病袋と極楽の香り
聞くところによると、早くも福袋の予約が始まったという。正月の風物詩。スタバや無印良品の福袋は、熾烈の抽選販売だそうな。
病院の売店でも、袋が爆売れしている。
それが、こちら。
入院セット袋である。
身内の入院が決まると、買い物競争がはじまる。
看護師さんから
「こちら、できるだけ早めにお願いします」
と、小さな紙をぺろっと渡されるのだ。
・下着
・タオル
・歯ブラシ、歯磨き粉、コップ
・ティッシュ
・シャンプー、リンス、ボディーソープ
・スキンケア用品
・割り箸、スプーン、フォーク
・吸い飲み
おおむね、代わり映えもせずこのラインナップ。吸い飲み。吸い……飲み……!?
吸い飲みで検索すると、なんか、世界名作劇場などのアニメに出てくる“病弱な母親”のベッド脇でしか見たことがないような、独特のフォルム。これを使ってるときのビジュアルの病弱さったらない。病人のコスプレをするときは必需品たりえる。
今まではこれをひとつひとつ、買いそろえていた。地味にだるい。
しかし、いつの間にか、入院セット袋なるものが、売店に登場していて感動した。これがまあ、飛ぶように売れてゆく。入れ喰い状態。福袋なんてメじゃない。売れたら片っ端から、補充され続けている。
福袋っていうか、病袋っていうか。
病袋が福袋と決定的に違うのは、お得さが皆無ということだ。
1,800円……!
吸い飲みや箸フォークのように「100円ショップで売ってそうなのに、わざわざ100円ショップ以外で買うやつ」は意外と高いのだ。たぶんこれだけで800円ぐらいかかってるんでは。
ボッタクリではないが、1800円を払って当たり障りのないラインナップなら、シャンプーとリンスは別にしたいし、タオルもちょっと良いのを選びたい。
入院準備も4回目となれば、そういう“こなれ感”的な具合の演出をしたくなる。
というわけで、わざわざ病院を出て、ドンキまで買いに行った。これだけデカい店が24時間営業というのは、冷静に考えるとバグっている。磯丸水産もだ。人はなにが悲しゅうて、明け方にホタテを殻ごと焼くんだ。
所狭しと積まれた商品に目を回しながら選んでると、母からだ。
「膵炎にもなりかけてるから、一週間ぐらい絶食やって」
そのあと、1秒と経たずして、号泣しているドラえもんのスタンプが3つ連続で送られてきた。トリプル・ヒステリック・ドラえもんの役満。
これは相当である。
昨年も母の入院騒動で書いたが、
病院で気が滅入ってヘドロになりそうな母を励ましたのは、ふりかけの存在だった。美味しいふりかけがあれば、母はギリギリ、正気を保っていられた。
絶食ということは、ふりかけという手を封じられてしまう。
「ほな、ジュース持っていこか?」
「ジュースもあかんねん。お水だけ」
ダメ押しで、号泣しているのび太のスタンプが追加された。
大変なことになった。母は“味”を完全に制限されてしまった。それならせめて個室を借りてみてはどうかと聞いたが、満室だった。あああ。
しまいには、神を止めるクリップ、なるものを所望された。
母が、大地に、天空に、怒り嘆いている。“髪”の誤字だろうが、神の意志に抗うという深層心理が漏れ出ている。天岩戸ピン、しめ縄カチューシャ、鏑矢バレッタ……!
鎮まりたまえ……!
食べものも、飲みものも、個室もだめ。
母は点滴につながれ、ベッドからは動けない。
そして感染症対策ゆえに、見舞いも禁止。
ふりかけも封じられてしまった母が、泣く泣く思い出したのは。
「そうや。前に入院したとき、お風呂にいれてもらうんが楽しみやってん」
「お風呂ね」
「奈美ちゃんがLUSH(ラッシュ)のシャンプー持ってきてくれたやん。めっちゃ良い匂いで、看護師さんたちもキャーキャー言ってくれて、あれは嬉しかったなあ」
良い匂い。
なるほど、その手が。
見舞いもなんもできず、ただ差し入れをすることしかできないからこそ、そこに一抹の“どうか心は病んでくれるな”という祈りを込めるのは、身内のサガ。
ちょうどわたしには、2万円の臨時収入があったばかりだ。
ある学校で講演の仕事をしたら、もらえた。これだ。いつもならケチっちゃうけど、この2万円はパーッと使っちゃおう。こういうのは勢いだ。
諭吉を握りしめ、その足で
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