京都に破れ、北海道を想う(もうあかんわ日記)
毎日だいたい21時更新の「もうあかんわ日記」です。もうあかんことばかり書いていくので、笑ってくれるだけで嬉しいです。日記は無料で読めて、キナリ★マガジン購読者の人は、おまけが読めます。書くことになった経緯はこちらで。
イラストはaynさんに描いてもらいました。
母が退院したら、実家の部屋数が足んなくなっちゃって、わたしがあぶれた。
母の寝室か、ばあちゃんが見てもないワイドショーか日経株価を爆音で流し続けている地獄のリビングかを行き来している。
これではどうにかなりそうなので、東京のアパートを引き払って、関西で一人暮らしできるどこかしらを探していた。週の半分は実家、半分はそっちか仕事で出張、ができたらいいなと思って。
ほんで、一昨日のnoteで書いたけど、ちょっとアパマンショップの店員さんが「こんな物件見たことない」と冷や汗をかくほど、とんでもない物件を紹介してもらった。フルリノベーションした京町家で、茶室やら庭やらついてめっちゃ広いし、めっちゃオシャレだし、なによりオーナーさんの事情で格安だった。
オシャレすぎて普通に人命が危ないデザインとかがあって、借り手がつかなかったらしく、わたしが申込書に記入して送ると、店員さんも管理会社の人もすごく喜んでいた。みんながハピネス。
のだが。
今朝「オーナーさんが、友人に貸す約束をしていたのを忘れていたらしくて……すみません、住んでいただけなくなりました」と店員さんから連絡があった。
「な……ん……ですと……」
「なんとお詫びをお伝えしたらいいか」
前職で会社員だったとき、それはもうポンコツすぎる仕事っぷりだったので「なんとお詫びをお伝えしたらいいか」は完ぺきなイントネーションで発声できるのだけど、言われる側になったのは初めてだ。
なんというお詫びもいらないので、その足でタイムマシンに乗って、めちゃくちゃ浮かれていたわたしの口をキュッと黙らせてくれ。頼む。
「鹿苑寺のそばだしな〜!どうしよう、三島由紀夫みたいなインスピレーションになっちゃったら(笑)あっ、鹿苑寺って金閣寺のことね。京都で金閣寺っていうと田舎者だから注意しないとね」
こんなLINEを友人に送っていた。お恥ずかしい。三島由紀夫みたいなインスピレーションってなんだ。孤独と葛藤の末に、執着した美しいものを盛大に燃やすのか。なにを。寺を?ツイッターを?
5月に引っ越す予定でいろいろ組んでたんだけど、どうなるかなあ。
一番最初にものすんごく良い家と条件を見てしまったので、他になにを見ても、心残りにズブズブとらわれるようになってしまった。支障がありすぎる。
しかし住居探しは妥協との戦い。住めば都とはよく言ったもので。ああ、でも、ちょっとだめだ、元気が出ない。また一日がかりの内覧が始まるのか。もうあかんわ。
そんなわたしの目に、もう一度光を宿らせてくれるものと出会ってしまった。
「とうきびチョコ チョび」だ。
以前、ボロんちょの町家に住んでもらってたおじさんから「お礼に一杯」ということで連れてってもらった北新地のバーで、おつまみとして出てきた。
とうもろこしをフリーズドライして、ホワイトチョコをかけた、北海道は函館生まれのお菓子。
「へえ。めずらしいですね」
と言いながら食べたら、口の中にじゅわっと広がるフリーズドライ特有の旨味と、コーンとチョコの甘みにしばし、声を失ってしまった。
目を丸くしてマスターとおじさんを見ると、二人ともうんうん、と満足そうにうなずいていた。
「やばいでしょ、それ」
場所と役柄と台詞だけで言うと完全に不穏すぎるので速攻検挙であるが、不思議なことにこれはお菓子なのだ。岸田奈美・お菓子・オブ・ザ・イヤーを満場一致で即座に授賞した。で2004年のじゃがポックル以来の衝撃が各界に走り、見出しを飾る。授賞式でとうもろこしが男泣きをしている。
わたしが陰陽師なら北海道を結界で守り続けたい。
「今日はそれを食べてもらいたかったんだよ」
「酒ではなく!?」
「お酒よりチョびを目当てに来るお客さん、結構多いですね」
バーテンダーさんが言った。
「俺なんてこれが食べたくて週3で通ってる。お金がやばいのにこれを口にしないともう眠れない、相乗的に酒もやめられなくなってる」
「チョび中毒者じゃん、国策として注意喚起すべき」
すごいものを見つけてしまったのだが、北海道にしか正規店がなく、関西で手に入れるのは難しいので、ネット通販のページを見てみた。
どの通販サイトでもだいたい一箱50gで205円、北海道からの送料が1200円だった。
「送料6倍やん!」
「北海道から直送してもらうと、そうなんですよね。うちのバーでは定期的にまとめ買いしてます」
「あ、じゃあわたしも……」
「ただ賞味期限が2ヶ月くらいっていう」
「ちょこちょこ買い足さなかんやん!」
チョコだけに。
とりあえず5箱買って、母に渡したら、母もわたしと同じ反応をしていた。退院してから食欲は落ちているはずなのに、チョびだけはガツガツと子熊のように食べている。
「やばいでしょ、それ」
気がつけばわたしは、伝承を語り継ぐ者のごとく、おじさんと同じ言葉を口走っていた。
わたしが私財を投じてチョびの代理店を作りたいくらいだし、できれば函館に巡礼の旅に出たいくらいなんだけど、もし本州で手に入る場所があったら教えてください。チョびのためならどこへだって行く。
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これまで何度か、母が豚さんを食べづらくなっている話を書いてきた。
母が感染性心内膜炎で失った心臓の弁の代わりに、装着した生体弁に豚さんが使われているからだ。とは言え、しゃぶしゃぶも、お好み焼きも、泣きながら「うまい、うまい」と食べてはいるのだが。
その「命の恩豚さん思想」に、衝撃が走った。
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週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。