通報する神あれば、親切する神あり(姉のはなむけ日記/第17話)
弟がグループホームへ本入居することに決まったので、そうと決まれば、いろいろと決まりごとの確認や、送迎車もドライバーさんの募集をしなければ。
わたしと母と弟で、再び、グループホームを訪れた。
中谷のとっつぁんと、スタッフさんたちが待ってくれていた。
他の入居者枠も、あっという間に埋まってしまったそうだけど、今日はまだ誰もいなかった。
こういうちゃんとした場に座ると、弟は姿勢を正して、やや顔がこわばる。
「良太さん、なに飲みます?」
「あー……じゃあ、ぼく、お茶を、おねしやす」
キッチンへ向かうスタッフさんを、弟が呼び止めた。
「あのう、つめたいのが、いいです」
「はーい」
冷たい麦茶がきた。
こうやって飲み物を聞かれたときはいつも、弟はコーラの一択だったはずだ。別府の馬〆さんのところでもそうだった。それが、お茶。
しかも、つめたいの。
お茶のあつい、つめたい、まで指定しているのは初めて見た。
「ここでよくお茶を飲んで、一服されてるんですよ」
中谷さんが言った。
「はい、ええ、まあ」
弟がお茶をすすった。
「他の入居者さんとは、仲良くできてそうですか?」
「うーん……一緒にテレビを見たり、ちょっとお話はされていたり。みなさん、穏やかですよ。でも、まだどなたも緊張されてますね……」
中谷さんの視線の先には、大きなソファとテレビ。食事のあと、弟はたいていここにいるけど、しばらくすると自分の部屋へ戻ってゲームをするそうだ。
弟はたしか、夜中に電話やゲームをして、誰かから「静かにして」と注意されたはずだ。初めての共同生活。それは当然、よそよそしいよな。気まずいよな。
ハイパー人見知りであるわたしは心がキュッとなるが、どんな入居者さんかわからないので、なんとも言えない。
「わたしたちもね、良太さんが頑張って伝えようとしてくださってるのに、なかなかわからないこともあって……もどかしい思いをさせてしまって、心苦しいです」
スタッフさんが眉を寄せて、苦笑いした。
弟の言葉は不明瞭だ。わたしだって、彼が言ってることの3割くらいしかわかっていないと思う。
「それでも、時間の積み重ねで、ちょっとずつわかることが増えると思います。まずは、良太さんがここで暮らしたいと思ってくれたことが嬉しいです」
中谷のとっつぁんが、深々と頭を下げてくれたので、恐縮してしまった。お礼を言いたいのはこちらの方である。
念のためにと、体験入居の期間を長くとってもらったのだが、その間、弟が気にいった一番広い部屋をあけておいてくれたのだ。
いまは、みんながわからなくて、ちぐはぐでも。時間がゆっくり、いいようにしてくれる。これほど不変で、確かなことはない。
「送迎車も、正式に購入して、こちらに送ってもらいますね。ドライバーさんの募集は……」
わたしが切り出した、そのときだった。
インターフォンが鳴った。
ちょうどわたしたちの後ろの壁にあったので、思わず、振り向く。ディスプレイに、人影がはっきりと映っていた。
警察だった。
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週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。