの職員さんたちも、感謝を言葉では尽くせないほど、すばらしいプロフェッショナルだ。
ただ弟の友人のために、軽い気持ちで資格を取りにきてしまったわたしに、これからなにができるのか。
これまた長くなるので、最終日の感想とともにまた書くね。読んでくれて、ありがとう。
書籍「国道沿いで、だいじょうぶ100回」に収録した連作エッセイです。