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いつも心にクールポコ(もうあかんわ日記)

毎日21時更新の「もうあかんわ日記」です。もうあかんことばかり書いていくので、笑ってくれるだけで嬉しいです。日記は無料で読めて、キナリ★マガジン購読者の人は、おまけが読めます。書くことになった経緯はこちらで。

つかの間の東京生活に名残惜しく別れを告げて、のぞみ53号に乗っている。いま名古屋を通過した。

新幹線でnoteを書くのは、これで二度目だ。

一度目は、槇原敬之の「冬がはじまるよ」が流れてきたときだったなあと、懐かしくなる。

さっき、母から連絡があった。

「退院、3月23日だと思ってたけど、もう一週間伸びて31日になるんやって」

「体調よくないん?」

「ええねん。なんか、薬を点滴から飲み薬に変えるねんけど、強い抗生剤を入れっぱなしでだいぶ腎臓に負担かかってるから、副作用が出たり、アナフィラキシーショックが出るかもしれんくて、退院してもっかい来るの大変やから、病院で様子見といた方が安心やろって」

ほっ。

「三ヶ月はひとりでお風呂入ったらあかんし、車の運転もできへんねんて。がっくりやわあ。良太は大丈夫?」

「大丈夫と言えば大丈夫」

弟は、はちゃめちゃに元気だ。

元気だが、家には帰ってきてない。

弟は先週から健康と自立のために、グループホームで生活をはじめた。いきなり平日はぜんぶグループホームで暮らす!というわけではなくて、体験利用という仕組みがある。

グループホームでの生活に少しずつ慣れるため、まずは週に二泊三日などを繰り返す。

弟が仕事をする作業所の近くにあって、運営や管理人も同じグループホームなので、馴染みやすいみたいだ。

残念なのは、制度上、そのグループホームでは年間50日まで体験利用は使えるけど、満室なので本利用はできない。せっかく慣れても、別のグループホームを見つけて入所しないとだめだ。

環境の変化が苦手な弟には、ひどいことをしてしまうなあ、と申し訳なく思う。わたしがグループホーム、となりにもう一棟、建てられたらいいのに。

でも、弟はとても楽しそうで、はじめてグループホームに行く前から、ウッキウキで持ち物を準備していた。グループホームには、仕事で仲のいい先輩がいっぱい暮らしてるからだ。


二泊三日、グループホームで過ごして、三日目は作業所に行き、そのまま夕方にバスで自宅へ戻ってくる。

その予定だった。

そしたら、三日目のまだ薄暗い朝5時に、インターフォンが鳴った。びっくりして、わたしはベッドから滑り落ち、梅吉はわんわんわんと吠えまくった。

「たらいま〜」

弟だった。

置いてくるはずだったグループホームの荷物を詰めた、でっかい袋を三つも背負って、弟は自宅に帰ってきた。

電車かバスの距離を、一時間くらい、ひとりで歩いて。

たまげてしまった。

「どどどどうしたん?グループホーム、嫌やった?」

「たのしかった!」

楽しかったんかい。

「ほな、なんで帰ってきたん?」

「おれ、しごと!」


ははあ。

このやり取りを何度か繰り返して、わかったのは。

最終日の三日目に、家に帰らないといけないことを、弟は知っていた。わたしが予定を書き込んだ手帳を持たせてるから。

でも、三日目の夕方に帰ることが、わからなかったらしい。

三日目は朝9時から、作業所で仕事がある。ならその前に、家に帰って準備しないと。グループホームも、作業所も大好きで休みたくない弟は、そう思ったみたいだ。

めちゃくちゃやる気のある会社員やんけ。わたしもベンチャー企業に勤めてるとき、徹夜してそれやったわ。シャワーしてるときに気絶するかと思ったけど。


そのあとすぐ、グループホームから電話がかかってきた。平謝りの電話だった。

「岸田さん、もしかしてそちらにいますか?」

「います、います!さっき帰ってきました!」

「本当に、本当に申し訳ありません。3時にお部屋を確認した時にはいらっしゃったんですが、5時に見た時にはもういなくなっていて。楽しそうに過ごされていたので、まさかお一人で帰ってしまうとは」

電話口の管理人さんは、弱りきっていた。

「いえいえ。いいんです!いいんです!逃げてきたわけじゃないし、無事だし!」

あとから知ったことだけど、グループホームで利用者さんが脱走してしまうのは、きわめて重大な事故らしい。このグループホームでも前代未聞だったので、このあとえらい騒ぎになってしまった。

弟は、わたしと違って、ものすごく慎重に道を歩く。車や自転車の確認もちゃんとしてる。もちろん誰だって事故には遭ってしまうけど、心のどっかで「まあ滅多なことがない限り、大丈夫っしょ。普通の人と変わらんて」と思ってしまう。GPS機能のついたスマホも、こういうときのために持たせた。

だから、なんというか、他の利用者さんは不安かもしれないから、なんらかの対策はあった方がいいかもしれないけど。

わたしの弟においては、むしろそんな謝らないでください、と言いたくなった。わたしだってまさか3時にすやすや寝てる人が、最終日だけ5時に飛び出すなんて、想像もできない。

鍵をいっぱいかけて、部屋に弟を閉じ込めるんじゃなくて、あくまでも自立のために弟の自主性を信頼してくれたグループホームのことが、わたしは嬉しかった。

「こうやって洗濯しましょうね」「洗い物はこうですよ」と、家事をやったことがない弟に、根気よく教えてくれた。それで弟は、家事を手伝ってくれるようになった。母が帰ってきたら、きっとびっくりして、泣いちゃう。


岸田家は、失敗を繰り返して、ゆっくりそれぞれが成長していく。そういう家だ。

母は、車いすで入れるお店を、何年も探し続けた。せっかく自分のために歓迎会なんかを開いてもらっても、微妙な机の形状のせいで、車いすで食事ができなかったこともあった。みんな悲しい思いをする、失敗だ。

そういう失敗があったから「こういう机はだめ」「これくらいの段差はだめ」と、消去法でいまはお店を選べるようになった。

わたしは、家族のなかでは一番、数え切れない失敗をしている。ものを失くす、約束を忘れる。鍵なんて、首から下げたり、鞄に縫いつけたり、いろんな方法をとってきた。

弟だってそうだ。

今回、早朝に帰ってくる失敗をしたから「朝に帰ってきちゃだめで、夕方まで仕事をして帰ってくる」というルールを、ちゃんと覚えることができる。

失敗って、したらダメなことではないんだよ。成功に近づいていくことなんだ。命に危険あるとよくないけど、そうじゃない、前向きな失敗はどんどんしたらいい。

心のなかにいつも、クールポコを住ませよう。たいていのことは「な〜に〜?やっちまったなあ!」で済む。やっちまえ。


さて。

そんな弟だが、今日の夕方にグループホームから帰ってくる予定だった。そしたらぜんぜん帰ってこない。

「今日、家やで」

弟に電話をした。

「こっち、おる」

「おるて、きみ。帰ってきなさいよ」

「おる」

心のなかのクールポコがアップをはじめた。

そうかそうか、よっぽどそっちが楽しいんだな。自立はいいことだ。姉ちゃんはちょっとさみしいけど、でも、自分で選択するきみを見守れるのは、嬉しく思う。

弟は一泊、延長することになった。それもまた人生。


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いろんなものが視える人と、コーヒーをいっしょに飲んだ。

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岸田 奈美

手術終わって元気になって帰ってきた母と、うまいもん食って、きれいな海を見に行きます。毎月、家族で楽しく暮らすいろんなことに使わせてもらっているので、使いみちはnoteで紹介します。

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