プール!プール!プール!(もうあかんわ日記)
毎日21時更新の「もうあかんわ日記」です。もうあかんことばかり書いていくので、笑ってくれるだけで嬉しいです。日記は無料で読めて、キナリ★マガジン購読者の人は、おまけが読めます。書くことになった経緯はこちらで。
文中のイラストはaynさんが書いてくれました。
朝の5時に起きて、黒くてでっかいタクシーに揺られ、スッキリ出演のために日本テレビに入った。
一人ずつの楽屋には、いつも朝ごはんのお弁当が置いてある。おむすびがふたつ、たくあんが、甘いだし巻き、鶏のからあげ、ごぼうのきんぴら。おむすびはいつも日替わりで、今日はひじき混ぜご飯。
初めてここへ来たときは、どうしたいいかわからず朝ごはんを家で食べてきてしまって、お腹がはちきれそうになりながら完食してしもうた。三回目になったわたしはぬかりがないので、お弁当を全力で楽しむために、空腹のままやってきた。
それでいつも、ヘアメイクをしてもらってる時に眠くなり、あとからハッとして、あわててダバダバと準備をする。どんなニュースが取り上げられるのか、だれがコメントするのか、そういうのを確認しながら、話を振られたらどう答えようかと考える。
でも生放送は書いて字のごとく生きているので、会話まで予定どおりに進むわけがない。
前の人がなにを喋ったか、なにが気になっているかで、話すべきことが変わる。いきなりパスが飛んでくることもある。これなら説得力を持って話せるぞと息巻いていても、タイミングがひとつでも遅れると、なんかズレてしまう。おっそろしい。コメンテーターやってるみなさん、ほんとにすごい。
しかも今日ははじめてのスタジオだったから、いつものリモートの会場とは全然違う明るさと色鮮やかさが嬉しかったけども、五感に流れ込んでくる情報が多くて、アギャァッとなった。
だいたいあんまりうまくいかなくて、これ話せばよかった、この人に聞けばよかったな、もうあかんわっていつも、ぐわんぐわんと落ち込む。帰りのタクシーの記憶がなくて、夕方まで泥のように寝る。
でも、いいことが3つあった。
1つは、NiziUがスタジオに来ていたこと。いやね、ほんとはね、パフォーマンス観れるってワクワクしてたのよ。そしたら「NiziUは人数が多いので、ソーシャルディスタンスの都合で岸田さんはパフォーマンスのときだけ別室に移っていただきます!サーセン!」と言われましてね。
仕方ないんですよ。仕方ない。
だが知人から送られてきたのは、尊さと落胆に思考を停止させる岸田であった。生放送中に思考を停止するな。ショー・マスト・ゴー・オン。
別室でイヤホンはずして耳をそばたてても、スタジオの壁は分厚くて、なんの生声も聞けんかった。
でも追いやられたわたしがはけたあとの席に、マユカさんがちょこんと座っていらしたので、そのためなら三万回ははけてもいいと思えた。いいことだ。
2つは、夜にかきこんだ豚肉が美味しかったこと。
いまは半月に一度くらいしか東京の自宅に戻ってないので、冷蔵庫になにもない。夜遅くにコンビニへ行く気力もなく、気乗りしないけど宅配でも頼むかなとおもむろに冷凍庫を開けてみると、豚肉があった。
鹿児島で知的障害のある人が、一頭一頭、愛情と丹精をこめて育てられた黒豚の分厚いロースだ。
ごくり。
薄いピンク色の脂身と、目が覚めるような赤色の肉を、次の瞬間1パック500gも解凍していた。ひとりで。
調味料などもほぼ期限が切れていたので、仕方なく、塩と胡椒を振って食べてみた。めちゃくちゃ美味しかった。なんていうか、舌の両側がじわっと甘くなった。旨味がすごい。
いい素材は、塩と胡椒で食べるのがいちばん美味いんだな。「そんなわけないやろ」といつも鼻で笑って、コストコで買ったダイショー秘伝焼肉のたれをドバドバかけていた自分を恥じた。こういう生き方をしたい。
3つは、弟が通えるスイミングスクールが見つかったこと。
知的障害のある弟が健康診断で運動不足と肥満をけっこうしんどめに指摘されてから、唯一続けられるスポーツである、水泳に通えるところを探していた。
福祉関係の教室は、ヘルパーさんではなく介助者であるわたしの入水が必須で、仕事が立て込んでるときはどうしても行けない。しかも電車やバスで片道1時間はかかる。
普通のジムであればなにくわぬ顔でプールに入ることはできるが、弟は褒められることが大好きなので、一人ではなかなか続けられない。
二年前から、ヘルパーさんが近所のスイミングスクールの窓口で聞いてくれたのだが、そのときは断られてしまったから、あきらめていた。
でも、このままだと、弟の健康が危ない。一週間先のことを予測して悠々と生きる彼に、数年単位での健康維持は伝わらない。
迷惑だとはわかりつつも、どうか、五分だけでも話を聞いてくれないか、とわたしがスイミングスクールの人に連絡をした。
一度お試しでやって難しそうなら諦めるし、追加でかかる人件費や設備費も払うし、スクール側で責任がとれないことはなんでも言ってほしいと。お金で都合をつけたいわけではないけど、わたしはnoteで少なからず弟のことを書いて、生計を立てている。お金は弟のために使うべきだし、このお金を払うことで、弟のような人が一人でも多く通えるようになるなら、丸儲けである。
力説しながら「ああ、わたしはクレーマーなんだろうな」と、脳裏をよぎった。
対応してくれたのは相談窓口のおじさんだったけど、きっと忙しいはずで。大手チェーングループだから、こんな特例に対応するより、もっと効率がよく多数のお客さんのために時間を割いた方がいい。頭ではわかってるのだ。
だけどおじさんは親身になって、話を聞いてくれた。
「こんなことをお願いするのも申し訳ないのですが、弟には知的障害があって、ああ、でも身の回りのことは自分でできて」としどろもどろにわたしが話す。大抵の電話口の人は悪気はなくとも、知的障害という予想しない言葉に「え?」という戸惑いの雰囲気がにじむ。差別しているわけではない。どう反応したらいいかわからないのだ。
おじさんはあっさりしていた。「そうですか、なるほど」「ええ、ええ」と、わたしの話に相槌を打ち、まずは正面から受け止めてくれた。相手にしてくれた、それだけのことがすごく嬉しかったし、雰囲気が悪くなればすぐに退散しようと思ったが、最後の最後まで、話してしまった。クレーマーを相談者にしてくれたのは、おじさんだった。
そして二週間が経ち、今日の夕方、スポーツクラブから電話がかかってきた。
一度目は打ち合わせでとれなかったので折り返すと、別の担当者さんが「電話をかけた者ですが、今日はあと三時間はプールでコーチをしてまして。七時ごろまでお電話お待ちいただけますか?」と言った。
現場でコーチをしている人だったのか。もちろん快諾した。だけど同時に、これは断られる流れなんじゃないかと予想した。なんとなく。
だから、おじさんから
「お待たせしてしまってすみません!ぜひご利用ください」
と言われたとき、ポカンとしてしまった。
「ああ……でも、ジムに慣れるまではマンツーマンレッスンのサービスを使っていただくのがいいと思うんですが、これは一般の会員様と同じサービスでして、少し費用がかかってしまいます。それだけが申し訳ないですが」
「いえ!あの!お金に糸目はつけません!」
言うと、おじさんは笑った。恥ずかしくなって「ごめんなさい、そんなお金持ちじゃないんですけど、でも、一般の人と同じお金で通わせてくれるならこれほど嬉しいことはないです」と付け足した。
明日の夜、弟が家に帰ってくる。
プール行けるようになったよと言えるのが、楽しみで仕方がない、気がついたら、今朝のドヨンとした疲れは、どこかへ飛んでいった。
↓ここから先は、キナリ★マガジンの読者さんだけ読める、おまけエピソード。マガジンの購読費が岸田家の生活費です。
ちょっと、弱音になる。
今までと種類の違う「もうあかんわ」である。
生放送の情報番組に出ることが、日に日におそろしくて、役に立たん自分に自信をなくしている。もうあかんわ。
だいたいいつも何かをやらかしているけど、今日もやらかしてしまった。
ここから先は
岸田奈美のキナリ★マガジン
新作を月4本+過去作400本以上が読み放題。岸田家の収入の9割を占める、生きてゆくための恥さらしマガジン。購読してくださる皆さんは遠い親戚…
週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。