本人なのか、本犬なのか、はたまた本官(もうあかんわ日記)
毎日だいたい21時更新の「もうあかんわ日記」です。もうあかんことばかり書いていくので、笑ってくれるだけで嬉しいです。日記は無料で読めて、キナリ★マガジン購読者の人は、おまけが読めます。書くことになった経緯はこちらで。
プリズン・ブレイクドッグこと、うちに住んでるトイプードルのクーが、とても信頼している知人のお寺で暮らすことになった。
noteを読んで事情を知ってくれている人なら、なんとなく察したとは思うけど、人間の事情でゴタゴタしているうちでこのまま怯えながら暮らすのは、クーがかわいそうで。
クーが唯一、心を許していた弟も、グループホームで暮らしはじめた。クーもこれから先、ずっとばあちゃんの尻を噛んで生きるわけにもいかない。そういう妖怪になってしまう。
とはいえ、住み慣れた家を移されるのは、クーもストレスだよなあ。どうしようかなあ。
一度様子を見てみようかと思い、お寺に連れていったのだが、着いた瞬間にクーは和尚様たちの前ではねまわり「だっこして!」「あそんで!」「おやつちょうだい!」と、人が変わった、いや、犬が変わったようになついた。
家ではそんなはしゃぎかた、見たことがなかった。もう一匹の梅吉との縄張り争いに負けたから、ソファの下に引っ込んでたけど、ほんとはいっぱい愛してもらいたかったんだね。ごめんな。
新品の寝床をぽんと置いたら、ばびゅんと飛んで入って、すうすう寝だした。
とはいえ夜になったらさみしがるかもなと、とりあえず一週間様子を見てもらうことになったのだけど。
毎日、広いお寺の敷地とお堂を縦横無尽に駆け廻り、檀家さんが来ると「なでて!」と背中を向けて滑り込んでちやほやされ。
ちょっと遠くへお出かけするときは、この袋のなかにじっと入って、ドナドナされるそうだ。犬が大好きな和尚様たちにも愛され、めちゃくちゃ満喫している。
一時的に引き取っていたとはいえ、人間の事情で飼っていた犬を手放してしまうことにつよい罪悪感があるし、きっとそれはこの先もずっと抱えていくことになるんだろうけど、クーが楽しそうで、ありのままを愛してもらっていて、嬉しくなった。
何度も、何度も、顔を見にくるね。
そして、家に残ったのが梅吉である。
今日は動物病院で検査と予防接種をすることになっていた。
朝一番で病院につれていくと、目につくすべての看護師さんと先生に「ぼくだよ!ぼくがきたよ!」と吠えまくってしっぽフリフリで突撃し、リードがビンッとなって、トムとジェリーのトムみたいな動きで咳き込んでいた。
かれこれ生まれたときから、ずっとこの調子だ。
最初に外で出会ったときも、梅吉は落ちたらやばい高さのケージにいたにもかかわらず、ビョンッとわたしの胸のなかへ飛び込んできた。
命知らずの、愛されたがりやだ。
先生に「ごめんなさい、しつけが行き届かず……」と謝ると、
「いやあ、これはもう生まれつきの性格ですね。なんでこんなに人懐っこいんだろ」
と笑いながら、ジャンプしまくる梅吉の体重を測るのに、ずいぶん長い間格闘していた。
血液検査や、麻酔をかけて喉の奥を見る検査があったので、3時間後に梅吉を迎えに行くことになった。梅吉は不安で寂しがるかと思ったら、看護師さんに全力で抱きついて、ハフハフ言ってた。それはそれで寂しい。
外へ出てもまだ9時だったので、近くにあるカフェ・ド・クリエで待つことにした。カフェ・ド・クリエといっても、東京で行っていた店舗とは、ずいぶん趣が違う。
巨大なスーパーの一角に無理やり憩いの場として作られているので、「五倍!五倍!ポイント五倍デー!」「今日は冷凍食品がオトク!」などの主張が強すぎるアナウンスが、店内のジャズBGMを無残にかき消している。そういうリミックス音源ですと言われたら、ちょっとおしゃれに聴こえるかもしれない。
席のほとんどは、じいさんとばあさんで埋まっていた。じいさんの方がちょっと多かった。
これも東京で経験したカフェ・ド・クリエとの違いだが「一緒に買い物してたけど、ちょっと疲れたからお茶でもしましょう」という使い方をしている客は少なかった。
じいさんがあとからじいさんを呼び寄せ、ばあさんがあとからばあさんに合流している。
「カフェ・ド・クリエに行ったら、誰かしらおるわ」という、寄り合い所的な役割を果たしていた。驚愕した。集っとるがな。
一応、感染予防策はとってるようで、対面の席には座らず、横一列にみんな座っていたのだが。
「今日はなんや!さむいがな!」
「あー、そやな!」
「石塚さんとこのせがれ、あれ、店継いどんぞ!」
などと、耳が遠いじいさん同士が爆音で叫ぶかのように喋りまくっていた。聞きとうないのに、有無を言わさずパブリックビューイングさせる音量だ。
飛沫、飛んどる、飛んどる。
だけどわたしは、そのじいさんたちを責めることはどうしてもできなかった、
歳を取ると、きっと、脳のCPUが極端にダウングレードするのだ。
たとえば、昨日。
わたしはデイサービスから帰ってきたばあちゃんのために、夕飯を用意した。沖縄そばだ。
麺とソーキをゆでて、少量の油をまぜてくっつかないようにして器に盛り、すぐ脇のIHコンロにスープを入れた小さな鍋を置いておいた。ばあちゃんは、一人でお湯はわかせるのだ。
A3サイズの紙にマッキーででっかく
「スープをあっためて、麺にかけて食べてね。沖縄そばです」
と書き置きをして、打ち合わせのために家を出た。
一時間後、デイサービスから帰ってきたばあちゃんの様子を見にきてくれたヘルパーさんから、連絡があった。
「沖縄そばって、なんのことですか?」と。
ばあちゃん、メモを読まずに、スープ捨ててた。
ショックで、フラフラと足がもつれそうになった。かつおだしから取った、わたしのスープが。あんなにでっかく書き置きしたのに。ホワイトボードにも書いて、電話で伝えたのに。
ああ。ばあちゃん。
ばあちゃんは、脳のCPUがダウングレードしているので、いろんなものを見つけたり、判断したりするのが、苦手になっている。一言で言うと、めっちゃ大雑把で面倒くさがりにも。
メモがあることがわかっても、それを読もうとしない。あるいは、それは紙ではあるが、なにかが書かれているとはわからない。見えづらい目で読むのも面倒くさい。そういうわけだ。
なにもかも面倒くさいのかなと思いきや、ミヤネ屋やNHKのど自慢は手をたたきながら愉快そうに見ているし、ポストに突っ込まれてるよくわからんタウン誌も読んでいる。
見たいものだけ視界に入れ、知りたいものだけ読んでいる。
それ以外の面倒くさいものは、シャットダウン。もしくは、ポカンと忘れる。
電話したら、スープを捨てたことも忘れて、「奈美ちゃんのご飯は美味しいなあ」と言っていた。ばあちゃんの優しさをうまく受け取れなくて、悲しかった。
これを無意識にやっている。人間が老いてもできるだけ長く生きていくための、ストレスフリーな人生術なのかもしれない。本人のことだけを考えれば、よくできている仕組みだ。
だから、大声パブリックビューイングじいさんも、悪気はない。「前の席に座らないでください」というポスターだけは忠実に守っている。えらい。ただ、それがなぜかまでを考えるのは、脳がシャットダウンしてる。生きるために。
いや、まあ、大声でしゃべったら、あかんよ。あかんけどもな。
場所を変えて別の階のレストランに行ったら、ドリンクバーで、じいさんが氷をつまんでいた。素手で。
なんなんだ。なんで今日はこんなに奇行じいさんとエンカウントばっかするんだ。もしくはこの街は、奇行じいさんばかりなのか。
だけど、人に悪意があって、わざわざ氷を素手で掴むやつはいない。じいさんはたぶん、トングが目に入らないだけなのだ。そして、自分のことだけしか、考えられないように脳が省エネ運転してるだけなのだ。
普通なら止めるか、店員さんに言いつけるべきなんだろうけど、脳裏にばあちゃんがちらついてしまった。
わたしが情けなくも躊躇するその間に
「ちょっと!さっきの人が、手で氷触ってたんですけど!」
と、強めのおばさんが、強めの剣幕で店員さんに苦言を呈していた。間違ってない、なにも間違ってない。おばさんはドリンクバーを使うすべての客を救った。
じいさんは、聞こえてないのか、聞こえてないフリをしているのか、さかさかと席へ戻っていった。手にしていたのはダイエットペプシだった。健康の優先度がグッチャグチャになっとる。
いろんな気持ちを抱えながら、病院へ梅吉を迎えにいった。
麻酔が切れたばかりだというのに、梅吉はピンピンしていた。母は麻酔が切れたら、2日はゲエゲエしていたというのに。犬もすごい。
先生が、カルテ片手に説明をしてくれた。
「検査は問題ありませんでした。麻酔の余韻も、まあ、本人がこれだけ元気なので問題ないでしょう」
「本人……?」
「あと、本人はほしがるかもしれませんが、ご飯は夜9時まであげないように」
スルーされたけど、本人……?
なんて言うのが正解なんだろう。
本……犬……?(ほんけん……?)
途端にバカボンの銃を乱射するおまわりさんのイメージが浮かんできた。
梅吉は元気にはしゃいで帰ってきた。ばあちゃんに「メグおかえり!」「チビどこ行ってたん!」とぜんぜん違う呼ばれ方をしてるけど、動じない。
森真梨乃と、さえりさんが、奮闘しているわたしにお見舞いを送ってくれたのだけど、しっかり梅吉のご飯も入っていて、嬉しかった。
しんどかったと思うから、わたしはアイマスクをつけて、梅吉はビーフを食べて、明日からまた元気にやっていこうと思う。
一番下のは、プラネタリウムだそうで、「犬をひざにのせて、これでも見て癒やされて!」とのことだった。気が利いてる。
ただ、電源をつけてみたら、プラネタリウムっていうかどう見ても、由緒正しきラブホの照明みたいだった。ラブホやんけ、これ。
ばあちゃんが「きれいやねえ、ええわあ」と、五回は言っていた。
これは見たいもの、だったのか。
↓ここから先は、キナリ★マガジンの読者さんだけ読める、おまけエピソード。
帰り道、すれちがう犬と人すべてに、梅吉は吠えて、突撃しまくった。
ワンワンワン!
もちろん届くはずはない。リードがビンッと張って、前足が宙に浮いても、いななく馬のごとく空気を蹴りまくろうとする。ほんとに落ち着け。
ここから先は
岸田奈美のキナリ★マガジン
新作を月4本+過去作400本以上が読み放題。岸田家の収入の9割を占める、生きてゆくための恥さらしマガジン。購読してくださる皆さんは遠い親戚…
週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。