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送迎車ほしさに別府までやってちょうだい(姉のはなむけ日記/第7話)

昨今の予想だにしない世界情勢により、新車も中古車も手に入らない!

途方に暮れる岸田姉弟の前に「話は聞かせてもらいました」と舞い降りたのは、かつて、ボルボを手だけで運転できるように改造してくれた、ニッシン自動車工業関西の山本社長だった!

「車業者しか閲覧できないオークションサイトなんかもありますから、そっちあたってみますわ」

シャチョ〜〜〜ッ!

一週間後。

「むちゃくちゃ探しましたが、ええミニバン、全然ないですわ……」

社長の力を……持ってしても……!


かろうじて販売店に展示車や展示車はあるらしいが、売ってくれと頼むと渋られるらしい。

「あまりにも品薄やから、売りたいときにいつでも売れるし、超お得意様のために置いてるんでしょうね」

「一度でいいからお得意様になってみたい人生だった」

「でも、策はあります」

おっ?


「ぼくの親友が車屋をやってるんです。あいつならきっと……!」

山本社長が急に少年ジャンプみたいな絵柄になったので、どっちかっていうと週刊漫画ゴラクみたいな絵柄のわたしの目はクロールで泳いでしまった。

「事情は話してあるので、来週、そいつに会ってきます」

「どこにいらっしゃるんですか?」

「大分の別府です!」

「温泉あるとこですね……」

世間話のつもりだった。山本社長との電話に気を取られていて、わたしの背後に弟がたたずんでいることに気づかなかった。

弟は言った。

「おんせん」

「えっ」

「おんせん、いいですね」

「あっ」

「ぼく、おんせん、いきます」

普段、ゲームしてるときはどんだけ呼んでも耳を貸さないくせに、お前ってやつはこういうときだけ。

動揺しながら、わたしは電話の向こうの山本社長へ告げた。

「わたしと弟も行っていいですか、別府」


山本社長はもっと動揺していた。



神戸から別府へ。母をたずねて三千里ならぬ、車をたずねて4百キロになってしまった。たずねられるはずの母の出番がなくなってしまうのは忍びないので道連れにしようかと思ったが、母には

「ママはな、あんたら姉弟がふたりで旅に出る背中をな、見てるだけでな、ものごっつ幸せな気持ちになるんやわ。お土産は気にせんでいいから」

先手を打たれてしまった。

「いや、せっかくやし、オカンにも来てもらおうかと……」

「あっ、旅行カバンが必要やな」

母はギコギコと車いすをこいで、クローゼットの方へ姿を消した。

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「これがええわ」

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「ほらっ、ええわ!いってらっしゃい!」

冷蔵庫の中身を食い尽くし、作った麦茶を片っ端から飲み干す我が子には旅をさせよ。遠出の温泉より近場の百貨店が好きな母である。


毎週木曜は夜まで「newsおかえり」のテレビ出演が決まっていたので、別府への前入りはできず、早朝の新幹線で向かい、別府で一泊して、フェリーで神戸港まで帰ることにした。旅上手ゥ。

朝6時に起きた。眠い。

熟睡している弟をペチペチして起こすと「カップラーメン……」とつぶやいて、ゆっくり目を開けた。朝からそんなもん食うな。

母に見送られ、タクシーに乗ったが、走り出してしばらくしてから、療育手帳を忘れたことに気がついた。

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弟に障害があることを証明する手帳。一冊しかなくて、だいたい母が保管しているので、いつも肝心なときに借りるのを忘れてしまう。

これがないと、新幹線やフェリーの割引が効かないのだ。半額になるはずなので、数万円を余分に払わないといけない。取りに戻った。

そんなわたしを黙って見ていた弟は、

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新幹線のきっぷを

L1050162のコピー

わたしの分も引き取り、ポケットにナイナイした。はなから姉のことを信用していないスタイル。旅行するとき、弟はいつも、胸ポケットのあるシャツを着る。

小賢しいなと思っていたが、自販機の前で立ち止まった弟が「姉ちゃん、お茶飲むか?」と聞いてくれた。

弟のポケットには、手帳の数字を書くという珍仕事でもらったお金をチャージしたICOCAがある。まさかと思ったが、慣れた感じでお茶をおごってくれた。数年前まではありえないやりとり。

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握力が終わってるわたしに代わり、キャップも開けてくれた。小賢しいとか思ってごめん。ええやっちゃな。

ホームに到着した。

弟はあまり乗り物に興味がない。はたらく車にも、スーパーカーにも、新幹線にも。だからボーッと待っていたのだが。

わたしが

「あっ、今日乗るん、さくらか。のぞみはよう乗るけど、さくらは初めてやわ」

と言うと、初めてという言葉を聞くなり、突然ポーズを取り出した。

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初めてなら記念にやっとかんと、という感じであまりにも滑らかな方向性の転換だったのでわたしのカメラが間に合わず、ブレてしまった。すまん。

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むちゃくちゃ旅慣れてるな……。

初めての新幹線さくら号だったが、まもなくわたしたちは爆睡した。新神戸を出発し、小倉駅で特急へ乗り換える。

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特急ソニック!青色でかっこいい!

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と思ったら、扉は赤色だった。斬新な色使いにもドキドキしたのだが、なによりオオッと思ったのが、

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この!この床!

列車の床とは思えない、このノスタルジア。完全に体育館の床である。この景色、めちゃめちゃ見覚えある。先生の話はずっとうつむいて聞いてた。

特急ソニック、いいなあ。わたしはテンションが上がったが、

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弟は目もくれることなく爆睡していた。爆睡から爆睡へ移行するペースが、アパホテルの繁忙期の値上げより早い。

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海が見えてきた、と思ったら、そこはもう別府だった。

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べっぷ。ひらがなだと愛らしさが増す。べっぷ。

駅の改札を抜けると、そこでは

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山本社長が待ってくれていた。シャチョ〜〜〜ッ!ボルボ以来のお久しぶりである。なんで別府で会ってるんやろうと思うと笑えてきた。

隣りにいるのが、山本社長の親友。

「はじめまして!マジメといいます」

「マジメ……!?」

「馬〆と書くんですよ」

かいけつゾロリを読みすぎているので真面目に不真面目な方かと思ったが、真面目に真面目なお方だと後に判明した。馬〆さんは「これ食べな」「これも食べな」「これも食べえ」「食べながら行こう」と、どこからともなく食べ物をいっぱい出してくれる人だった。

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別府名物の極楽饅頭をもらった。馬〆さんのところを訪れる人みんなに、お茶みたいなノリで渡してるらしい。大人とは、かくありたいものである。饅頭を配りまくりたい。


さて。

「山本くんから事情を聞いて、一週間、ネットに張りついて探したんやけど、全然なくてね……」

社用車を運転しながら、馬〆さんが言った。

ああ、やっぱりないのか。

これからどうやって見つけるんだろう、と思いながら、馬〆社長が経営する車会社「Loop」に到着した。

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「ネットには全然ないから、ディーラーに頼みこんで、持ってきてもらいました!」

「エッッッッッ」


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に、日産セレナだ〜〜〜〜〜!!!!!!!


ピッカピカの7人乗り。なんでここにセレナが。試乗車も展示車も、売ってもらえないんじゃなかったか?別府の湯けむりが見せる蜃気楼か?

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週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。