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下町の老婆、河原町の喧騒(もうあかんわ日記)

毎日だいたい21時更新の「もうあかんわ日記」です。もうあかんことばかり書いていくので、笑ってくれるだけで嬉しいです。日記は無料で読めて、キナリ★マガジン購読者の人は、おまけが読めます。書くことになった経緯はこちらで。
イラストはaynさんが書いてくれました。

半月ぶりに、二泊三日で東京へ帰ることになった。

神戸の実家にも帰ると言うし、東京の自宅へも帰ると言う。行くじゃなくて。無意識に。帰る場所がいくつかあってよかった。

理由は、あす7日の8時からまた日本テレビ「スッキリ」に出演するからだ。ずっとリモートだったが、待ちに待った、スタジオだ。

嬉しいけど緊張する。

リモートはCMの間や映らないときは、進行表やスマホを確認できる。知らない言葉が呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーンしても、隙を見て調べたり、スタッフさんにたずねることができる。それがなくなるので、いつにも増して、わたしはバタバタするはずで。予告バタバタというやつだ。

東京へ向かう新幹線へ飛び乗る前に、京都で一人暮らしをする家の候補を見てまわった。諸事情により引っ越す家を失ったので、あせっている。

今日は二件。

今出川からかなり歩いた古い住宅街にある町家と、河原町からすぐのところにあるリノベーションしたレトロなアパート。

もともと予定していた家が町家だったこともあり、町家への期待が高まっていた。写真で見るかぎり、小さな日本庭園をのぞむ映画みたいなバスルームがあったり、年季の入った機織り機やかまどを活かした家具がかわいかったからだ。

「遠いところご苦労さま!いやあ、めちゃくちゃめずらしい物件やわ、ここ」

現地で迎え入れてくれたのは、日山さんという、会社員時代にお世話になった陽気なパーマネントのお兄(おにい)だ。普段は大阪の不動産を扱っているけど、わたしがあまりに焦っているのを見かね、一時間かけて車を走らせ、ここまで来てくれた。会社員していてよかった。

ちなみに町家に到着するまで15分ほど近所をさまよい、「あんたら!どこや!どこ行くんや!言うてみい!ほら!え、なんて?わからん!」と親切なんだかお節介なんだかわからん老婆に並走されながら日山さんに電話をかけたが、つながらなかった。

陽気なお兄はだいたいコミュニケーション能力が異常に高いので、立ち会う管理会社の人と話し込んでいたらしい。はじめて来る場所なのに、すでにいろんな情報を掴み終えていた。わたしにはできない芸当である。頼もしい。

「もともとは外国人観光客向けの宿泊施設やってんけど、激減してもて、それで賃貸に切り替えてんて」

だから、観光客が喜びそうな間取りや家具なのか。

「へー、かわいいですね!」

半地下がふたつ、小さな部屋がいっぱいあって、迷路のようなつくりだった。めずらしくていいかもと思ったが、もともと住むことを想定されていないので、いろんなネックがある。

「これなんですか?」

玄関から入ってすぐ左手に、半地下のベッドルームがあった。壁に正方形の切れ込みと取っ手がついている。

「それな、小窓」

「小窓!?」

「玄関の外から開けられるんやって」

「な、なぜ?」

「宿泊客に出前とか、アメニティを渡すためらしいで」

それはたしかに、住居では使わないな。

宅配便がきた時に、ここから手と印鑑だけニュッと出せるかもしれないが、唐突すぎるので宅配員さんを仰天させてしまう。

「玄関の外に、石でできたベンチもあるんやけど」

「ありましたね」

「そこ、さっきまでおばあさんが座ってたわ」

「え!?」

「けっこうな頻度で座ってるらしい、でもそういうのも、のどかでええよね」

見知らぬ老婆が小窓からおはぎかなにかをニュッと差し入れてくれるのを想像した。のどかだろうか。

大学生時代、大阪の下町にある長屋に住んでいたときも、見知らぬ老婆が軒先でくっちゃべっていたのを思い出す。そこは長屋一帯の井戸端集会所と化していた。

こう言っては血も涙もないが、大学に仕事に疲れはて泥のように眠っていたわたしにとっては、うるさくてかなわんかった。

「こないだフランス人のお客さんから『メルシーボク(ありがとう)』って言われてんけど、いややわァ、あたし『うるせえボケ』って聞こえてもて、通報したろか思たんよ」

耳をふさいでいても、こういう下町の老婆のわけもわからんしホンマかどうかもわからん日常譚が飛び込んでくる。パンチがありすぎて、今でも覚えている。限りある脳のメモリをこんなことに使いとうないのだ。

あとから「あれってどういうことですか?」と詳細を掘りに行っても、老婆はポカンと忘れているのに、わたしだけが覚えている。


そんなことを考えながら小窓のことは一旦置いておいて、キッチン、洗面台と見学した。

気になることがあった。

「……ここ、ドラム式洗濯機を置くのは無理ですかね?」

「ああ、ほんまや。洗濯機置場が小さいね」

「わたし、洗濯もん干すのがイヤでイヤでたまらなくて、どうしてもドラム式洗濯機がいいんです」

「どやろか。ちょっと測ってみよか」

着ていたものを洗って、ベチョベチョになったやつを取り出して、乾かして、またたたむ。なんでそんな謎作業をせなあかんねん。わたしにとっては三途の川で石を詰み続ける行為に近い。

東京に引っ越したとき、冷蔵庫よりレンジより、まずドラム式洗濯機を入手したくらいだ。おかげでサカイの引っ越しセンターのパンダの段ボールを机にして、ふるさと納税で届いたが保存できなくなった2kgの肉を、べそかきながら一気に焼いて食べきった。

「うーん、がんばったら入るかもしれへんけど」

「けど?」

「完全に道をふさがれて、人間が風呂場に行けなくなるわ」

まさかの、服の洗濯をとるか、命の洗濯をとるかの、二者択一になってしまった。


一瞬躊躇したが、人としてどちらも洗濯しなければならないので、この物件は泣く泣くあきらめることにした。


河原町の物件は、町家の和風っぽさはないが、無垢材やタイルでナチュラル風になっていて、これはこれでいい。しかも広くて、部屋数も多い。

難があるとすれば、お風呂が小さくて足を伸ばせないことと、アクセスがよすぎることだった。アクセスがよすぎることがネックになるなんて、思いもしなかった。ここはいにしえの古都、京都なのである。

どういうことかというと、河原町は京都一の繁華街だ。

いまは観光客が少なくなっているが、それでも、人は多い。これが外国からの観光が復活するとえらいことになる。道もバスも足の踏み場はなくなり、植物は絶え、大地はひび割れ、海は枯れる。

耳元でマヂカルラブリーの村上が「死んでしまうぞ!」とM-1の音程で叫んでいる。

ちょっとそこまで♪のお散歩が、命がけの大冒険になってしまうかもしれない。

いったん考えますと言ったとき、管理会社のお姉さんがぽろっとこぼした「賃貸探しは妥協の連続ですからねえ」という独り言が意味深だった。きっとお姉さんも、たくさんの妥協をして、強く生きてきたんだろう。

だけどひとつの妥協は、ひとつのゆずれないものを探すしぶとい旅路でもあるのだ。

ギリギリの時間になり、走って新幹線に乗り込んだ。時速320kmに圧され、内蔵が軽い順にすべて後ろに置いていかれる気がした。肺とか軽そうである。

知り合いの整体師にラインで説明したら「そんなわけないやろ」と一笑された。

窓の外をながめる。高架のすぐそばに、いくつもの家が並ぶ。こんなところ、音も風もすごいだろうに。だけど、そこに住む人たちにも、ゆずれない何かがあるはずなのだ。


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昨日書いた駅でのサポートについてのnote、たくさんコメントやツイートをありがとうございました。

東京の家に戻ったら、ポストから郵便物があふれて、ハリーポッターの序盤みたいになってしまっていて、いっぱいいっぱいになってしまったのでひとつひとつにお返事できなくて、ごめんなさい。

でもぜんぶ読んでるし、だれかが書いた言葉が、またべつのだれかの励みになっていると信じる。少なくともだれかを攻撃するようなことはしない、そういう読者さんたちにかこまれて、わたしは恵まれた。

障害のあるなしにかかわらず、マイノリティと呼ばれる人がいる。少数派だ。そんなこと言うたかて、この世は誰もが少数派ちゃうんか、わたしかてハリウッド版ドラゴンボールが好きな少数やぞと思うけども、便宜上、マイノリティという言葉をつかう。

マイノリティはマイノリティの気持ちがわかる。だからこそ、力を合わせられるし、助けられる。それは本当だ。

でもマイノリティの足を引っ張るのも、またマイノリティだったりすることもある。これも本当だ。

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