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蜃気楼に浮かびし10畳の楽園(姉のはなむけ日記/第2話)

ダウン症の弟が入居できるグループホームの空きが、やっと一箇所出たかと思えば、塩対応というか山椒対応というか小粒でもピリリと辛いどころか「収入が減るから土日の外出は許さねえ!」的なギッチギチの世知辛さをお見舞いされたのだった!

母のヤケクソ焼きは牛肉ヒレ、豚肉ロース、安納芋と三日も続き、レパートリーを着々と増やしていた。気持ちはわかる。

ふたたび一年、いや、三年。

空きが奇跡的に出るのを待つ日々に戻るのだ。

さて今日はなにを焼いたろか。魚か。干物か。母がガックリきていると、電話が鳴った。

「岸田さん!良太さん(弟)にピッタリのお話があります!」

相談支援事業所のおじさんだった。すんごい優しいおじさんだった。

ちなみにここからは怒涛の勢いで、すんごい優しいおじさんが複数人登場するので、覚悟してほしい。

「なんですって……?」


母は干物を物色する手をピタリと止め、電話に聞き入った。乾物の価格は天井が存在しないので、安易に手を出す前で本当によかった。干し鮑なんぞに凝られた日には、家計がイージーに崩壊する。

「5月から新しいグループホームができるんです。まだどなたも申し込みされてません!」

4人まで入居できるとのことだったが、そんなもん、たぶん瞬殺である。おじさんによる、できたてホヤホヤなうまい話のタレコミだった。

母はグループホームの住所をたずね、Google mapで調べてみる。

「なんですって……!」


驚愕。


すぐ近くにイオンモールがあった。


サティやジャスコの皮だけすげ替えた縦型イオンではない。正真正銘、イオンとして建てられた生粋のエリート・イオンだ。広大な敷地の横型低層イオン。15年くらい前にオープンしたとき、駆け込んだ客の半数がまだ店を回りきれず取り残され、今もさまよっていると言われている。

ろくな商店街すら存在しない神戸市北区の民たちの心のオアシス。生まれてはじめて手にした無印良品の圧倒的なセンス。ティファニーより価値のあるリングが並ぶミスタードーナツ。吸い寄せられるようにヴィレッジヴァンガードを知ったあの日のこと、一生忘れない。

とりあえずイオンへ行っておけばなんとかなる。岸田家も毎週水曜はイオンのフードコートの丸亀製麺で夕飯をとる習慣があった。

朗報だ。
いや、悲報だろうか。

弟にとっての初めての一人暮らしがイオンの近所なんて、喜びで気が狂ってしまうかもしれない。銀山温泉に住むようなもんである。

「ありがとうございます!息子と見学に行かせてください!」

見学の予定をとりつけた母は、興奮して電話をきりながらも、一抹の不安にかられていた。

また、親子ともども、しんどい思いをしたらどうしよう。

ちなみに姉は、そんな事情など知らされず、ひとりだけ京都の自宅で原稿の締め切りに追われ血眼になっていたのであった。仲間に入れてよ。



翌週の夕方。

母と弟はふたり連れ立って、車を走らせ、グループホームへ向かった。仲間に入れてよ。

新しい住宅街のど真ん中にある、なんの変哲もない二階建ての一軒家だった。きれいに見えるが、新築というわけじゃなさそうだ。

「どうもどうも、お待ちしてましたあ!いいお天気ですねえ〜っ」

出迎えてくれたのは、すんごい優しいおじさんの中でも、最重要級のすんごいやさしいおじさんである、中谷さんだ。白髪に、丸いフチ眼鏡。

責任者でありながら介護の現場でも走り回っているらしく、目を見張るほど青いポロシャツ姿だった。

そしてなにより、えびす顔。

笑福亭鶴瓶師匠を彷彿とさせる。それは関西における、超弩級の信頼感を意味する。西の鶴瓶、東のタモリ、南の具志堅用高。北は……北はあれだ、大泉洋。(敬称略)

中谷さんからグループホームの説明を受ける。

母は気づいた。

「この人は、良太を良太として見てくれている」


この意味を、わかってくれる人がどれだけいるだろう。

わたしに彼氏ができるたび、長続きするか否かを弟が瞬時に見分けられる能力にも関係してくるので、ざっくり説明しよう。

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週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。