飽きっぽいから、愛っぽい|遺書が化けて出た@日本海上空
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飽きっぽいから、愛っぽい|遺書が化けて出た@日本海上空

岸田 奈美

キナリ☆マガジン購読者限定で、「小説現代5月号」に掲載している連載エッセイ全文をnoteでも公開します。

表紙イラストは中村隆さんの書き下ろしです。

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生まれて初めて、遺書を書いた。書く羽目になった。


三月二十一日、午後六時。押し寿司みたいな分厚い雪が張りついている札幌での取材を満喫し、すみれの味噌ラーメンと、コーン茶のパックをお土産にぶらさげ、わたしは新千歳空港の搭乗待合室をブラブラしていた。

いつもなら新幹線は三本に一本、飛行機は五本に一本くらいのペースで盛大に遅刻し、逃してしまうのだが、この度の滞在ではそんなアクシデントがなかった。

それどころか、取材の集合場所に五分前には到着していたし、なんなら朝もアラームが鳴る三十分前にギンッと目が覚め、ホテルの上等な掛け布団にくるまりながらネットサーフィンに興じた。

子どもの欲目かもしれないが、わたしの母はごま塩で握ったおにぎりのように、絶妙な塩梅でお節介をちょこちょこ焼いてくれる人だと思う。細かいところに気づき、ササッと世話するのはむしろ気持ちがいいという母が、唯一「これだけはほんまに勘弁してほしい」と弱り果てていたのが、寝起きの悪いわたしを叩き起こす作業であった。

アラームを一分刻みで、十も二十もつけても起きず、しまいにゃ起こしてくれた人に、冬眠から覚めて気が立っているヒグマのような唸り声をあげ、どうやったら思いついたのか記憶が一切ないオリジナル罵詈を口走るのだから、お恥ずかしい限りである。

札幌で、わたしは生まれ変わったのだ!


そう確信した。

三月になってもまだうずたかく降り積もる雪は白く、眩しく、わたしの遅すぎる門出を祝福してくれるようだった。卒業生答辞。わたし、岸田奈美は、ずんべらぼうを、卒業します──。

ずんべらぼうとは、わたしが小学生のとき、明石出身の先生が言っていた言葉だ。辞書を引いたわけではないが、誰より多くずんべらぼうを拝受したので、使い方はだいたい合っていると自負する。

「最初からうまくいきすぎると、最後にしわよせがくる。気を抜かずに」

頭のなかで、老いた賢者が忠告する。怯えていたが、最後の難関である帰路の飛行機にも余裕で間に合った。

大勝利では????


搭乗券に印字された締切時刻になったので、搭乗ゲートまでいくと、地上係員さんのアナウンスが聞こえた。

「18時15分発、神戸行き578便は、使用機材のトラブルにより、機内へのご案内が十五分ほど遅れる見込みです」

さらに十五分も余裕ができてしまった。

さっき売店で、買うか迷って棚に戻した北海道開拓おかきをやっぱり買っていこう。のんびりと踵を返しながら、こんなにも優雅な空港の散策は一体いつぶりだろう、と感激していた。十年前、早朝の便に乗り遅れるのが怖くて、成田空港のベンチで長すぎる夜を明かしたのを思い出した。


結局、飛行機に搭乗できたのは、三十分後のことだった。

十二列目の席にたどりつき、お土産の袋を頭上の荷物入れに放り込み、カニ歩きで窓際の席に座った。ちょっと考えて、また立ち上がり、カニ歩きで通路へ出た。着ていたダウンコートを脱ぎ、クルクルと丸めて、これも荷物入れへ放り込んだ。

取材で、牧場の馬と触れ合ったときに、ずっと着ていたコートだ。よく効いている空調に乗って、モワワワンとした馬の香りが漂ってきたから、息を止めて奥の方へ押し込んだ。神戸に着いたら、もう春だ。

乗客はまだ半分も乗り込んでいない。暇つぶしにスマホを取り出した。あと数分後には電波が使えなくなってしまうので、今のうちに。

ピコン!

ちょうど、通知がきた。ほとんど使っていないけど、一応かしこぶってインストールしているニュースアプリの速報だった。

「中国で旅客機が墜落 山火事が発生中」

今まさに飛び立とうとしている飛行機の中だから、ドキッとした。発生したばかりの速報で、詳しい情報はほとんどわからない。

いつものクセで、ツイッターのアプリを開いた。いつもなら、フォローしているアカウントが投稿した内容が時系列順に表示されるのだが、数日前の仕様変更で、どうやらフォローしていない知らぬ存ぜぬアカウントの投稿も、話題になっている内容なら時系列に関係なく表示されるようになっていた。この仕様は評判が悪い。まったくもう、余計なことを。

そうして画面に現れた、ひとつの投稿に釘付けになった。

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