走れ!ボルボ!この腕がもげようとも!
ごきげんよう、岸田奈美です。
全財産を使ってボルボを買い、手だけで運転できるように改造してから、一年が経ちました。
これね。
2022年1月13日(木)、これを書いているあと数秒後に「奇跡体験!アンビリバボー」で、特集されてます。すごい。
もう一年よ。早い。
あれが、クライマックスだと思ってたんだけどな。
まさか納車してすぐ母が緊急手術で死にかけたり、じいちゃんが大往生RTAになったり、ばあちゃんが遺産の1,500万円使い込んでたことがわかった瞬間盛大にボケたり、まあ…色々…本当に…色々…あって……。
あまりに色々ありすぎたんで、占い師?霊能師?みたいな人にちょっと一発派手に鑑定してもらったら
「祟りとか呪いとかじゃなく、シンプルにあんたの背後で豪運の神と、不運の神が居場所を争い続けてるっぽい」
って言われて。
わたしの背後、シンプルに太古の戦場だった。
神々が大乱闘スマッシュブラザーズしてるだけ。大地が割れて海が干上がる代わりに、わたしの人生がえらいことになってる。この状態からでも入れる保険ってありますか。
「普通は死んでもおかしくないくらいの不運なんだけど、豪運の神がギリギリで主導権を奪い返して、致命傷で済んでる」
致命傷で済んだら人は死ぬんよ。
とにかく、岸田奈美の2021年という皿がね、もう満杯なんです。はしゃぎすぎた朝食バイキングの皿の様相。
さすがにこれ以上、もうなんも乗らんやろ、と思ってたら。
うちのオカンから電話で。
「奈美ちゃん、どうしよう」
出だしから不穏。Netflixオリジナル作品を疑う展開の早さ。
「ボルボのハンドルが重すぎて、肩が動かんくなった」
2021年のボーナスステージ、あった。もうやめて。もう満腹。
ここでうちのオカンの類まれなるドライビングテクニックを説明しておくと。
これこのように、ハンドルに小さなドアノブみたいなのをつけて、グリグリと回して操るのである。
しかし、ボルボのハンドルはたしかに重いのだ。とても片手でグリグリできる重さではない。
わたしはよくわからん。なぜならわたしは、教習所で20年落ちのシビックしか乗ってないし、しかも試験に落ちまくって免許を持っていないので。
免許持ってる知人に試してもらったら「グァァ!重ッッッ!」って藤浪晋太郎の球でも受けた?ってくらい叫んでた。
っていうか、ボルボ、すべてが重い。
まずドアが普通のドアの3倍くらい厚い。
高速道路の入り口とかで窓あけて、機械から券取ろうとすんじゃん。とれないの。全然。届いてない。そこそこ寄せてるのに。
なぜならドアが厚いから。
こんなん届くの、チンパンジーくらいしかおらんのちゃうか。
それでもオカンはね、練習して、寄せに寄せて券を取れるようになったんです。ちょっと…こう…強めのヤンキーかなってくらいギリギリを攻めるハンドルさばきになっちゃったけど……。コーナーを攻めるオカンになっちゃったけど……。
なんでボルボがそんなことになってるかっていうと、ヘラジカに衝突しても大丈夫なようにです。
ボルボが生まれたスウェーデンには、もう目を疑うレベルの大きさのヘラジカがいるわけです。それにスリップして衝突した場合を想定して作られているのです。
ゆえに、ボルボの防御力は世界一ィ!
ちなみに「ボルボ 衝突テスト」で調べると、ギャグみたいな報道写真がいっぱい出てくるぞ!普通に運転してて逆さ吊りにされることある?
そんな重いボルボをね。
うちのオカンがはしゃいで、乗り回してるもんだから。
どれくらい乗ってるかっていうと、週に4回は六甲山トンネルを越えてる。用があろうとなかろうと。
鍼灸院の先生が言うわけです。
「車に乗りすぎ」
でしょうな。
「肩が炎症起こしてて、このままだと動かなくなるよ」
ビビリ倒した岸田家、あわててボルボに乗る回数を減らした。それでもオカンの肩は治らない。朝起きるといつも、連投しすぎてマウンドに横たわる夏の球児みたいに呻いてる。
ちなみにうちは、車がなければ生活できない程度の田舎である。
これは、正直、最悪の事態も起こり得るかなと。
ボルボ、売らなあかんくなるんかなと。
あんなに応援してもらって、全財産使って買って、大々的に取材までしてもらったのに、申し訳ないな……。
お詫び企画!Twitterでリツイートしてくれた人、抽選で1名様に手だけで運転できるボルボプレゼント!
悲しすぎるキャンペーンが迫る。
「オカン、あのな……」
「いやや!この腕がもげてもボルボを運転する」
オカンがわんわん泣いた。覚悟を決めすぎである。曽根崎心中的なボルボ心中。たぶんボルボも「やめとけ」ってドン引きしてる。
せや。
山本社長に連絡や!
いただいた名刺のデータを探し出す。山本社長とは、ボルボの改造を引き受けてくれたニッシン自動車工業関西の社長だ。
「あの、山本社長、かくかくしかじかで……」
「ああ、ボルボ、重いですよね……。パワーステアリングの設定でも変わらないんだったら……」
ボルボの仕様上、難しそうな反応である。
「わかりました。ちょっと時間ください」
葉加瀬太郎のバイオリンが聴こえてくるかと思った。今夜の情熱大陸は……!
そして、後日。
「お待たせしました」
なんと、山本社長が家まで来てくれた。夜なのに。
「ずっと考えてみたんですけど、これでどうでしょう?」
ハンドルを操作するノブが、下にひとつ追加された。
「ノブを下にさげて、ハンドルの軌道の真上にくるようにしました。これで、どうでしょう?」
「軽ッッッ!」
ららら、ハンドルゥ〜が〜、ててて、天使の羽〜……!
たったこれだけのことなのに、びっくりするくらい軽くなったらしい。
「今まで上についてることで、肩が不自然な位置で力入ってましたし、遠心力で回すのも大変だったはずなので……一旦、これで様子見てください!」
母はまた、感激してわんわん泣いた。
「あの、お代は」
「あははは。それでは!」
ご冗談を、とでも言うように山本社長は笑って、去っていった。彼はまた、誰かを奇跡のドライバーにするために、工場へ戻ったのだ。
山本社長英雄伝、という本を一冊書かせてほしい。
母の肩はどんどん炎症もおさまってきた。
これでまた、どこへでも行けるのだ。
その矢先。
来週、母が手術で入院することになった。
検査してたらたまたま見つかった、歯の異常なので、命に別状はないがまた全身麻酔での手術である。二泊三日コース。
「いやや……ボルボと離れるのイヤや……自分で運転して、病院まで行く」
全身麻酔で手術してすぐ、ボルボを運転して帰ってくるの、ちょっとおもしろい。なんとかなだめて、MKタクシーに乗せるのがわたしの仕事である。
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週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。