心の疲労骨折、蒲田くんの大行進(どすこいしんどみ日記)
※メンタルが弱っている現在のことです。そんなにどぎつい書き方はしてないと思うんですが、つられてしんどくなってしまう人はご注意ください。
※医師や専門家のお話を交えつつ書いていますが、いち個人の、しかも特殊な職業のわたしの話であることをご了承ください。
待ち合わせの融通が効きやすい時代に生まれてよかった。
忘れてはならないありとあらゆるものを忘れて、出かけてしまう。鍵とかブラジャーとか。
5分とか、10分とか遅れてしまうのは申し訳ないが
「先にお店へ向かっといて」
「電車じゃなくてタクシーにするから現地集合で」
など、メッセージさえポンと送っておけば、合流はできる。
スマホも携帯電話もなかった頃の待ち合わせはどうしてたんだろうと母に聞いたら、とにかく喫茶店で待っていたという。それでも店を勘違いしていたら会えないので不安だ。
高校生の間では、ZenlyというGPSで位置を共有するアプリが流行っているらしい。講演をした学校に棲むギャルから教えてもらった。
もはや約束などせずとも
「おっ、近くにいるじゃん。今から行っていい?」
の一言で、合流できるのである。
現代じゃ、待ち合わせに失敗することの方が少ない。
そのはずだったのだが、わたしたちは盛大に待ち合わせに失敗していた。しかもZoomで。
心理カウンセラーの先生と面談させてもらう予定だったのだ。事務所が契約している先生なので、事務所にZoomのURLを発行してもらったけど、待てど暮せど画面が「入室の許可を待っています」から切り替わらない。
5分経った。前の予定が押してるのかも。
15分経った。予約を忘れてるのかも。事務所の人に連絡をとってみた。先生の連絡先をわたしは知らないので。
すると、焦りに焦ったお詫びとともに新しいURLが送られてきた。
開くと、先生がパッと現れた。
「あーっ、よかった!ずっと入室の許可待ちっていう画面になってたから、どうやったら入れるのかなって思ってたんですよ」
「ええっ、わたしもですよ!」
どうやら、URLを発行した事務所の人が入室しないと、他の参加者を許可できない仕組みになっていたらしい。
今日は、わたしと先生だけが入室するカウンセリングだったので。
Zoomの薄い壁紙一枚隔てて、わたしたちは会えない、会えない、と冷や汗をかきながらさまよっていた。
オンラインでも待ち合わせに失敗するって、あるんだな。
先生の名前は、下園壮太さんという。
陸上自衛隊に入隊し、隊員のメンタルケアやストレスのコントロールを教えたあと、今はカウンセリングやトレーニングをしている。
穏やかで柔らかいけど、淀みなくまっすぐした目と言葉で語りかけてくれる下園先生を見て、ピューマを連想した。森の長老をやってるピューマ。
ピューマの実物、見たことないんだけど。
前のnoteで書いたような近況を、水道の蛇口をひねるみたいにドワーッと話した。
「これっていわゆる、心の風邪みたいなもんですよね。あはは」
わたしが最後に、そう言った。
「うーん。誰もが陥るっていう意味では正解。でも、風邪よりもずっと治りにくいし、重症になるまで自覚しづらい」
「ほな風邪と違いますわ」
「僕は心の疲労骨折って呼んでます」
心の疲労骨折。
骨に繰り返し、小さな力が加わって、ひびが入るやつ。
「折れてから、ようやく気づくんです。くっつくまで時間がかかります。だいたい2ヶ月から、ひどいと何年も」
「何年も……」
下園先生いわく、別に呼び方はなんでもいいらしい。
骨折するのは、心とも言えるし、脳とも言える。骨折なんて回りくどい表現をしなくたって、病気だとも。
「岸田さんが一番ラクだな、向き合いやすいな、って呼び方をしたらいいですよ」
疲労骨折だと思うことにした。
わたしの話を聞いたあと、下園先生は言った。
「岸田さんは、メンタルの疲労でいうと、第二段階だと思います。油断すると、すぐ第三段階へ移ってしまいそうですが」
第二段階。第三段階。
脳裏でシンゴジラが大暴れしている。わたしが愛して止まないのは、蒲田の街をズリズリと這いずり回って破壊した、通称・“蒲田くん”こと第二形態ゴジラだ。あれなのか。
「やばいじゃないすか」
もうすぐ第三形態の“品川くん”になるやん。熱に耐えきれず、品川の海に沈むやつやん。あの、日本の指導者たちを載せたヘリを撃ち落とした熱線こと、内閣総辞職ビームを吐いてしまう日も近いっていうのか。
「メンタルの疲労は、第一段階から第三段階までありまして。第三段階へいくと、“死にたい”とか“消えたい”とかを意識するようになり、いわゆる“うつ”などの精神病の本格的な兆候が出てきます」
「そうなると……?」
「病院で投薬や治療が必要ですね」
いま“蒲田くん”であるわたしは、“品川くん”になると、下園先生とのカウンセリングを受けているだけではあかんのか。
段階については、下園先生の取材記事が、図解つきでわかりやすい。
さて。
わたしが下園先生とのカウンセリングを続けて、求めることは。
メンタルの疲労が、第二段階から第三段階へ落ちないようにすること。
第二段階からとりあえず第一段階まで、回復させること。
そのためには、なにをしたらよいのかを聞くこと。
この3つになった。
この日は心も身体もちょっと調子がよかったので、とっ散らからずに理解することができたぞ。よかった。
こういう一連のことをnoteに書くのも、本当はメンタルによくないのかなと思ってビビっていたのだけど。
「作家さんは、客観視することが幸福にも癒やしにもなりますから。しっかり休みながら書くなら、それでいいと思いますよ」
そう言ってもらえて、少し、このどうしようもなさが救われる気がした。
段階の話で、気になったことがあったので、聞いてみた。
「ふつうの人は、疲労ってどれくらい溜まると段階が落ちるんですか?」
「わかりません」
「えっ」
「岸田さんって文章を書くの、そんなにしんどくないでしょ?」
「そんなに…しんどくないですね…ひとりでやってる分には」
「でも、それがしんどい人もいるんですよ」
うちの母はたしかに、仕事で文章を書くたびに「ゲェ吐きそうや」と言っている。なんて汚い言葉なんや。
「なにをしたらどれくらいメンタルの疲労が溜まるのかは、数値化できませんし」
そこはスマブラみたいに、パーセンテージで表わせられたらよかったのにな。
「ほとんどの人は一回骨折してみないと、疲労の蓄積に気づけないんですよ」
「捨て身やん」
「身体の疲労は、わかりやすいですよね。筋肉痛になったり、鼻水や咳が出たり。メンタルの疲労は、ギリギリまで表に出てこないので」
心も鼻水とか出してくれ。ズルズルと。
一回でも、アレッ!しんどいぞ!と思ったら、その時にやってたことをよく覚えておくとよさそうだ。そこに見えないラインが存在する。
「いくとこまでいかないと、自分の疲労の蓄積に気づけないって、なんか……ちょっとつらいですね」
下園先生が穏やかに微笑んだあと、わたしにくれた言葉が、充血した目で淀んでいた景色をまるっと変えてくれた。
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