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君こそスターだ!の巻(ドラマ見学7日目)

「今週末、沖縄でロケがあるんですよ」

プロデューサーから聞かされたとき、わたしは小学館の会議室で取材を受けているところだった。

「へえー、沖縄で!」

「みんなのスケジュールがさすがに合わないかと思ってたんですが、やっぱり行こうということに」

「それはそれは」

カメラのレンズ交換を、待っている間。

スッ。

スマホを取り出した。

「行きたかったなあ」

ちょうど新刊の告知で、一日に取材を5件もお受けすることはめずらしくなく、むちゃくちゃ忙しかったのだ。

諦めながら、カレンダーを見た。

行け……る……?


土日の2日間だけ、なにも入ってなかった。

「春休みだし、飛行機が満席だろうなあ」

航空会社のWEBサイトを開くと当然、完売していた。ように思えた。ページを更新する。あと1席△、という表示が出た。

乗れ……る……?


シュッ!(飛び立つ音)

パッ!(降り立つ音)

ド……

ドーン!!!!


「へえ〜、ここが2023年の沖縄かァ!」と、思わず口にしてしまいそうなワープっぷり。

プロデューサーの

「えっ、えっ、本当に来るんですか……?」

に、何度も無言の笑顔でうなずいたが、行動力の高さで人を怯えさせることってできるんだな。

なにがなんでも行きたい理由もあった。

撮影場所が、かりゆしビーチだったからだ。

名前を聞いただけでわりと涙腺がイーヤーサーサー状態なのだが、ここは、母が車いすに乗るようになってから、初めて訪れたビーチだ。

車輪が砂浜にハマるので、決してビーチには近づいてはならぬのが岸田家の掟だった。

かりゆしビーチだけは、車いすで行けるように整備されていたのだ。

しかも、

絶対に乗れへんやろと諦めてた、グラスボートにも力技で乗っけてくれた。2011年のことだ。母はここで、生きてゆく力を取り戻した。

「死にたい」と母から打ち明けられてから、バイトをして必死で貯めたお金を注ぎ込み、ふたりで沖縄を目指したのが懐かしい。イーヤーサーサー。

思い出の地で、ドラマのロケがある。

こんな偶然、逃さずにいらいでか!

あとから聞いたけど、偶然ではなく、脚本家さんが熱心に調べたからだろうということだった。泣いちゃう。

かりゆしビーチリゾートのプールで、草太役・吉田葵くんの撮影をしていた。今作品、期待の超新星である。

豪快に浮かんでいた。海の子がおる。

晴れてはいるけど、この日の気温はまだ20℃ほど。助監督さんと音声さんも、お腹まで浸かったままだった。過酷。

「よーい!」

カメラがまわる。

スーッ。

葵くんが、発射された。


水面をウニョウニョと蹴って、気持ちよさそうに進んでいく。

本当はうきわで泳ぐ予定だったが、葵くんは水が苦手らしい。

そこでジンベエザメが投入されたというわけである。救いのジンベエザメ。マリオにおけるヨッシー的な役割。葵くんを乗せ、大海原を駆けろ!

どうしても顔に水がかかってしまうが、それは、お風呂でお父さんと猛練習したらしい。撮影の直前まで、一緒に湯船でブクブクと。

「カーット!もう一度、進む方向かえて!」

やりなおしになると、

尻尾をつかまれ、ジンベエザメごと引き戻されていく。うなだれる葵くん。シュールすぎて、笑いをこらえきれない。

長引きそうだなと思っていると、大きな声が響いた。

「あのう、これって、足をバタバタさせたほうがいいですかー?」

誰の声だ。

葵くんの声だった。


ジンベエザメの上から、演出の大九さんのほうを見て。

びっくりした。

最初に東映撮影所で会ったとき、葵くんは、こんな風にハキハキと自分の考えを話せていなかった。

明らかに語彙が増えてる。発音が滑らかになってる。

なんか、お顔もちょっと、凛々しくなってるような。

葵くんが着替えている間、葵くんのお母さんにおそるおそる「喋るの、めっちゃ上手になってらっしゃいません……?」と聞いた。

お母さんも、びっくりしていた。

「や、やっぱりそう思いますかっ!?」

「そう思いすぎます」

口をおさえて、あわあわ動揺しながら教えてくれた。

「わかんないことや、思ったことを伝えると、撮影がうまくいくっていうを葵が気づいたみたい。一生懸命、言葉にしようとしてるんです……」

三ヶ月以上に渡る撮影の中で。

演技経験もなく、難しかったりあやふやだったりする指示がわかりづらく、アドリブを入れすぎてしまっていた葵くんが。

葵くんにつきっきりで演技指導をしている安田さんが、わたしにそっと何かを手渡してくれた。

葵くんのノートだった。

最初のページには「撮影の仕方」が。

段取り、テスト、本番、という言葉の意味。まだ撮影が始まる前、ドキドキしながら葵くんは、どんな思いでこれを貼ったんだろう。

岸本家のこと、草太のこと。ママが倒れて、救急車をよんで、病院にいって、それで車いすにっていう経緯。

自分でわかる言葉にして、書いたものを読むのが、葵くんにとって一番わかりやすいらしい。

「これは、叱られたことも書いてるんですね。夢中になると忘れちゃうから、ぼくが葵にこのノートを見せる役なんです」

安田さんは、サッ!サッ!と、武人のようにノートを服の中から出し入れしてみせた。

撮影はほとんど毎日、深夜3時に現場へ行くこともある。眠るにもやっとの生活で、葵くんはこれをせっせと書いたのだ。

「葵は……本当にものすごくがんばってる。毎日、成長してるんです」

うるうるした。

わたしの身にも染みている感情だったので。

葵くんと同じダウン症であるわたしの弟は、全然うまくしゃべれなかった。わたしと母でも、言ってることの半分しかわからなかった。

それがグループホームで暮らしはじめて、じたばたしながらも、友だちや先輩ができて。

「無茶でもなんでも、思ってることを伝えないと、生活できないぞ」

と、弟なりに勘づいたんだろう。

週末、実家に帰ってくるたび、弟は話せるようになってた。大空へといったん飛びたっていたオウムが、ペラペラ喋るようになって帰ってきたような何とも表現しがたい怖さに、最初はおののいたけども。

ついでに昭和のギャグも、仕込まれて帰ってきたっけな。

だれに頼まれたわけでもなく、彼らは自分で気づいた。

しんどくたって、くやしくたって、自分でよじ登る壁を選んだ。

その先に、思いを伝えたい人たちがいるから。

わたしはすごく、すごく、嬉しかった。


撮影は続いていた。

エキストラの人たちが大勢、参加してくれていたんだけど、あれってすごく大変。何時間も待って、何着もきがえて、自然な演技をするのだ。

このお子さんふたりも、エキストラだった。

「はいっ!じゃあ、濡らしてください」

季節は夏という設定。プールで泳いできたばかりの子どもを映したかったんだろう。しかし沖縄といえどまだ春先で、水温は低い。

「や、やだ!聞いてないー!」

豆鉄砲をくらった鳩のようになってた。聞いてないんか。テントの下で見守っているお母さんらしき人は親指を立てていた。行ってこいと。

やがて観念し、二人は水底へと沈んだ。

小学校のプールの時間、地獄のシャワーで阿鼻叫喚をした記憶が蘇ってくる。ヒィ〜〜!とかギャ〜〜〜!とか聞こえる。

「あーっと、すいません!髪の毛が濡れてないです!」

わたしは生まれてはじめて、子どもが二度漬けされるところを見た。


エキストラ担当のスタッフさんが、わたしのところへやってきた。

「ああーっ!やっと会えた!ぼく、岸田さんにずっとお礼を伝えたくて」

褒められるのは大好きなので、余すところなく全身で受け止める所存だったが、予想していなかった報告にあう。

「岸田さんが告知に協力してくれたおかげで、今までで一番、エキストラの集まりがいいんですよ!沖縄まで飛行機で来てくれる人もいて!」

「わははは」

これにはちょっと得意気である。ツイッターで、リツイートボタンをぺぺっと押しただけだというのに。

「あと、ダウン症のエキストラさんも来てくれて……」

「えっ!そういう役があるんですか?」

「いえいえ!通行人とか、お店のお客さんとか、広く募集していた役です。撮影中の吉田葵くんのSNSや写真を見て、自分もあんな風に演技してみたいって、ダウン症の人たちも応募してくれたそうで」

それは、どれだけの。

どれだけの、勇気だっただろう。

今まで「どうせ無理かも」と諦めていた人たちが、奮闘する葵くんの姿にびっくりして、あこがれて、カメラの前に来てくれたのだ。

圧倒的な喜びを放っている。自分を重ねられる。行動を起こさせる。そういう人を、わたしたちは、スターと呼ぶんだろう。

吉田葵くん、きみはもう、本当のスターだよ。

岸本草太という役が生まれたのは、この地球にとって、うれしい大事件なんだよ。




週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。