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家を出るダウン症の弟にはなむけをしたら、えらいことになった

岸田 奈美
キナリ★マガジンで5ヶ月間、10万文字にわたって連載してきた「姉のはなむけ日記」を、9000文字にギュッとして書いた総集編です。全文、無料で読めます。

ゾッとした。

この二年間で、ばあちゃんは認知症になって施設で暮らしはじめ、車いすに乗っている母は心内膜炎で死にかけ、わたしは会社をやめて作家業についた。

ダウン症で4歳下の弟だけは、実家で暮らし、福祉作業所へ通って手仕事をし、マイペースを貫いていた。

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ふと立ち止まって、ゾッとしたのは。

この先、わたしや母の身になにかあれば、弟がひとりぼっちになるということ。


わたしですら、ばあちゃんの介護がはじまったとき、役所で福祉の手続きをしたらあまりに面倒でややこしく、泡吹いて倒れそうになったのだ。

障害があってうまく話せない弟は、ちゃんと頼れるんだろうか。

いざというときに頼れる先は、多いほうがいい。弟は26歳。いい人間関係ををつくるには時間がいるので、早いほうがいい。

グループホームという場所がある。障害のある人たちが一軒家をシェアして、職員さんに手伝ってもらいながら、力をあわせて暮らすところだ。

大きな福祉施設や病院とは違って、役割は“家”なので、日中はそれぞれ学校、会社や作業所などで仕事をし、グループホームに帰ってきてからも、買い物や散歩に行ったりして、自由に過ごせる。

自立を目指すのが、グループホームだ。

「ぼく、グループホーム、いきたいます」

おなじ福祉作業所に通う友だちが楽しそうにしているのを見て、弟がうらやましがった。

さみしくなるけど、名案かもしれない。平日は家族がそれぞれ思い思いの場所で過ごして、休日は実家に集まって飯を食う。万が一にそなえて生き残るための、戦略的一家離散というわけだ。

そんで、弟がグループホームに入ろうとしたら。

待てど暮らせど、グループホームの空きがない。


出鼻をくじかれるどころか、スパーリングされている。こんなにも、グループホームの数が足りてないとは。

「空きが出たらしい」と風の噂が流れれば、その風に乗って母がハヤブサのごとく現場へ飛翔するが、すぐに埋まってしまう。ハヤブサたちの羽は、いつも涙で濡れている。

5年待ち、10年待ちは当たり前とのことだった。

高齢者施設の空き待ちよりも全然長い。

「いつになったら入れるんやろか……」

それまでうちら、無事に元気で生きてられるんやろか。不安が募りはじめていたが、なんと、今年の4月。

同じ区に、グループホームが新しく作られることになった。


見学してみると、中は広くてキレイで、なにより職員さんたちの人柄があたたかかった。ガワが良くても、ヒトが冷たいところは、とてもつらい。

わたしが付き合う彼氏の“詐欺” “浮気” “狂気”を、すぐ見抜くという目利きの弟も、ココをたいそう気に入った。

ここや、もう、ここしかない。

一番乗りで申し込んだれと思ったら。

交通アクセスが悪かった。


ニュータウンであるがゆえに、電車が通ってない。バスは本数が少ない。ここからじゃ、弟の福祉作業所に通えない。

わざわざこんなところに作らんでもええがなと嘆いたが、この場所しか借りられなかったと知って驚いた。

「こういう施設だと、土地や物件を貸してくれる人は少なくて……」

グループホームの責任者の中谷さんが、悲しそうな顔で言う。不動産屋さんで何度も断られて、悔しかっただろう。

「見学には何人も来てくれるんですが、アクセスのせいであきらめて帰られちゃうんです」

「送迎とかはしてもらえないんでしょうか?」

「車と運転手を雇う余裕がなくて」

グループホームの経営は、ギリギリでやっているところも多い。車は助成もあるが、審査に一年かかって、半分は落ちてしまう。

沈黙。

ちらり、と弟を見た。

第二話挿入分

「ぼく、ここにします」

グループホームのいちばん広い個室を指さして、目を輝かせていた。こんな顔を次に見られるのは、何年後なんだ。

「わかりました、なんとかします」

「はっ………えっ?」

「車はわたしが用意します。みなさんは運転手を」

あとから聞いたが、中谷さんは冗談だと思っていたらしい。勢いがありすぎて、銀行強盗の打ち合わせみたいな一幕である。逃走車は用意してある。

3冊目の本「傘のさし方がわからない」の印税と貯金の残り、しめて200万円を、車代と運転手代にブッ込むつもりで、己を奮い立たせた。

ちなみにこのノリは一年ぶり二度目だ。

はからずとも、印税が入るたびに全財産で車を買う芸人になってしまった。税務署に目をつけられそうな芸風である。後先を考えないという技能だけが健やかに育っていく。

しかし、これは想像できなかった。

200万円握りしめたとて、車がないのだ。


カモがネギ背負ってるどころか、ル・クルーゼの鍋と鎌田醤油を両手に参上しているようなイージーカモネギ状態でわたしが参上しても、顧客にしてくれない。カモがネギ背負って泣いている。

グループホームのみんなが乗れる7人乗りミニバンが、中古市場にまったく出回ってない。

やっと見つかったら、走行距離が99.1万キロだった。地球25周分。Dr.スランプ アラレちゃんのような世界観である。頼むからもう眠らせたってくれ。

中古がだめならと新車をあたったが、一年から二年待ちといわれた。

軍事侵攻と疾病流行で、いろんなもんが不足しているらしい。

「あわばばば……」

わたしは頭を抱えた。どうしよう。弟はもうウッキウキなのに。

ハッ、そうだ。

ある人にメールを打った。ニッシン自動車工業関西の山本社長だ。母のために、ボルボを手だけで運転できるようにしてくれたゴッドハンド。

夜中だというのに、秒で電話がかかってきた。

「話はわかりました。難しい依頼ですが、やりましょう」

いよいよ銀行強盗感が出てきた。


一週間後、大朗報が舞い込んできた。

「一台だけですが、見つかりました!」

勝どきを上げよ!


山本社長でも大苦戦で、車の仕事をしている友だちをあたってくれたそうだ。ディーラーが手放したくなかった新古車を、その友だちが口説き落とし、確保してくれたという。手口が鮮やかすぎる。

「とりあえずぼくだけで、車の現物を見てきますね」

「どこにあるんですか?」

「別府にあります」


えっ。

「……温泉で有名な、あの」

「その別府です」

どうしてまた、そんなところに。ここは神戸だぞ。わたしが黙っていると、不穏な気配がした。

となりに弟が立っていた。

「おんせん」

「あっ」

「ぼく、おんせん、いいですね」

普段、野暮用があったら、どんだけ呼んだとしても手も耳も貸さないくせに、お前ってやつはこういうときだけ。

わたしは動揺しながら、山本社長に言った。

「なんか、行くみたいです、別府」

山本社長はもっと動揺していた。


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母をたずねて三千里ならぬ、車をたずねて四百キロ。新幹線と特急を真顔で乗り継ぎ、やっとたどりついた別府駅で。

山本社長が、待ってくれていた。

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となりにいるのが、車を確保してくれたLooPの馬〆社長だ。

「これ食べな」「こっちも食べえ」「食べながら行こう」「あれ買ってくるからちょっと待って」などと、どころからともなく、別府名物をポンポコと繰り出してくれる人だった。

きでたての温泉まんじゅうを15個も食らって。

ついに。

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に、日産セレナだ〜〜〜〜!

おどろきの白さと、安心感しかない佇まい。別府の湯けむりが見せる蜃気楼ではないか。

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「これは、ここで、おべんとう、いけますねえ」

食いしん坊ばんざい。なんでもできる広さと、なんでもある新しさ。それが日産セレナ ハイウェイスターV 令和二年式。

ただ、やっぱりお値段の方もハイウェイスター級である。

「おいくらですか?」

「ごめんなさい、どんなにがんばっても330万円です……」

突きつけられる現実!
足りない130万円!
セキュリティの甘そうな銀行はどこだ!

「保険代やガソリン代も入れたらさらに上がるので、ここで無理に買わずとも、ひとまずレンタカーという手も」

それが現実的だ。

でも、近所のレンタカー屋に、こんなセレナは置いてなかった。弟が、生まれてはじめてできたルームメイトたちと、セレナのなかでお弁当を食べる光景が、ちらついて離れない。いつそんなもん食べるねん。ないやろ。わかっちゃいるけど。

これがいい。本当はこれを買ってあげたい。

うなりながら迷っていると、グループホームの中谷さんから電話がかかってきた。

地獄を知らせる電話だった。


「実は……近隣住民の方から、グループホームに苦情が出まして」

「苦情!?」

「自分たちの町に障害者が住むなんて気持ち悪いし、トラブルが起きたら怖いから、なんとかしてほしいと」

気持ち悪いって。


あまりの衝撃に、頭が真っ白になる。中谷さんが、あわてて付け加えた。

「苦情はほんの一部の方だけです。ほとんどのみなさんは親切で」

「なんとかしてほしいの、なんとかって?」

グループホームで暮らす人が外から見えないよう塀を立てたり、厳重な鍵のついた門を作ったり、ということらしい。

そりゃ、障害や病気の程度によっては、そういうのが必要な人が住んでいる施設もある。でも、このグループホームはちがう。

親元をはなれて自立したいと望み、みんなで力をあわせて暮らそうという思いのある人が、入居の条件になっている。

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弟は、あいさつするのが、好きだ。

「こんいーわー、ますっ」といって、どんな時もペコッとおじぎする。

このあいさつで、コンビニの店長さんたちと仲良くなり、ひとりで買い物ができるようになった。たくさんの人を笑わせて、見守られてきた。

わたしより、よっぽど。

そんな弟だから、塀とか鍵とか見たら、きっとわかってしまうよな。自分がどう思われているかを。ウオェップ。口から胃袋が出そう。しんどい。

「なんかそれって、役所の人に仲裁してもらうとか、できませんか?」

「相談したんですが、片方だけの味方はできないから、話し合いで解決してほしいと」

話し合いで済めば「覚えてらっしゃい、次に会うときは法廷よ」などという捨てゼリフは生まれないのである。

グループホームの設立は、行政から許可を得ているので、もし裁判になったとしても、逆転するまでもなく勝利できる。

「でも裁判になったら、勝っても負けても、敵になりますよね。ここで暮らしていくことを考えると、やっぱりそれはできまへんわ……」

中谷さんは、これから話し合いに行くという。

「わたしも行っていいですか?」

「お姉さんが?」

「あの、ほら、家族がいた方が、説得力もあると思うので」

あと、ほら、わたし一応、テレビとか出させてもらってますし。スッキリで加藤浩次さんの隣りで、賢そうな顔でコメントしてましたし。パラリンピックのときは、櫻井翔さんとね、おしゃべりして、太りましたし。

なんか、あの、ふんだんに威光をギラギラさせますわよ。

「ありがとうございます。でも一旦は、わたしだけで」

断られてしまった。食い下がろうとして、やめた。

電話を切る。

神妙な顔で見守ってくれていた山本社長と馬〆社長に、謝ろうとした。言葉に詰まる。声が出ない。

かわりに、ボタボタボタッと涙がこぼれた。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。ごめんなさい、ねーえ」

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弟が、丸くてぶっとい手で、わたしの肩と背中をさすってくれた。

「って、なんでやねーん」

流れるような動きで、裏手のツッコミも入れてくれた。

ノリツッコミは優しさの証である。障害があって、いろんなことが不器用だけど、気持ち悪くないよ。うまく話せなくても、伝えようとするよ。空気だってモリモリ読むよ。

うちの弟は、ようできた弟なんですよ。

いますぐ、神戸に戻って、説明したかった。けど、ダメだ。

だって、わたしは家族だから。


どんなに熱意を込めて、必死に説明しても「だってそりゃ、アンタは家族だからでしょう」という一言には、呆気なく負けてしまう。

家族の欲目、親の欲目、姉の欲目。

刑事事件でも、家族によるアリバイ証言は信ぴょう性が低いとされるのだ。金田一が言ってた。

家族じゃなかったら、よかった。


わたしが家族じゃなかったら、弟の優しさは、きっと信じてもらえただろう。ごめんな、姉ちゃんはなんも言い返せなくて、なんもしてやれんくて、ほんとにごめん。

チキンマックナゲットの1ピースも、雪見だいふくの片方も、わたしは弟になら迷わず譲れる。そんな弟に、家族じゃなかったら、なんて思ったのは初めてだった。

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別府のホテルで、顔を枕へ押しつけ、デロデロに泣いた。バイキングで満腹になった弟は、デベソを月明かりに照らしながら爆睡していた。

きみの家族だから、わたしはこんなにも幸せで、こんなにも悔しい。


翌日、中谷さんが話してくれた。

苦情を言っている人の自宅へ、以前、障害のある人が間違って訪ねてしまったことがあるらしい。

「どちらさまですか?なんの用ですか?」

家主が玄関先で聞いても、障害のある人からの返事はままならず、とても怖い思いをしたそうだ。

ああ、それは、怖かっただろうな。

怒りや悲しみが炸裂するかと思ったが、わたしの中に生まれたのは、意外にも静かな共感だった。

思い出したことがある。

まだわたしが幼稚園生だったとき、レストランに精神障害のある人が飛び込んできた。近くの病院から逃げてきたのだ。彼はわたしのお子さまランチを横取りし、手づかみでワッシャワッシャと食べはじめた。

わたしはチビりそうなほど怯えて、固まっていた。

やがて迎えにきた職員さんたちに彼は連れていかれてしまったが、わたしは母に抱きついて、大泣きした。怖かった。本当に怖かったのだ。

「大丈夫やで、もう大丈夫。怖い人じゃないよ」

母が抱きしめてくれたが、わたしの絶叫は止まらなかった。

「おなかが減ってただけやわ、たぶん」

「そんなん、おかしい。こわい、もういやや、こわい」

母がなぜ、困った顔で彼をかばうのか、わからなかった。弟に障害があると知ったのは、それから3年後だ。

かつてわたしが叫んだ言葉が、いま、わたしに突き刺さっている。

別府から戻った日、母に当時のことを聞いてみたら、しっかり覚えていた。

「あんなん大人でも怖いって思うわ、しゃーない」

でも、と、母は続ける。

「奈美ちゃんを怖がらせてしまったあのお兄さんも、傷ついてたんかもしれへんよなあ……」

真相はわからない。ただ、これだけは言える。

知らない相手のことは誰だって怖い。怯えて、傷ついて、ちょっとわかったり、わからなかったり、許したり、離れたり。

結局はゆっくりと時間をかけて、知ってもらうしかないのだ。どう転んだとしても。


セレナを買うかどうかは、しばらく待ってもらうことになった。

ゴタゴタが落ち着くまで預かってくれるらしい。頭を下げるわたしに、山本社長が言った。

「障害があるっていうだけで、そんなん言われて、ほんまにいやになりますよね」

障害のある人のために車を改造している山本社長は、何度も心ない逆風にさらされている。

「でもね、岸田さん。人間が作った理不尽なら、人間は解決できます。しんどいけど、あきらめずに話したら、わかってくれることもあります。……まあ、そう信じひんと、やっていけへんのですわ、あはは」

「山本シャチョ〜〜〜……!」

「ぼくらは車のことしかわからへんけど。岸田さんたちが車に乗れるように、なんぼでも応援しますから」

人間だから、別府まできてくれた。人間だから、車を探してくれた。冷たい不合理を打ち破る、暖かい不合理は、いま証明されている。


塀や柵はいったん置いといて、グループホームに看板を立てることになった。障害のある人が間違えないようにするためだ。

ドンッ。

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どうぶつの森かと思うほど一瞬で、看板ができた。

Twitterで「いい看板屋さん知りませんか」と聞いたところ、神戸市北区のなかの工芸さんにお願いできることになったのだ。

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なかの工芸さんは、家族で切り盛りしてることもあり、拝みたくなるほど親身になってくださった。

「うちもね……数年前、全焼しちゃって。家も工房も、なんもかんも」

穏やかな笑顔で切り出された話がヘビーすぎた。全焼て。

「でも新しく引っ越してきたここ、裏山で山菜が取れるんですよ。それがもう本当に嬉しくて。毎日、ごはんが楽しみったら」

田舎の田園風景にたたずむ、なかの工芸さんの新しい工房。

不幸は大小かまわず突然訪れるのだ。幸福っていうのは、不幸を避けることではなくて。楽しみながら乗り越えられる不幸を、幸福と呼ぶのかもしれない。

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看板の絵は、わたしが描いた。

やなことがあっても、お風呂に入って、ご飯を食べて、ぐっすり寝られる、楽しい暮らしでありますように。


しばらくして、近隣住民の方が、看板を見にやってきた。

「なんやこれ!全然あかんやん」


あたり一面に緊張が走った。

やばい。

なにがあかんかったんや。大きさか。こうなったらお金はわたしが払うから、デカくて見栄えするやつを、とヤケクソぶちかましたことか。

いや、亀が笑っとるからか。なにわろてんねん、ボケェ!とかそういうことか。

「この位置やったら、入り口がどこかわかりにくい!もっと真ん中へ寄せにゃ、ここに来る人も困ってまうやろ」

あっ、そっちか。


一同、呆気にとられてしまったが、言ってることはおっしゃるとおりだ。中野工芸のお父さんが、汗ビッチョになりながら、看板をつけ直してくれた。

「それにしても……えらい立派な看板やねえ。びっくりしたわ」

その人は言った。嫌味ではなく、本当に驚いて、感心していた。

看板をつけ終わったあとも、中谷さんとその人は、しばらく話し込んでいた。

「このへんの庭はねえ、雑草がたくさん生えてくるから」

「そうなんですか!」

「アンタらんとこの庭も、人工芝にした方がええよ。見た目もええし、楽やから」

「野菜も育てたいなと思ってるんですが」

「それええやん」

やりとりの一部始終をあとから聞いて、わたしは思った。

その人は、敵ではなく、味方でいたいと思ってくれているのかもしれない。もちろん、不満や心配は、尽きないだろうけど。

グループホームがどうなれば良くなるかを、考えて、アイデアをくれた。

看板を一枚つけただけで、なにかがドラマチックに変わるというわけではないけれど。顔も見たくないと望んだ塀ではなく、同じ看板を見ながら、話す時間だけは生まれたのだ。


時は流れて、9月。

この話を春に書きはじめてから、夏を過ぎ、秋がきてしまった。

その間に弟は体験入居をし、最初は慣れない環境にとまどっていたが、いまではグループホームがお気に入りだ。

土日もそっちにいたいと言い、母の方がガーン!と、さみしがっていた。

3人のルームメイトにも恵まれた。

「きっしゃん」と呼ばれて、毎日野球をしたり、ダンスをしたり、笑い転げているらしい。


そして。

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別府からセレナをお迎えした。

ほかのセレナじゃ、だめだと思った。弟と別府までいって、いろんな人と会って、心が折れては持ち直しを繰り返す蜃気楼のなかにいた、このセレナがいいと思った。

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「ここで、マクド、行けますね」

運転手さんと仲良くなった弟は、週に一度だけ、一緒にドライブスルーへ行くのが楽しみで仕方がない。

納車の手続きをして、日産から出発すると。

後部座席から、すすり泣きが聞こえた。

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弟がしゃくりあげて、本当に泣いていた。

「ど、どうしたん?」

弟は首を横に振っている。そんなに嬉しかったのか。

わたしも、熱い感動が胸にこみ上げてくる。弟の嬉し泣きなんて、初めて見た。

「……しい」

「そうか、そうか。うれしいんか」

「ほしい」

「ん?」

「みんなにも、ほしい」

弟がみんなの名前を順番に口にしていく。それは、弟が通っている福祉作業所の職員さんや、友だちのことだった。

「セレナをもう一台、みんなに買ってほしいってこと?」

弟は首がもげてまうんちゃうかと思うほど、盛大にうなずいた。

まさかの……セレナおかわり泣き……!


さすがの姉も、どう反応していいのかわからない。セレナのおかわりが欲しくて泣いてる人間に対峙したことがない。

「なんでもう一台ほしいん?」

「みんなと、のる」

「みんなと乗って、どこ行くん?」

「マクド」

マクドナルド直通シャトルバス、ご好評に答え、増便!

そんなものを作ろうとしていたとは。ますます、どうしたらいいか。弟の夢が姉の手に余りすぎる。

セレナのおかげで、運転手さんや、グループホームのみんなと一緒に出かけることができて、弟はとても嬉しい。あまりに嬉しいから、グループホームだけじゃなく、福祉作業所のみんなにも、わけてあげたい。

そういう弟の気持ちがあふれ、泣いているのだ。

「良太くん!」

山本社長たちがなかなか出発しない我々を心配し、窓からのぞき込んでいた。

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山本社長がうるんだ目で、泣いてる弟の手を強く握った。おかわり泣きだとはとても明かせず、胸が痛かった。


グループホームでは、中谷さんが待ってくれていた。

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「こんなにいい車を……」

「いい車でしょう!」

胸を張って言える。いい車なのだ。いい車が、いい人たちに出会い、いい旅をしてやってきた。

これが、わたしのはなむけになった。


はなむけとは、旅立つ人に花束を贈ることが由来と思っていたが、違った。花ではなく、鼻だった。

旅の無事を祈って、その人が乗る馬の鼻を、目的地の方へ向けてやるという古い習慣からきているそうだ。

当時の旅はそれはもう過酷だ。見送る側も、見送られる側も、今生の別れを覚悟していただろう。

泣いてすがりたい気持ちをこらえ、やっとの思いで、馬の鼻を向けてやったのだ。ただ一心に、祈りを込めて。

どこぞの馬ともわからない馬を想像し、目頭が熱くなってきた。

盛り上がってきたところで『土佐日記』を読んでみよう。平安時代に成立した最初の日記文学。令和時代に『note日記』を書く、わたし。

『船旅だから馬を使って行くわけでもないのに、藤原のときざねが馬のはなむけをしてくれた。つまりは送別会の開催だ。身分を問わず、みんなイヤというほど酔っ払って、海辺でふざけ合った

ギャグだった。


船で行くのに馬のはなむけをされ、挙げ句にどんちゃん騒ぎで終わるという、紀貫之のユーモアが炸裂していた。涙が引っ込んでいく。

けれども、先行きの見えない旅立ち、を愛おしく笑い飛ばした彼の気持ちが、いまなら少しわかる。

行きたいところへ、行ったらいい。

乗せたい人を、乗せたらいい。

ふざけたかったら、ふざけたらいい。

なんなら芋を焼いて、窓から売ったっていい。

グループホームのみんなで。その光景をわたしは、見れない。それがすこし寂しくて、かなり嬉しい。あとからもったいぶって、弟の口から、笑い話を聞かせてほしい。

心待ちにしながら、わたしとセレナは鼻を向ける。愛しい、家族の旅路へ。

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最後に


車、運転手、ガソリン、保険、看板、グループホームの家具や家電、別府までの旅費などを含めて、計475万円もかかってしまいました。ズコーン。

途中から「あかん、これはもネタにして、笑いながら助けてもらお」と思い立ち、noteマガジン(月1,000円)で書きはじめてからは、購読してくださったみなさんに助けられました。

本当にありがとうございました。

わたしにはみなさんがいたから無謀なパワープレイでなんとかなったんですが、今もどこかに、同じ“ままならなさ”を抱えて、なんともならずに泣いて、諦めている家族がいます。

できることは、ちょっとずつ、わたしもやっていきたいと思います。みなさんからいただいた優しさを、またどこかの誰かに、返してゆきます。


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受注限定の同人誌なので、書店などでは買えません。

気合いを入れすぎて、作るのと郵送で、1000円以上かかりました。(アホ)

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岸田 奈美

しばらくは弟のグループホームの送迎車にかかる費用や持ってゆくお菓子に使います。毎月、家族で楽しく暮らすいろんなことに使わせてもらっているので、使いみちはよくnoteで紹介します。

岸田 奈美
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