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プリズンブレイクドッグ (もうあかんわ日記)

毎日21時更新の「もうあかんわ日記」です。もうあかんことばかり書いていくので、笑ってくれるだけで嬉しいです。日記は無料で読めて、キナリ★マガジン購読者の人は、おまけが読めます。書くことになった経緯はこちらで。

うちには二匹の犬がいる。どちらもトイプードルだ。

一匹は梅吉という。社会人になったわたしが入ったばかりの初任給にホクホクしていたとき、ペットショップで出会った。生まれたての子犬ばかりのその店で、梅吉はもう1歳の立派な大人になっていた。

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売れ残りの原因はすぐわかった。トイプードルにしては巨大で、ずっと尻尾を追っかけ回して足がもつれて転び続け、怒って吠えるという、アホの犬だった。アホの犬がニタァと笑い、ぎゃんぎゃん吠えて、こちらを見ていた。

このまま売れなかったら、この子はどうなってしまうんだろう。隣にいた母と顔を見合わせ、二時間後には、まんまとわたしは梅吉を抱えて車に乗っていた。

それだけならよくある話だが、なんと、二匹目も似たような経緯でこちらにきた。クーという。

クウクウ鳴くからとか、黒色だからとか、いろんな説はあるけれども、真意はわからない。名前をつけたのはわたしたちではないからだ。

クーは、母の知人が飼った犬だった。

飼ってから「大変すぎてとても飼えない」とのことで、母はうちにもう一匹いるからと断ったが、知人は他にあたれる人もおらず、このままでは捨てられてしまうということで「じゃあ一度、預かるだけなら」と、お人好し炸裂でまんまと連れて帰ってきてしまった。またか。

以降、クーを返そうとしても、なんやかんやあって、受け取ってもらえなくなった。帰る先を失ったクーは、うちの子になった。

クーは、アホの梅吉とは違った意味で、たしかに大変だった。

いったいなにがあったのか、それともなかったのかは知らないが、とにかく人間が苦手で。

普段はソファの下にもぐって暮らしており、日中はほとんど姿を見せない。夜中になると、のっそりと這い出て、エサを食べてまた姿を消す。冬眠中のクマか。

クーの姿を見るには、部屋を出ていったふりをして、物陰に身をひそめて息を殺すしかない。

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こうして、こちらに気づいていないクーを一瞬だけ見ることができる。クマか。

「クー!」と声をかけると、一目散に逃げていくし、撫でようとすると噛んでくる。ハッと気がついたら、そのへんに爆速で散らかされた、おしっことうんこだけがある。まだあたたかい。

なんというか、犬を飼っているというより、犬に住み着かれてるといった方が近い。アリエッティ。


さて。

犬二匹だけならまだ、それなりに生活はできていたのだが。

ここに「やばくなったばあちゃん」がくわわると、本当にやばい。

ばあちゃんは、老いでタイムスリップしている。うちの梅吉とクーのことを「チビ」とか「メグ」とか呼んだりする。メグはばあちゃんがむかしむかし、長屋で飼っていたらしい犬だ。昭和の下町の雑種だ。

昭和の下町の雑種なので、ご飯は人間の食べ残しで、外につながれていた。まあ、当時生まれてもないわたしがとやかく言うまい。そういう時代もあったのだろう。

何度「絶対にダメ!やめて!それは虐待になる!」とわたしがガチで怒っても、すぐに忘れるばあちゃんは自分の食べ残しをあげてしまう。そして彼らは、お腹を壊すこともある。

吠えると、ばあちゃんはクイックルワイパーを振り上げ、バンバンと床に叩きつけて音を出し、威嚇しながら追い回す。犬は怯えて、散り散りになる。

わたしが見張っているうちは、めちゃくちゃ怒ってやめさせるが、仕事やお風呂でちょっと目を離すと、同じことが起きている。ばあちゃんは「犬なんて家に置くからアカン!」と機嫌が悪い。もう本当につらい。

仕方なく、いまは梅吉をわたしの部屋でかくまい、クーは落ち着くソファの下で、穏やかに過ごさせている。

最初は怯えていた彼らも、なんというか、ついに堪忍袋の緒が切れたのか、クイックルワイパーを持つばあちゃんに怯えず突撃し、ばあちゃんの尻をガブリと噛んだ。


「あいたぁっ!」

ばあちゃんの声が部屋に響いた。一瞬、病院騒ぎかと青ざめたが、梅吉もクーもよくできた犬だった。ケガをしない程度に噛んでいた。

ばあちゃんのクイックルワイパーが、鉄槌のごとくまた振り下ろされる。

老人の動きなど見きったとばかりに、二匹はサッとよけて、またばあちゃんの尻にガブリした。生身の足でも腕でもなく、尻だけをめがけて。

その鮮やかさに感激して、わたしは「よしいけっ!もっといけ!そこだ!尻を狙え!」と、手に汗をにぎって犬を応援していた。異常な光景である。

ばあちゃんは一時間で、三回も尻をガブリされた。

ほとんどすべての記憶が1時間もあればオールリセットされるばあちゃんだが、噛まれた痛みは本能の危機として覚えているのか、ばあちゃんはクイックルワイパーで犬を追い回すことはとりあえずなくなった。


しかし、二匹のばあちゃん嫌いは止まらない。

ばあちゃんが毎日横になって寝転んでいるソファに、重点的におしっこをするようになった。生き物の持てる能力をすべて投じた、ごっつい攻撃だ。わたしもいつか気に入らない人に出会ったら、そうしようと思う。

ばあちゃんはおしっこに気づかず、自分もソファにコーヒーやらお茶やらをこぼしまくり、こぼしたことすら忘れてるのか、面倒くさいのか、そのまま放置して寝るので、魔界のようなソファになった。

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このように、ソファにはばあちゃんの手によっていろんな“ごまかし布”がかけられているが、この下は魔界だ。

わたしが実家にいるようになって、さすがにこのソファの異臭に気づいたので、ばあちゃんを説得して捨てることにした。


まずは、布をとって、背もたれのクッションをとって……


(※この先、ショッキングな写真があるので、きたないものが苦手な人は薄目で見てください)


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オギャァーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!


いや、まあ、いろんな液体を放置してたら、そりゃカビ生えるよ。新しい生命がここで芽吹いちゃうよ。

でもさ、でもさ。

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これは、なに?


どうやら、郵便物や雑誌をソファで読んだばあちゃんが、捨てるのが面倒くさくて、ソファの背もたれの間にねじ込んでいたことが発覚した。

こんまりもびっくりの片づけメソッド。

「ときめかないものは、亜空間にねじこんで、なかったことにしましょう!」

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意味不明の食材と保冷剤がまるごと入ったグニョグニョする袋も、亜空間にねじこめば、なかったことになる。

そんなわけあるか。
なんでここで寝れるねん。
信じられん。

あまりにもあまりにもな状況のため、母も「わたしが車いすやからソファの背もたれまで近づけんくてごめん」と落ち込んでいたので、このソファは亜空間からマンションのゴミ捨て場へと転送し、岸田家の歴史から抹消することにした。


「クーちゃん、ごめんな。このソファ、気に入ってたのに」

わたしはクーちゃんに謝りながら、弟とソファを持ち上げた。十数年ぶりに見る壁面が、そこにあらわれた。

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……え?

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クーちゃん!

壁に!

穴!

掘ってるゥ!


愛犬にプリズンブレイクされていたことに、言葉を失った。

わかるだろうか。好きでソファの下にもぐってる犬と仲良く暮らしているつもりだったのはわたしだけで、犬はマイケル・スコフィールドと同じく、意地でもこの家を脱出しようとしていたのだ。まさか家族からマイケル・スコフィールドが出るとは思わなかった。

ばあちゃんはゲラゲラと笑って

「犬も家から逃げたい言うとるわ!」

と言っていたので、今度はわたしが尻をガブリしてやろうかと思った。誰のせいやと思うておる。


あーあ、この脱獄の形跡、修復にいくらかかるかなあ……。


わたしと弟はうつむきながら黙ってソファを背中にかついでいったため、キリストがゴルゴタの丘へ歩いていくような絵図になった。悲しみが深い。

ソファがなくなったクーは、普段は布をかぶせたケージの中で休んでいるが、ちょっとずつ外に出てくるようになってくれたので、それだけが嬉しい。


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おまけ・「クーのたった一人のおともだち」

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週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。