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看板バ バン バン バン ハァ〜ビバノンノ(姉のはなむけ日記/第11話)

とうとう、近隣住民の方とわたしが直接会うことはなかったが。

「鍵や扉はなくていいが、敷地の両隣にフェンスをつける」

「障害のある人が間違って他の家へ入ってこないよう、目立つ看板をつける」

ということで、とりあえずは話がまとまった。


グループホームは大人気で、すでに弟を含めて、4人から入居申し込みがあり、満員御礼!蟻が鯛なら芋むしゃ鯨!になったところ。

落としどころがあっただけで、まずまずよかった。


看板はね、大切だから。

ポケモンでも、ドラクエでも、MOTHERでもね、大切だから。

ここは マサラ タウン。マサラは まっしろ はじまりのいろ。


当然のごとく、グループホームには看板を立てるお金がなかった!


ギリギリの経営なので。フェンスは、馴染みの業者さんがいてどうにかなったみたいだけど。オープンのための最低限の家具や家電をまとめて買ったあとだったので、どうにも厳しい。

もう二、三ヶ月たてば、入居者からの家賃も入って、なんとかなるが。

それでは遅すぎるので一刻も早く、と周りから急かされていたのだった。

姉が看板を買うことになった。


弟のための送迎車を買うはずが、看板を買うことになった。

万が一にグループホームが潰れたとしても、車と看板があれば移動式のベビーカステラ屋を開くことができる。姉ちゃんな、仕事やめて、ベビーカステラで食っていこうと思うんだ…!

母にその話をしたところ“ちんちん焼きのこと?”と聞かれた。大阪府民のせいで一気におしゃれ感が失せた。大阪府民はいつもそうだ。


さて。

看板ってどこで買えるんだ。


関西人はホームセンターのことをすべてコーナンと呼ぶ傾向にあるので、吸い寄せられるようにコーナンへ向かったところ、看板は作ってなかった。

ということで、

いでよ、集合知!

呼ばれてもない大阪府民が飛び出てくるとたちまち看板といえばスーパー玉出の話をするので、スマートに先手を打っておいた。なんでもかんでもギラギラさせりゃいいってわけじゃないの!豆腐は1円じゃ買えんの!

このツイートで、20件ほどのリプライやダイレクトメッセージが届いた。

やっててよかった、集合知!

遠くからでも取り付けにきてくれる店や、個人でやっている店まで、いろいろあったけど。

ひときわ目立つ店名があった。

「神戸市北区のなかの工芸さんがいいと思います」


なぜ目立ったかというと、8人ぐらいがあげてくれたから。圧倒的多数。

なかの工芸……知らんな……。

調べてみた。

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めちゃ田舎やん。

田んぼの近くに住んだことなどなくとも、なぜか懐かしくなってしまう。日本の心、存在しない原風景。

神戸市北区八多町だ。

八多には美保子という高校時代の友人が住んでいたが、家の二階にあがると携帯が繋がらない、カエルの声でテレビの音が聴こえない、と嘆いていたのを思い出す。あの八多やん。

こんなところに看板屋さんがあるとは、知らなかった。

母の友人の親戚が看板屋をやっているらしく、連絡をもらったのだが

「どっかアテはある?うちでやろうか?」

「なかの工芸さんってところが、いま名前あがってて」

「ええやん!そこ、若い職人さんが頑張ってるで。人柄も評判ええよ」

同業者にそこまで言わしめる、八多町、なかの工芸……!

ランチひとつ食べるにしても、ことごとく、むちゃくちゃまずいか、むちゃくちゃ怖いかの店を引き当ててしまうわたしには、わかる。


人柄だけはな、お金で買えんのよ。


なかの工芸に見積もりのメールを送った。

すぐ返事がきた。

ので。

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すぐ八多にきた。

森。畑。田んぼ。

そして。

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なかの工芸のみなさんです!


もとい

中野家のみなさんです!


シンプルにむちゃくちゃ家族。家族しかおらん。最高。

あたたかく歓迎されてしまって、応接室にはいったら、中野のおっかさんが

「お飲みものは、なにがええですか?」

と聞いてくれた。

なんて答えようかと迷っていたら、中野のおっかさんが、なにかメモを握っていた。

「それ見せてもらえますか」

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手書きのドリンクメニューだった。

「いややわァ、はずかし!久しぶりのお客さんやから……」

中野のおっかさんがぼそぼそと照れた。

家族 is ハートフル……!

ここは間違いなく、ももカルピスを頼んだ。もものカルピスやぞ。うまいもんにうまいもん合わせたら、そりゃうまい。

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ももカルピスがきた。濃かった。けど、口をつけると、氷が溶けてちょうどよくなった。一流のソムリエの所業。

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バリアンリゾートみたいなアイスまで出てきた。初対面の仕事の打ち合わせでアイス出てくることって、ないよ。近所の子どもだと思われてるかもしれない。

普通に近所の子どもなので、大喜びでいただいた。

家族 is ハートフル…!

「おふくろ、もういいってー」って感じで、中野の兄さんに照れくさそうに追い払われていたところまで完璧だった。

応接室から見える景色もやばい。心がまだ、あの夏を駆け回っている。

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手を洗いに行ったら、金魚。

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もはや、菊次郎の夏。

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左が中野真吾さん。中野家の息子さんで、代表取締役だ。

右が真希さん。妹で、グラフィックデザイナーをしている。

二人とも学校を出てから都会のデザイン会社などで仕事をしていたが、辞めて、なかの工芸で働くことになったそうだ。

なかの工芸は、中野のおとっつぁんが立ち上げた看板屋。

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あまりにも建物のいたるところに絵画が置いてあるので、家族ぐるみのギャラリーフェイクかキャッツアイ稼業を想像していたが、おとっつぁんが描いたらしい。

看板は、今はプリンタ印刷が主流だが、おとっつぁんは文字や絵を手描きできる、令和では数少ない職人とのことだった。

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「なんで実家の家業に戻ってこられたんですか?」

お二人に聞いてみた。

「自然が恋しかったのと……あとはやっぱり、人ですね。地元が好きで、地元の人も好きだから、役に立つ仕事がしたくて」

地元愛。

わたしに一番ないものを持っていて、眩しい。「奈美っち、ウチらの地元愛、忘れんなっつーの!」記憶からもう消えかかっている中学時代のヤンキーが、深夜のセブンイレブンの駐車場で叫んでいる。忘れた。

真吾さんが言った。

「この規模の看板屋は、しんどいんですけどね」

「というと?」

「個人のお客さんで、小さな仕事がほとんどですから。お店の看板だけじゃなくて、自宅の駐車場のちっちゃな看板を一枚だけとか」

「“P”って描いてるだけのやつとか?」

「そうそう。けど、自宅につけるものだから、デザインも位置もちゃんとこだわりがあるし、まったく手は抜けません」

小さい。安い。それでも丁寧に。

今はなんでもインターネットで安く注文できてしまうので、手仕事でがんばるのは、たしかにしんどそう。

「でも、それが嬉しいんですよ。自分でつくった看板を、自分で付けにいくから、お客さんの喜ぶ顔が見れるし」

真希さんも微笑んだ。

「頼ってもらえるとね、嬉しいよね」

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町の看板屋さん。

菊次郎はいないが、町民の数だけ何次郎たちの思い出があふれるこの町で。

誰かが住むたびに、お店を開くたびに、看板がいる。看板とは顔だ。そんな大切な顔を、さて誰に作ってもらおう、と思ったとき。

一生懸命な中野さんたちの顔が浮かぶ。ホッとするだろうな。看板とはやっぱり顔なのだ。

「しんどい仕事だけど、人のおかげで、楽しくやっていけてます」

中野さんたちが大切にしてきた“人”が、わたしに、なかの工芸の存在を教えてくれ、ここまでつれてきてくれたのだ。すごいな。

「まあ、一度、全焼してるんですけど」

「全焼!?」


いい話にしみじみ終わるのかと思ったら、とんでもない背景を掘り起こしてしまった。全焼て。

「火事に巻き込まれてねー……家もなんもかんも、全部燃えて。どうなることかと思ったけど、やっとここを見つけて、引っ越してきたんですよ」

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「えええ……!」

中野のおっかさんが、台所からひょこっと顔を出した。

「ここね、わらびが取れるのよ」

唐突にぶっ込まれる、山菜トーク。

「それが本当に嬉しくてねえ、ここに来られてよかったわ」

「わらび……」

弟のために送迎車を買う姉もいれば、わらびのために引っ越す看板屋もいる。


人生はひとしく地獄なのだ。不幸は大小かまわず、突然訪れる。

幸福っていうのは、不幸を避けることではなくて。

楽しみながら乗り越えられる不幸を、幸福と呼ぶのかもしれないな。

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おっかさんがウキウキしながら屋上をのぼっていくので、なにかと思ってついていったら、最近トマトを育てはじめたとのことだった。



さて、本題。

なかの工芸さんに、グループホームの看板を作ってもらうことを決めた。

デザインも作ってもらえるのだが、グループホームの責任者である中谷のとっつぁんから

「もしよかったら、お姉さんに絵を描いてもらえないでしょうか。もちろんお礼は、あとから必ずお支払いするので……」

と申し訳なさそうに頼まれていたので、わたしが描くことにした。

お代かい?お代はよォ、入居者のあんちゃんたちに出すカルピス代にでもあててくれい。ケチケチすんじゃねえぞ、ガッツリ濃い目でな!

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今日は、看板をつける場所と、数だけ決めて、終わり。

デザインを送ってから、二週間ぐらいでつけてもらえるそうだ。楽しみ。


帰ろうとすると工房のあちこちに、古い看板が置いてあることに気づいた。

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「全部、役目を終えて取り外した看板です」

「ずっと置いてあるんですか?」

「いやー……思い入れもあるから、捨てられなくて」

真吾さんが苦笑いした。

「どんな看板をつくったか、全部覚えてます?」

「そりゃもう」

「わたしが知ってるお店もあるんかな」

真吾さんから、どんな看板を手がけたか、聞いていった。さすが地元の看板屋。懐かしいお店の名前ばかりが出てくる。

けど地元のお店って、名前は知ってるけど、入ったことないところ多いよなァ……。

などと、ぼんやり思ってると。

「あとは、あそこですね」

出てきた名前に、わたしはアッと声を出して驚いた。

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週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。