ぶっぱなせ!人徳パワープレイ! in パリ
ヌルッとテキトーすぎる、パリについて、書いてきましたけども。
パリは、車いすの母と行けるとこと、行けないとこの差が、めっちゃ激しい。
バリアフリーとやらは、あらへんよ。
地下鉄にも、エレベーターはない。一割の駅にはできたらしいけど。一割て!一割て!
築300年、なんたら遺産級の建物がまわりにウジャウジャしてるから、どうにもこうにもファインディング・ニモ的な感じで、工事できないらしい。
地面に謎の車いすマークあったけど、頭がなかった。暗示かな。
パリでの移動は、バスかUber(ライドシェア)を使った。でも、通行禁止や渋滞が、ま〜〜〜〜〜多いので、となりの区に移動するだけで、40分ぐらいかかる。
時間も、料金も、東京の2倍ぐらい。
「オカネ、ナクナッチャウ、ヨ!」
パリはね、道も、ガッタガタ。
石畳やからね。オシャレなんやけどね。スーツケースやヒールで歩いたら、もっていかれる。
こういう裂け目に、何度、命(タマ)を取られたか。
お店もねえ、歴史的な建造物そのまま使ってるから、階段とかありまくり。行けないところ、いっぱいあった。
一応、バリアフリーの法律は整備されたけど、パリは景観が大切なので、古い建物は改修せんでも、ええそうだ。
すげ〜〜〜。
歴史があって、地震のない国って、これができちゃうんだ 。
えっ、じゃあ、車いすで、どうすんのっちゅう話。
これが、まあ、パワーすぎるソリューションがありまして。
かの有名な、凱旋門を観に行ったときのことです。
すごい。でかい。のぼりたい。
おのぼりさん顔で、ホゲェーっと近づいたらば、あと少しのところで、たどりつけない。
凱旋門のまわりって、車がビュンビュンしてる。
信号がないので、渡れない。ミンチになってしまう。
どうしろと。
なんの看板もないので、嗅覚を頼りにあたりをグルグル回ったら、なんか、唐突に階段がある。
観光客が吸い込まれている。
なるほど、この階段で、道路の下をくぐり抜けていくわけである。
エレベーターは、ない。
そんなわけあるかいと、探し回ったが、本当になかった。凱旋門レベルの観光地にもなかった。
凱旋門に、近づけない。
楽しみがった母が、悲しい顔をしてた。
わたしは、あわててキョロキョロして、
「あっちにポリスメンがおるから、道、聞いてみようや!」
聞いてみた。
なんか、フランス語で同僚と、喋ってる。
「行きたいんやって」
「どうする?」
「ほな、とめるか」
「せやなあ」
これぐらいのテンションで、歩き出したかと思うと、
えっ?
えっ?えっ?
車、とめた。
びっくりしすぎて、声が出た。すごい。とめた。限りなく、ノリでとめた。どこにも、なんにも、指示を仰ぐとか、なかった。
車のほうも、クラクションとか、一切鳴らさない。
窓をあけて、ポリスメンと、談笑してる運転手もいた。
これ、その時の、動画。
わたしたちが渡り終わったら、
「ほなね」
つって、帰って行った。
なんだったんだ。
日本では、こんな、現場が手ぶらとノリで、道路を封鎖することがあるだろうか。レインボー・ブリッジを封鎖するのに、織田裕二がどんだけがんばったと思ってんだ。
放心していると、母が言った。
「さっきのポリスメン、追っかけて」
「どうしたん? お礼言うの忘れた?」
「結婚したい」
メロメロになっていた。わかる。自分のために道路を封鎖してくれる男は好きになっちゃう。ぼくは死にましぇんver.の武田鉄矢も、広義ではそう。
無視して、母の車いすを押した。
凱旋門、かっこよかった。
この脚の片方に、エレベーターが埋め込まれているらしく、車いすも上まであがることができた。
「すごいなあ。すべての門はエレベーターをつけよ、って、ナポレオンが言いはったんかなあ」
言うわけないだろ。
ほんで、このエレベーターも、すごくて。
リフトみたいなやつで、自分で操作するんやけど、
壁とか、金属とか、むき出し。
うっかり手を伸ばそうもんなら、指は飛ぶ。もたれようもんなら、背中はすり下ろされる。
むちゃくちゃ危険。どんな安全基準なんだ。人間を信じすぎている。
震えながら、直立不動で待っていると、
高いところにのぼって、こんなに心が揺さぶられたのは、初めてだった。放射状に伸びる、色素の薄い、美しい街。
なんて美しいんや。
あの建物も、あの建物も、全部、全部、美しくて……
「階段だらけなんやろうな」
そういうことです。
帰ろうとしたら、
「あれっ。ポリスメンが、おらん……」
どこにもおらん。なんとなく、そうやろなと、思ってた。渡らせてくれるが、後のことは考えない、それがパリ。
どうしよう、どうしよう。うろたえる。
近くで工事をしていたおじさんが、ジーッと見てきた。
「渡りたいんか?」
「はい」
「さっきは、どうやって来たんや?」
「ポリスメンが」
「ほな呼んできたるわ」
おじさん、仕事を放棄して、車道を走り抜けていった。命知らずだった。めちゃめちゃ、クラクション鳴らされていた。死ぬんかと思った。
ラーメン三銃士を連れてきたよ、みたいなノリで、ポリスメン三人衆を連れてきた。できるだけ、姿勢を正して、渡った。
ありがてえ、ありがてえ。
ありがてえんだけど、これ、ポリスメンおらんかったら、どうすんだろうな。聞いてみたら、
「I don't know ★(知らんがな)」
笑顔で答えられた。ですよね。
母の目がまた、メロメロになっていた。
「わたし、パリで暮らそっかな……」
バカッ!目ェ覚ませ!エレベーターないんやぞ!
エレベーターもポリスメンもない時、パリでどうやって暮らすんやろかという謎は、ちょっとずつ解けてきた。
たとえば、パサージュという、パリの昔ながらの商店街に行ったときも、当たり前に階段だらけだった。
階段の前で、ほんの10秒ほど、立ち止まっていると、
「マダム、降りたいの?」
書店から急に、紳士が出てきた。
マダムと呼ばれた時点で、母の目はメロメロになっていたが、わたしはうなずいた。
「じゃあ、降ろしてあげるよ」
紳士は、だれかを呼んできてくれるのかと思ったら、
片手で車いすを持ち上げた。
ビビった。どんな技術。
もう片方を、両手で掴んでるのは、うちの撮影スタッフである。
紳士がほほえんで、書店へと引っ込んでいったあと、彼は恐ろしいものを見た目でつぶやいた。
「ぼく、重くてフラフラしてたんですけど、あの紳士は片手やのにまったくブレへんくて……体幹がバケモンすぎる……」
元特殊部隊か何かだろうと思っていたら、フランスの紳士、だいたいみんな、体幹がバケモンだった。
お次は、サンジェルマン・デ・プレ教会。
文豪が集まる街にあってさ、見てみたかったんよね。でも、入り口が、やっぱり階段だけ。
階段には、ホームレスの人が座り込んでいた。
目が合った。
すごい勢いで、起き上がって、こっちへ向かってきた。
怖い、怖い、怖い!
思わず逃げても、追いかけてくる。回り込まれた時は、死を覚悟した。
「車いすなら、こっちに抜け道があるんやわ。教えたるから、ついてきなはれ」
ホームレスの人が、手招きしながら、歩いていく。
半信半疑でついていき、教会の裏庭をグルッと回ると、
本当に道があった。
ホッとするわたしや母とは裏腹に、撮影スタッフは警戒していた。
「ぼく、インドに旅行した時、こういうことがあったんです。親切な案内についていったら、法外なおカネを請求されるやつですよ……!」
まさか、そんな。
真っ青な顔で、いま財布に何ユーロあるかを思い出していたら、ホームレスの人は
「ばいばーい」
と言って、木と木の間をガサガサしながら、美しい裏庭へと消えていった。
妖精と同じムーブだった。
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