ところにより先輩風が吹き荒れるでしょう
「いま一番、対談したい人は誰ですか」と聞かれ、若きスターの顔がぽわっと浮かんだ。
7月1日に梅田蔦屋書店で、トークイベントをした。
吉田葵くんが、やってきてくれた。
ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』の岸本草太役に大抜擢された超新人の超新星だ。
はるばる新幹線に乗り、地下へ降りたが最後、二度と太陽を拝めないといわれる梅田をくぐり抜け、命からがら再会した。
再会のあいさつもそこそこに、葵くんはだぶちゃん(わたしが連れてきたLOVOT)に夢中であった。
「犬、かいたいです」
いま16歳の葵くんは、ひとり暮らしをしたら、犬を飼いたいらしい。ドラマの第9話で、ひとり暮らしノートをつくっていた草太が重なる。
どこからどこまで作り話なのかわからなくなるのは、いいドラマ。
そんな彼を見つめるのは。
岸本草太の元ネタ、わが弟こと、岸田良太である。
過去に、書店へ出稼ぎへいく姉のあとをノコノコとついていき、大量のサインを手伝わされた苦い経験をしてから、仕事への同行は渋っていた。
しかし、今日は当たり前のように、ヌッとついてきた。
元ネタとスターの、大共演。
弟は葵くんより一足先にグループホームで悠々自適な生活をおくる、先輩でもあるのだ。
そういえばどことなく、先輩風を吹かせ散らしているような。
会場はお客さんで満席だった。
わたしと葵くんがお話するのだが、涼しい顔して目立ちたがりの弟もおもんばかってやるのが聡明な姉の務めだ。
まずは弟を壇上にあげて、自己紹介してもらった。
マイクの調整への真剣さが、YAZAWAを迎える東京ドーム音響スタッフのそれである。ステージにあがるのは初めてなのに、この余裕か。
突然あらわれて、ほとんど名人。
「あのー、きしだりょうたです、はたらいてます、おねがいします」
拍手。
はい、ここで終わり。
あとは後ろで見とってね。
そう言うつもりだったのだが、ここでハプニングが起きた。
降りられないのである。
そう、対談の舞台はハイチェアであった。スタバのカウンター席にあるような、べらぼうに背の高い椅子である。
座るのはなんとかよじ登れても、弟の控えめな縮尺の足では、スマートに降りられない。ましてや大観衆の面前である。
行きはよじよじ、帰りはむりむり。
弟の目が、わたしに訴えてる。
「ねえちゃん、これは、むりですね」
無理だった。
弟、座ったまま、続行。
二人でのトークのはずが、三人になってしまった。これもまた人生。
葵くんはさすがのエンタテイナーである。身振り手振りをまじえ、おもしろいべシャリで会場をわかせ、ときに泣かせてみせる。アメリカン。
ドラマの岸本家のみんなのことを、家族との思い出みたいに語っていた。七実ちゃん、ママ、パパ、おばあちゃんって呼んでいた。
河合優実さんが演じる七実ちゃんは、撮影の休憩のときも、グループホームで暮らす役のみんなとご飯を食べていたそうだ。いいなあ。
制作秘話で盛りあがってる間、弟はだんまりかと思いきや。
「あのおー、ちょっと、いいですか」
マイクを握って、入ってきた。
「ぼくは、あたらしいあいふぉん、ほしくて」
エグすぎる距離の詰め方と、エグすぎる話題の横取り。バラエティ番組であれば、お笑い軽犯罪法違反で取り締まられても、かばえない。
ところが、会場はいい感じにドッと笑ってくれるのだ。
合いの手なのか、これは。中谷堂の高速餅つきのようだ。弟がすばやく脱線させ、わたしが戻し、葵くんがオチをつけ、会話がジェットコースターのごとく軽快に進む。
新しい。
大好きなロケ番組『鶴瓶の家族に乾杯』を観たときの心地よさが、今、ここにある。あれも距離感がバグッている。
ドラマが最終回を迎えたら、なにをしたいか、葵くんに聞いた。
「ぼくは、世界中のダウン症の人を集めて、パーティをしたいです!」
きっとすてきなパーティになるよ。おばちゃんはなんでも協力するから、なんでも言ってね。餅もつくよ。
つづけて、サイン会がはじまった。
葵くんはこの日のために、サインを考えてきてくれていた。
お隣で、弟もせっせと「岸田良太」と署名していた。
おや。
弟はいつも、5冊ぐらいしかサインできない。書くのにすごく時間がかかるし、集中力がつづかない。
わたしがサインする労力は、弟にとってピンセットでごま塩のごまと塩を仕分けする労力と、きっと同じだ。
サインを求めて、並んでくださったのは60人。
途中であきらめてしまうだろうな、と思っていたら。
書いた。書ききった。
背中をまんまるにしながらも、60冊、書ききった。
応援にきていた母が、あわあわしていた。
そして、わたしは見逃さなかった。
弟がチラッ、チラッ、と葵くんに視線を送っていたことを。
こいつ……まさか……!
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週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。