【保存版】詫び菓子における七つの流儀
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【保存版】詫び菓子における七つの流儀

会社員をしていた十年間は、呼吸をするように謝り倒してきた女であった。

うだつの上がらない社会人がやらかすミスを、思いつく限り経験してきたのではないかと思う。なにかを納品するのが遅れたり、アポイントを間違えてすっぽかしたりしたこともあれば、年末の仕事納めの夜にGmailが異国からハッキングされて数百人の取引先にウイルスメールがばらまかれたりしたこともあった。

要領も悪ければ、運も悪い。

そんなわけで、菓子折りを抱えて謝りにいったのも数知れない。

あまりにも多すぎて、経理部から「岸田さんが経費でデパートの菓子を買いすぎているが、これは不正利用ではないか」と疑われたこともあった。

上司が

「いや、岸田は本当にそれだけ謝りに行ってるんだ!証拠もある」

とフォローをしてくれた。顔から火が出るかと思った。

わたしの会社員人生は、詫び菓子とともにあった。しかし一度たりとも、正解を射抜けた自覚がない。

「ほう、これは美味いんだよ。きみ、わかってるじゃないか。なかなか見込みがあるから許そうとも、ハッハッハ!」

そんなん、言われたことがない。


入社して六年が過ぎたころ、大企業にから転職してきた男がいた。

「謝るときはなあ、切腹最中や!これ持ってけば笑って許してくれるで」

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最中が切腹してアンコを黒々と覗かせているという、送り主よりも詫びている菓子である。詫びすぎていてちょっと引く。

なるほどそういうのがあるのかと面食らって、満を持して一度、切腹最中を抱えて謝りに行ったことがある。

結果、地球が割れるかと思うほど怒られた。


話が違いすぎる。

だがこれは、同僚の話を鵜呑みにしたわたしがアホだったのである。天下の大企業で何重もの中間管理職が折り重なるセーフティーネットで守られ、むしろ“しめしめ借りができたぞ”と相手にほくそ笑まれ、おまけにコミュニケーション能力が大爆発している彼と。

ベンチャー起業でただ一人、営業から事務から制作までをすべて担っていた弱小の私とを、重ねてはならなかった。

涙と汗に濡れながら、詫び菓子を小脇に抱えてきた日々を思い出して、今さら問う。

詫び菓子は、なにを持っていくのが正解なのか。

というか、これを読んでいる“ちゃんとした社会人”のみなさんは、菓子なんてどうでもいいから誠心誠意謝ること、失敗を二度と繰り返さないことだけを考えろと思っているはずだ。

わかっている。心の底からわかっている。

それでもわたしは、やらかしてしまうポンコツなのである。

堪忍してくれや。無かったことにしてくれや。頼むからそんなに怒らんといてや。気がつけばそんなことばかりを考えてしまうポンコツなのである。


菓子でできるだけ、どうにか堪忍してもらいたい。もうこれ以上、怒られとうない。


途方に暮れているポンコツたちに、この記事を捧げる。


書くにあたって、Twitterで「みんなはどんな菓子を持ってしこたま謝りに行きましたか?」と問いかけたら、なんと100人を越える「やらかした者たち」から経験談をいただいた。心強いにもほどがある。世界はやらかしでできている。


前提として、相手の年齢や好き嫌いはわからないものとする。ここに書いてることは100%正解ではないので、参考にしてもなお地球が割れるほど怒られた場合はドンマイ!

流儀1.わざわざ買いに行く

人は、自分のために汗水たらしてくれた人のことを、なかなか憎めないものである。豊臣秀吉だってわざわざ冬の晩に織田信長が脱いだ草履を背中に突っ込んで温めてたら、なんか知らんけど贔屓にされたではないか。

恩着せがましくても気にしない、ファッションリーダーになったつもりで恩に恩を重ね着していけ。

詫び菓子の場合は、すぐさま持っていかなければならないが、簡単に手に入るものではいけない。

コロンバンの缶入りビスキュイなどは、普通に美味いのだが、ローソンの店員の後ろの棚になんかでっかいパネルで置かれてるのでお馴染みである。

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わたしからすれば、叱られてメソメソしている時にコンビニのような明るい蛍光灯の下に行くだけでも億劫なのであるが「お前、詫びをお手軽に済ませやがって!」と思われては、損である。

かと言って、「始発の東北新幹線に乗って、社長さんの故郷の青森県まで行って“気になるリンゴ”買ってきました!」も怖い。水曜どうでしょうのノリである。水曜どうでしょうのノリは謝罪で一番持ち出したらあかんのよ。

ここは「デパートの地下に入っている店」から選ぶのがいいと思う。

わざわざデパートまで足を運んだ、という想像が大切なのである。ショッピングモールと違い、デパートはそれなりに格式が高い。パジャマやジャージから着替えるという工程も発生する。聡い人間ならば、着替えがどれほど面倒かを知っている。

デパートに出店している印象の強いメーカーであれば、駅ナカなど他の場所で買ってもいいと思う。

虎屋であれば、北海道から九州まで店舗があり、駅ナカなどでも買える。

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流儀2.それなりの重さを出す

お菓子の重さは、謝罪の重さを表す。

そんなアホな話があるかボケとわたしも思ったのだが、人間の心理として謝られながら受けとったときの「ズシリ感」が、なんだか大層なことが起きていると脳に錯覚を起こすらしい。人間がアホなのである。

だから決して、iTunesカードを渡してはいけない。いくら高額であろうとも。片手で受け取れるなどもってのほか。

現金を渡すならば越後屋も昔からまんじゅうの底に隠している。

ところでわたしは、お中元やお礼など、なにかにつけてグリコ「バトンドール」を送るのが定番化している。

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関西でしか買えないというレア感と、なにより「ポッキーの最高級ライン」という位置づけがいい。「最高級」がミソなのだ。牛肉の最高級、和菓子の最高級となると値段が青天井だが、バトンドールは一箱600円で「最高級」を謳える。わたしはケチなくせに見栄っ張りなので「最高級のお菓子をもらった」と思わせることに全信頼を置いている。

しかし、バトンドールでは謝罪に軽すぎる。

せめて、袋から出したときに「カラカラカラ」と中のものが動く音がしないものを選ぶといい。

日本が誇る「重いお菓子」とは、すなわち羊羹である。羊羹とくれば、虎屋である。

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流儀3. 手軽に食べられるものを選ぶ

性格が悪いのを承知で言うが、会社員をやってたとき、逆に自分がもらう菓子として、いちばん嫌なものは「バウムクーヘン(切れてないやつ)」だった。

切らなければいけないからである。

あの狭い給湯室で切り分けるのも、全員分の紙皿を用意するのも、フォークが足りないから箸ですまんねと一人ひとりに言って回るのも、なにもかもが面倒なのだ。あまりにも面倒で一度「なかったことにしよう」と思い、菓子を着服したところ、全社員朝礼で地球が割れるほど怒られた。

バウムクーヘンに限らず、一本丸ごとの棍棒みたいなパウンドケーキなどもこれに該当する。怒られてなければ、いいと思うんだ、美味しいし。

切り分けるやつ、冷やすやつ、凍らすやつは、選ばない方が好ましい。あとできれば、「はよ食べな!」っていうプレッシャーも避けたいので、賞味期限が二週間くらいあるやつがいい。

賞味期限が極端に長すぎてもいけないらしい。いつまでも菓子が目に入り、怒りが沸くからだとか。菓子を見て怒るくらいならアンガーマネジメントかなんか受けた方がええんちゃうかと心配になる。

個包装されている詫び菓子は数あれど、虎屋の小形羊羹は一人前ずつ箱になっていて、色鮮やかで、しかも味のバリエーションも豊富である。

おこぼれで他の社員が「えっ、俺もいいんスか、なんかすんません」とほくそ笑みながら受け取る姿が目に浮かぶ。関西で言う「よう売れる(持って行かれる)」状態である。

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流儀4.自分の大好物は選ばない

これは意外と大切な点である。なぜならばわたしは、何度やらかして何度謝ろうとも、わたしのことが大好きなのだ。

「好きな曲を携帯電話の目覚ましに設定していたら、いつの間にかその曲が嫌いになった」

こんな経験はないだろうか。人はどんなに好きなものでも、苦い思い出とセットになると、途端に目を逸らしてしまう。

わたしがそうだった。

ヨックモックのシガールが大好きだった。

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幼稚園のとき、金持ちの友人の家では毎度毎度このシガールが出て、その美味さに感動した。あまりにもわたしが食い尽くすので、途中からしれっとブルボンのルマンドに変更されたが、それでもシガールを愛していた。

こんなに美味い菓子をもらえるなら悪い気はしないだろう、と詫び菓子でもここぞとばかりにシガールを持っていった。これが仇になった。

ヨックモックの前を通るたびに、バチギレしているあの人の顔や、あの人の顔が浮かぶのである。つらい。見とうない。気がつけばわたしは、自分でシガールを買えない不幸な女になっていた。

詫びたあとも、この素晴らしき人生は続く。

そう思えば、詫び菓子はできるだけ、自分で頻繁に買うほど大好物なものを選ばない方がいい。

これは偏見であるが、わたしが自分で買わないお菓子の筆頭が「水羊羹」である。お盆に親戚のじいさんの家に行って、出されたらまあ食べるけど、みたいな立ち位置のお菓子である。

水羊羹といえば、そう虎屋である。最中も水羊羹も羊羹もいろいろあって、季節限定商品もあるので、バリエーションを変えれば、苦い思い出も薄れる。

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流儀6.ふざけてはいけない

ユーモアと清潔感は大切と大人になってから叩き込まれたが、謝罪という大舞台でユーモアを出してはいけないのである。

謝罪劇場で我らが演じるべきは「マクベス」であり、「ハムレット」であり、「リア王」なのだ。間違っても三谷幸喜をアサインしてはならない。

そういう意味で、わたしの切腹最中は悪手であった。完全にふざけていた。

わかりやすくふざけていなくても、「若者に超人気のインスタ映えするお菓子」や「やたらと華美なマダム向けお菓子」は要注意である。

ギャレットのポップコーンとかね、美味いのよ。美味いんだけど、やっぱ、詫びがしにガロン缶を抱えてっちゃ、ファニーの方が勝っちゃうのよ。

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まさか詫び菓子をSNSにアップするわけにもいくまい。行き場の無い“映え”は、浮かれとんのかと思われてしまう。

そこにくると、ちょうどいい真面目感があるのは、虎屋である。見よ、このしんみりどっしりな落ち着き具合を。

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流儀7.じゃあもう虎屋でええやん

ここまで読んだあなたは、もう気づいたことだろう。

「お前は虎屋の回し者か」と。

違うのである。嘘みたいな実話だが、Twitterに集まった100人の謝罪の猛者たちの、7割近くが挙げたのが虎屋だったのである。

もはや虎屋の売上の大半は、この世のやらかした人たちが支えてるんじゃないかと思ったくらいだった。(そんなことはない)

書けば書くほどに丁度いいのがもう、虎屋しか思い浮かばない。羊羹みたいな和菓子は今どき流行らねえとか聞いたことあるけど、そんなもん蹴散らすほどの丁度良さが備わっている。虎屋の羊羹は現代の印籠なのだ。

噂によれば、相手がトラのように怒っても許してくれるとかなんとかかんとか。

ところで虎屋の店舗がない沖縄の人々にどうしてるのかを聞くと、

「お菓子を持っていくほどの謝罪がない」
「手ぶらで行って、許してもらったらオリオンビールで乾杯する」
「その辺で採れた海産物を持っていく、採れなかったら手ぶら」

という、斜め上のなんくるないさ回答ばかりが集まってしまった。

沖縄に移住したいと心から思った。いやうちなんちゅが全員こうであるわけはないはずだけど。ないよな。そうだよな。


まあ、最後は当たり前のアレになるけど。

虎屋の羊羹を持っていったところで、許してもらえるとは限らない。結局のところ謝罪とは、誠意や駆け引きの中で進んでゆく。謝らんでええことで、謝ることもある。

だから本当は、詫び菓子のことなんかで、悩んでほしくないのだ。

そんな暇があればもっといい仕事を、もっといい時間を、尽くしたいとわたしたちは心から願っている。

詫び菓子への悩みが減り、この世にいい仕事がたくさん増えますように。



以下、おまけでわたしの好きな菓子折り(詫びに限らない)セレクション5選を。キナリ★マガジンを購読して、謝ってばかりの岸田を応援しよう!

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岸田 奈美

手術終わって元気になって帰ってきた母と、うまいもん食って、きれいな海を見に行きます。毎月、家族で楽しく暮らすいろんなことに使わせてもらっているので、使いみちはnoteで紹介します。

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