【内書評】田舎で米をつくるとかいうホラ話
なんやねん。
なんでいま、送ってくるねん。
かんべんしてや。
そう思った。
中学二年生の夏、包みが届いた。
中身は映画のDVDで。
父が亡くなってから、すぐのことで。
映画なんか観れるわけないやろ、と。
送り主は、父の古い友人。
といわれましても、顔がわからん。
葬式のことをほぼ覚えてない。
思い出したくもない。
それまで泣かずにシャンとしてた母が、喪主のあいさつで立つと、糸が切れたように泣き崩れた。わたしは、母の喪服の裾を握りしめていた。
包みは、ほったらかしにするしかなく。
母が代わりに、お礼状を書いた。
わたしは父の声を忘れた。
顔を忘れた。
喜びも悲しみも忘れることが、生活を停止させないコツだ。
考えたらもう、生きてられなくなるので。
いま、わたしの頭のなかには。
強烈すぎて忘れられなかった、記憶の精鋭たちが残ってる。
父が吹いたホラ話、とか。
どういうホラかってーと、
神戸の六甲山を車で抜けて帰ってくるなり「キタキツネがおったぞォ!」と大騒ぎして、家族を叩き起こし。
風呂で追い焚きすると「足が溶けたァ!」と絶叫して沈んでいき。
あたふたする母と、びっくり泣きするわたしを指さしてゲラゲラと笑う父など。
ろくでもねえ!
群を抜いて、ろくでもねえホラ話を、ここでひとつ。
あれは、わたしが中学校にあがったときのこと。
顔をあわせるたびに父は言う。
「良太が小学校を卒業したら、俺と一緒に田舎へ引っ込むんや!ほんで、うまい米をつくって、売りまくりながら暮らすんや!」
は?
良太とは、4つ下のわたしの弟だ。
父は不動産会社を辞め、いきなり大工に弟子入りし、リノベーション会社を必死のパッチで立ち上げたところだった。
米づくりなど、寝耳にウォーターにも程がある。人生という線路に置き石でもされたかのような岐路。
「もう田んぼのあてはあるし、米づくりも学んどる!」
この世で一番恐ろしいのは、稲川淳二が語る怪談よりも、稼ぎ頭が語る根拠なき夢物語ではないか。母は台所でガシャーン!と皿を落っことした。
「いや、わたしはどうしたらええの?」
「知るか!お前は都会でもどこへでも、好きにやっとれ!」
は??????
大ゲンカになったが、父のことがそれなりに好きだったわたしは、仲間はずれにされたみたいで、ちょっと悲しかった。
翌日、わたしは弟の宝物であるレゴブロックをタンスの裏にばらまいて、弟を泣かせた。
この米づくり宣言は、一度で終わることなく。
二度、三度と。
しつけーのなんのって。
しまいにゃわたしもイヤになって、部屋でスンスン泣いた。母がやっと父をしばいてくれた。
弟が小学校を卒業するのを待たずして、父は心筋梗塞で急死した。
米作りの夢は、灰とともに火葬場の煙突から散ったのだった。
ここからが、このホラ話最大の謎である。
父には、田んぼのあてなどなかった。
米作りも学んでなかった。
挙げ句の果てに、弟は土に触るのが大嫌いだということも判明した。
一から百まで、父のひどいホラ話だったのだ。
ほんまにもう、ね、わけがわからんよ。
わたしが、アホみたいである。
ずっと傷ついてたし。
うっかり謎が解けたのは、さらに三年後のこと。
部屋の掃除をしていて、あの包みを見つけた。
映画のDVDだ。
ああ、こんなのもらったっけな。
捨てるのもなんだし、デッキに押し込んでみる。
『ビッグ・フィッシュ』が再生された。
ティム・バートン監督の。
ホラ話ばかりする父・エドワードと、最初はホラ話をワクワクして聞いてたけど、成長するにつれてうんざりする息子・ウィルの話だ。
おいおい。
身に覚えがありすぎやせんか?
病気で死期が近づくエドワードの看病のため、数年ぶりに会話しようとするウィルだが、それでも聞かされるのはホラ話ばかり。
「沼地に住む魔女に未来を見せてもらった」
「巨人と旅をした」
「なかなか捕まえられない大魚を、結婚指輪をエサにして釣り上げた」
ホラ話ばーーーーーっか!
ふざけてんのかと!お前もう死ぬんやぞと!
エドワードが語る話の真実が気になりはじめ、ウィルは彼の人生を辿ろうとする。
フタを開けてみれば、すべて、真実にもとづいて、盛りに盛られたホラ話だったのだ。
ホラ話にした理由は、こうだ。
エドワードは、家族や友人を楽しませたかった。楽しませながら、自分が傷ついたこと、愛したこと、人生で得られたものを伝えたかった。
エドワードの古い友人である医師は、ウィルに白状する。
「本当の話はつまらんだろう。きみのお父さんの話のほうがおもしろいと思う。わたしの好みだけどね」
ウィルはこう返す。
「先生の話もいい」
物語は語られる人によって、聞く人によって、形を変える。語られた数だけ、わかることがある。事実とは違ったとしても、違うということ自体に、真実は隠れている。
観終わったあとのわたしは、
なんや難しい映画やな
と文句タラタラだったが、涙が止まらなかった。
包みには、手紙が同封されていた。
『これを奈美さんに。お父さんは、本当にすてきな人でした』
弟には生まれつき、ダウン症で知的障害があった。優しくておもしろいヤツで、なにも考えずに仲よく遊んでいたけど、父はこう思ったのかもしれない。
奈美よ。
家族のしがらみなど心配せず、広い世界へ出ていって、好きなことをしなさい。
とかって。ちゃうか。
『ビッグ・フィッシュ』のポスターには、一面に敷き詰められたスイセンの花畑のなかで、エドワードが最愛の妻を見つめている。空想の花畑と、実在の愛は、どちらも眩しく美しい。
あるはずもない黄金色に輝く米の稲穂に囲まれ、手を振る父と弟の姿が見える。見えてたまるか、と叫び返すわたしの姿も見える。
……ような気がする。