タイムスリップが終わる日は(今ここにいる君のこと)

あるニュースについて、岸田奈美が考えながら、しばらく書いてます。
きっかけは2025年2月21日のエッセイから

こんな日が来ることは、いつか予感していた。

医学の進歩は止まらない。いま苦しんでいる人がいる限り、苦しみから解き放とうとする研究は続く。ゲノム編集技術があれば、いつかは、ダウン症にかぎらず、さまざまな症状が遺伝子の段階で失くなっていくんだろう。

これはいま、人生に折り合いをつけながら生きている人たちへの治療ではない。生まれる前に、親が選択をするということだ。

親となる人が、ゲノム編集をするかどうか、話し合って、選ぶという時代が来るというだけの話だ。それが幸せなことかはわからないけど。選ぶということは、自由なようで、責任を持ってしまうことでもあるので。

いまの弟には、なんの関係もない。

弟が楽しそうに生きている今も、出会ってくれた温かい人も、なにひとつ、ケチつけられることはない。

せやのに、どうして、わたしの心はざわめくんだろう。

このニュースに対して、まとまってもない思いを、ダーッと語ろうとしてしまう。でも、喉の奥が詰まったようになって、どれも途中で止めてしまう。なにも語らなくていいという諦めと、なにか語らずにはいられないという衝動で、もみくちゃになる。

悲しい。

何がどうして、こんなにも悲しいのか、わたしはすぐにわからなかった。

眠る前に、目を閉じる。ニュースのことを振り返ると、わたしの意識はどこか遠くへ飛んでゆく。

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週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。