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もうハワイには行かなくていいかしら

休暇中の家族旅行で、オーシャンビューのホテルに泊まったら、初日からご遺体を発見してしまった。(→前回の話

救急車とパトカーが来たものの、三時間以上経っても、そのままだった。オーシャンをビューするところではない。窓を開けるたびに惨劇。さながら名探偵コナンのCM明けの扉。

上から見ていて不思議なのが、他の宿泊客が気にもとめていないことだ。子どもたちはご遺体の隣にあるプールで泳ぎ、カップルたちはテラス席でパンケーキを頬張っている。

ちょうど生け垣で見えなくなっているとはいえ、こんなにも気づかず、平常運転できるもんだろうか。

……もしかして、あのご遺体に気づいてるの、わたしだけ?

震える手で、フロントに電話をした。

「アー……調査中デェス」

気づいてた。

事件性はなさそうだが、実況見分が終わるまで、収容できないらしい。他の宿泊客は、何が起こったかもわからないまま、遊んでいるというわけだ。

気づかなきゃよかった。

ということで、寝た。

もうね、寝るしかない。睡眠はすべてを解決する。起きてたら、下がどうなってるか気になっちゃうから。あの屋根の下を通って、外に行くのも気乗りしないから。

ハワイにまで来て、家族みんなで寝た。

起きたら、すっかり暗くなってた。おそるおそる下を見ると、ご遺体はなくなっていて、代わりに防護服を着た人たちが、血しぶきを清掃していた。


翌朝。

朝ごはんを食べるため、6階のフロントへ降りた。昨日まで閉ざされていた窓は開け放たれていて、気持ちのいい日差しと風が戻ってきていた。

わたしは、フロントスタッフに声をかけた。

なんか、この気持ちを家族以外と共有したかったのだと思う。

「昨日はたいへんでしたねえ」

フロントスタッフは手を止めて、真顔でわたしを見た。

「?」

「?」

しばらく、だまって顔を見合わせて、

「Have a nice day!」

と言われてしまった。それだけだった。

1階へ行き、チェックインの時に荷物を運んでくれた、とびきり笑顔がすばらしい初老のドアマンにも同じことを聞いた。

「Ah……I can't speak Japanese!Sorry〜!」

さらなる笑顔で、手を振られた。

嘘をつけ。あんた、初日、日本語ペラペラやったやないか。英語でもう一度話そうとしたら、何かを思い出したように、元気に走り去っていった。

あまりの避けられっぷりに、もしかして夢やったんちゃうか、と思った。

隣でわたしの母が、ボーッと天井を見上げていた。

屋根の真ん中がへこんでいた。

ほな、夢ちゃうか。


人が落ちたということが、なかったことになっていた。誰にとっても良い思い出にはならないので、それはそれで、あるべき振る舞いなのかもしれない。でも、隠されると余計に気になる。

WEBやSNSでホテル名を検索してみたけど、なんのニュースにもなってなかった。異国で寂しいのは、言葉が通じないことではなく、心にある驚きや傷つきを、消化するために共有できないことだ。


ホテルのキッチンで料理すれば安い!と思っていたが、予期せぬ缶詰状態になったので、反動でクソデカくてクソ甘いものが無償に食べたくなった。

昔ながらのパンケーキが食べられるファミレスを見つけたので、突撃することにした。

でも、古いファミレスで、入口が階段。車いすの母が入れないのでがっかりしていたら、隣のホテルから、アロハシャツを着たおじいさんが出てきてくれた。

「隣のホテルの支配人ですけど、うちのバックヤードから回ってもらえたら入れますよ!」

日本人だった。

お言葉に甘えてついていったら、本当にホテルのバックヤードを、迷路のように通り抜けさせてくれた。

滞在中のことを聞かれたので、例のご遺体のことを話すと、ハワイのホテル業界しか知らない話をしてくれた。

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