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ハイスピード・タートルよ、永遠に

月曜の深夜、タイムラインに衝撃があらわれた。

カメがスケボーに乗っている動画だった。

だまされたと思って、一度、見てほしい。

カメがスケボーに乗っている。

間髪入れずに、三回見た。

一回目は絶句し、
似回目は爆笑し、
三回目は……

号泣した。


それはもう、何事かと思われるほど、泣きに泣いた。感情と涙腺をつなぐ回路が焼き切れてしまったように泣いた。

ひとりぼっち、頬が荒れるほどに涙を流しきったあと「なぜこれで……」と、己の情緒に怯えた。

子どもが束になって合唱する動画でも、犬がご主人を待ちわびる動画でも、道路に咲く大根の動画でもない。カメがスケボーに乗る動画で、わたしは、鼻を鳴らしながら号泣したのである。

あれは、いったいぜんたい、なんだったのか。

感情がよくわからないまま日々が過ぎていったけど、このままだと怪事件のままわたしの人生史に焼け跡を残してしまうので、書きながら考えていきたい。

きっと長くなるだろうけど、付き合っていただけると、うれしい。


カメがスケボーに乗る動画を見たとき、とっさに出た言葉は

「あんた、そうやったんか」

だった。

わたしの心が動いたのは、カメがスケボーで爆走したあと、ネコの背中が見えた瞬間だ。一緒に住んでいるネコだと思う。

ネコを追いかけたということは、ずっと、そうしたかったということだ。

カメの速さでは、ネコに追いつけない。いや、ネコの身のこなしなんて、カメからしたら想像を絶する速さだ。そのへんに飛んでるハエを、わたしが箸でつまむようなもんである。

アウトオブ眼中ネコ。違う世界の生き物。

それなのにカメは、ネコを追っかけた。スケボーを乗りこなして。前から願ってたんだろうなって、思った。

体の速さと、頭の速さは、ちがうのだ。

カメはゆっくり動くから、ゆっくり考えてるわけじゃなかった。もっとスピーディに、いろいろ考えてた。体さえ動けば、できること、いっぱいあった。

あんた、そうやったんか。
ほんまはネコ、追っかけられたんか。

カメに重ねたのは、わが弟・岸田良太の姿だった。

弟には生まれつき、知的障害がある。成長は、まわりに比べたらとてつもなく、遅い。

28歳になって、さいきんやっと、よくしゃべるようになったけど。それでもほとんどの人には通じない。


身体の動きも、ベリースローリィ。

低緊張という症状で、筋肉がぐにゃぐにゃだから。初めて弟を抱っこしたときのことはよく覚えてる。腕の中で溶けたんかと思うほど、ぐにゃぐにゃだった。

今だって、ジャンプもヤクルト1本分ぐらいしか飛べない。カツアゲされても、小銭を奪われずに済む。

運動会もずっとビリだったので、弟はいまだに、どんな小さなことでも拍手されるのが好きだ。

もしもし、良太ちゅん、良太ちゅんよ。
どうしてそんなに、のろいのか。

口が裂けても言えない。

バスがこようが、電車がこようが、走る気配など1ミリも見せない時は、たまに口が裂けそうになるけど。

そんな弟も、本当は、

「こんなもんじゃねえぞ」

って、ずっと思ってたのかもしれない。


カメがスケボーに乗る動画と、似てるんじゃないかと思える光景がある。

弟は、最近、めきめき成長している。おもに運動能力が。

ゲームの中だけど。


『ゼルダの伝説 ティアーズオブザキングダム』を、弟がほしがったとき、わたしは止めた。

「あんたには難しいからできへんわ、やめとき」

高いソフトを買ったのに、放り投げて泣くような弟を見たくなかった。

ティアキン(略称)は、操作がとにかく、むずかしい。

(引用)Amazon.co.jp ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム - Switch

山や川が本物の自然と同じぐらい広がる、巨大なオープンワールドを移動しなければならない。自由度がとても高いゆえに、わかりやすい道しるべもなく、なにをしたらいいか迷ってしまう。

『太鼓の達人』や『マリオカート』など、ボタンを押すだけで音が出たり、車が走ったりする、シンプルなゲームしかやったことのない弟だ。

子ども向けの『ポケットモンスター』も『妖怪ウォッチ』も、セリフが読めず、難しくて初日に挫折した弟だ。

ティアキンなんて、絶対に無理やないか。

しぶとくほしがるので、根負けしてしまった。

「どうなっても姉ちゃんは知らんからな!」

ヤケクソでわたしの中古を渡すと、案の定、最初はわからなくて、何度も空から裸で転落してゲームオーバーになっていた。

布団にくるまって、ジタバタしながら、半泣きになっている弟を見て、言わんこっちゃないと後悔した。

そのうちイヤになってあきらめるだろうと思ってた。

三ヶ月後。

実家で、

「ホッ、ホッ、ホッホー」

なつかしい音が聞こえる。ティアキンの主人公・リンクが、料理をしたときの鼻歌。

まだティアキン、やってたのか!

弟の操作画面をのぞきこむと、ぜんぜん進んでない。リンクの体力ゲージの長さで、ボスやダンジョンをどれぐらい攻略したかがわかるけど、弟のリンクは、目を見はるほど貧弱だった。

「なんやねん、ぜんぜん進んでへんやん……」

ポチ、ポチ、と適当に画面を見ていたら、

総プレイ時間 300時間


仰天してしまった。泡吹くところだった。

ティアキンはだいたい50時間あればエンディングまでクリアできると言われているのに。

ほとんどレベルも上がってないのに、300時間はやばい。なんかのバグかと思った。

「あんた、なにしてんの!?!?!?!?!」

300時間も、なにも起きないゲームの世界で。そういう刑罰かよ。

弟が唇をスネ夫的にとんがらせて不服を申し出ていたので、いったん返却し、わたしはプレイ画面を見学させてもらうことにした。

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週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。