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令和のたしなみ、きしだなみ(もうあかんわ日記)

毎日21時更新の「もうあかんわ日記」です。もうあかんことばかり書いていくので、笑ってくれるだけで嬉しいです。日記は無料で読めて、キナリ★マガジン購読者の人は、おまけが読めます。書くことになった経緯はこちらで。
イラストはaynさんが書いてくれました。

東京から戻ってきた。

予定していた時間より、一時間も遅く到着してしまった。おかげで、家のインターフォンの前で「鳴る前に取るわ」と意気込んでいた母を、うっかり待ちぼうけさせてしまった。

遅くなった理由は、神戸市北区の民たちならば都会に行くたび、親の顔より見たであろう神戸電鉄谷上駅だ。

ちなみにそこから乗り換えて出発する北神急行電鉄はかの昔、日本第二位を誇るほど切符がクソ高い路線だが、これに乗らなければ北区の民たちは三ノ宮という大都会に出られず、閉じ込められたまま涙を飲んで一生を終える。

わたしを含む貧乏な北区の民たちにはひとつだけ希望の迂回路が残されており、それは、神戸電鉄の終点の地、新開地まで行って阪急電鉄に乗り換えて、三宮に降り立つこと。

「なんだよ安い迂回路があるんじゃないか」と思うかもしれないが、ドッコイ!時は金なり!逆を言えば、時は金で買える!

迂回路を選んだ民は二倍近く時間がかかる(わたしは片道一時間半かかった)のだ。そうまでして辿り着いた新開地の駅には特段、なにもない。堀井雄二の名作ファミコンゲーム「ポートピア連続殺人事件」の舞台になった町だというくらいだ。夜は駅の構内で適当に石を投げると、ベロベロのゲロゲロになった酔っぱらいに当たる。

なんの話だっけ。

そうそう、谷上。

谷上駅ではなぜか、19時から20時の一時間だけ、わたしの自宅に向かう電車の到着ホームが変わる。これに気づかず、なかなか電車こないなと、30分も待ってしまった。高校のときも、何度も引っかかった罠だ。

すっかり日も暮れてしまったので、三宮の阪急百貨店の地下で、お弁当を調達していた。

物色していると、これが目にとまった。

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令和のたしなみ弁当。

平成のわかりみ弁当、昭和のしゃかりき弁当などもあるのだろうか。

なにが令和やねんと思ったら、弁当の両脇に仕切りが立っている。

雷に撃たれたような気分になった。

「これは、おかずスティール対策か……!」

おかずスティールをご存知だろうか。わたしが田舎から上京したその日に、ネットで知った概念である。

みんなご存知、陸の竜宮城こと『やよい軒』はご飯がおかわり自由である。炊飯器のあるカウンターまで、自分で歩いていって米をよそう。おのずと箸を置いて席を立つわけだが、おかずスティールはこの瞬間に起きる。

無防備なおかずを、隣席の他人がくすねるというのだ。

この概念を知ったとき、ふるえた。都会では飯を食ってるときすら、油断してはいけないのかと。泣きそうになりながら東京で生まれた知人に連絡すると「そんなんあるわけねえだろ、やよい軒世紀末店かよ」と吐き捨てられた。

ただ、岸田家においては、ごくまれに世紀末店になる。

弟が、スティールではなく、トレードをしてくるのだ。先日も家で弁当を食べているとき、すこし目を離すと、とっておいただし巻き卵がこつ然と姿を消し、ほうれん草のおひたしが鎮座していたことがあった。弟がしらじらしく、茶をすすっていた。

スティール&トレード対策にいいかもしれないぞ。争うよりも守る、それが令和を生きるZ世代のたしなみなのだ。

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ちなみに、あとから気づいたが、飛沫感染予防シールドとのことだった。やはり世紀末はわたしの周囲にしか訪れていない。


弟をうたがってしまったことに、若干の申し訳なさを感じながら、家の玄関をくぐった。

「なみちゃん、おかーり!」

いつもは寝ているはずの弟が、胸になにかを携えて、わたしのことを待っていた。それは給料袋の入ったポーチであった。

あっ。今日は作業所の給料日か。

「それ、わたしにくれるん?」

「うん!」

泣きそうになった。平日5日、作業所に通って、公共施設の掃除や小さな部品を仕分けして、弟がもらえるお金は7000円だ。お弁当代が9000円するので、実質2000円の赤字であるが。

岸田家に算数という概念はないので、細かい計算はおいといて、そのお金を、わたしにくれるというのだ。感動してしまった。

「ありがとう!せやけど、そのお金はママと一緒に使い」

「ううん、なみちゃん」

弟はポーチを開いた。

出てきたのは、二通の封筒だった。ひとつは、給料が入った袋。

「これは、ママ」

「えっ」

給料袋は、母にそのまま手渡された。

「これは、奈美ちゃん」

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わたしには、請求書だった。

グループホームを利用した請求書である。財力がある頼れる姉だと思われているのだろうか。



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昨日、よわよわのよわ弱音を吐いたnote、思いもよらずたくさんの励ましをいただいてしもうた。ありがとう、アロエリーナの尊き民たちよ。

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週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。