続・「死ね」と言ったあなたへ
予想もしてないメールが届いたのは、夕方だった。
『三年ほど前に、たいへんご迷惑をおかけした息子の母です』
しんどめの仕事が終わって、ボーッとマグカップにお湯をそそいでいたわたしは、すぐに手を止めた。
あっ。
「あの時の!?」
思わず、でっかい声が出た。
名前も、顔も、声も、まったく思い出せないのに。だって会ってないから。一度も会ってないのに、息子さんとは何度も話したことがあるような気がしている。
3年前、SNSで、わたしは彼に「生きる価値なし死ね」と言われた。
わたしに向けられたのではなく、わたしが投稿したダウン症の弟の写真に向けられた言葉だった。
あまりにひどい言葉だったから、通報しますよと連絡した。悲しさと悔しさがごちゃまぜになって、脅してしまった。
あわてて「ごめんなさい」と返信が届いた。何回も、何回も、繰り返し届いた。彼はまだ子どもだったのだ。
後日、彼のお母さんから、メールが届いた。
心を砕いてくださったであろう謝罪の説明で、わたしは、その子にも障害があり、わたしにぶつけたのと同じような言葉を、学校でぶつけられ、ひどくいじめられていたと知った。
たまらない気持ちになった。
「死ね」って言われた時より、何倍も悲しくて、悔しかった。
それで、手紙のようなエッセイを書いた。その子に、いや、本当はその子のまわりにいる人たちに伝えたくて。
彼は、ものすごい勇気のある人なんやでと。
お母さんからは、書くことの了承と、あたたかいお礼のご連絡をいただいた。ホッとした。
でも、ほんまのところは、わからんくて。
傷ついたかもしれんやん。おおきなお世話やって。後になってこんなことを人に話さんでほしかったって思うかもしれんやん。わたしの人生ならええけど、だれかの人生を書くっていうのは、奪うことにもなりかねんやん。
メールが届いた時、恐ろしかった。
わたしのことを怒ってるんかもしれへんって。よけいに傷ついたんかもしれへんって。
もしそうやったら、どうしよう。
今度はわたしが、謝らなあかん番や。
ほうじ茶を作るつもりで入れた湯がぬるくなるまで、わたしはキッチンで棒立ちして、読みはじめた。
『テレビ番組で岸田奈美さんを拝見しました。お声が聞けて、なんだか温かく、ホッとした気持ちになりました。息子もチラッと目に入ったみたいで「あ、僕が迷惑かけた、あの人や」って、言っていました。』
覚えてくれてるんや。
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週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。