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何色かわからん龍の背に乗って(もうあかんわ日記)

毎日21時更新(今日遅れてしもたけど)の「もうあかんわ日記」です。もうあかんことばかり書いていくので、笑ってくれるだけで嬉しいです。日記は無料で読めて、キナリ★マガジン購読者の人は、おまけが読めます。書くことになった経緯はこちらで。

昨日はちょっとしんどいことがあったけど、今日はちょっと楽しいことが待っていた。

17日にテレビの出演があるので、一ヶ月ぶりに東京へ行く。大学生になったとき、はじめて夜行バスで上京したときのワクワクがよみがえる。

イトウゴフクで買った名前しか知らないすみっこぐらしの上下スウェットを着て、ジャスコで買い物をし、ばあちゃんと弟と犬の奇行に追われ、鍋ばかり作ることに慣れた日々が、がらりと変わる。ああなんとうれしい。

新神戸から東京行きの新幹線に乗り込んだ足は、るんたるんたと浮いていた。

席に座ろうと、通路を歩いてると、前から人が歩いてくるじゃん。あれ、どっちが脇の席の方にサッと引っ込んで、相手に道をゆずるか、ドキドキするよね。チキンレースだよね。どっちも譲らず、満席の列で引っ込めずはちあわせちゃうと、気まずいよね。

そんなことすらも、愉快で、人に聞いてほしくて書き留めてしまう。東京に向かうわたしの好奇心と、聞いてほしい欲は、三歳児並みとなった。


せっかくの上京なので、前後1日ずつ滞在することにし、東京でしかできない用事を詰め込むことにした。

2泊3日で家を空けるので、ぬかりなく体制を整えてきた。

弟は、仲のよい友人と支援員さんたちと一緒に暮らす、グループホームへ。

ばあちゃんは、昼間はデイサービスに送迎つきで通い、夜は知人が様子を見にきてくれる。


とりあえず体制は整ったものの、まあ、いろいろと大変だった。

わたしが東京に出発する前日、作業所で仕事にいった弟から、電話があった。

「あのな、姉ちゃん」

「うん?」

「バスないねん」

弟はいつも、バスに乗って、作業所から家に帰ってくる。

「バスないん?どうしたん?」

「ばくはつ、してん」

バス、ガス、爆発!?


どういうことかと思ってよくよく話を聞くと、翌日からのグループホーム宿泊が楽しみで待ちきれず、「バスに乗れない」と押し切って、グループホームに泊まろうと目論んでいるのだった。

バスは爆発してないけど、自立は喜ばしいことなので、そっと延泊の予約を入れた。


次に、おばあちゃん。

デイサービスを連続で使用する前に、担当者さんとの面談がある。わりと何回もある。高齢者がサービスを利用するときは、そのくらい慎重にならなければならないらしい。飲んでる薬とか、物忘れの度合いとか、いろいろあるもんね。

いろいろと、生活の状況など、ばあちゃんが質問を受けるのだが。

「太田さん(ばあちゃん)は、どれくらい外出してるんですか?」

ばあちゃんは、答える。

「買い物は毎日行ってますねえ。孫のご飯を買いにいくので」

「まあ!しっかりしてはるんですね」

こんな微笑ましい会話が繰り広げられているが、ばあちゃんが一人で外出したのは、もう一年以上前が最後だ。

外出なんてしてへんぞ。

わたしはあわてて担当者さんに目配せし、首を横に振る。担当者さんも熟練なので、すぐに察知して、OKサインを出してくれた。

質問は続く。

「でも、太田さん、足腰痛そうにしてるのに、外出してるんですか?」


「はい、してますよ」

どうやって?


「歩いては無理ですよね?」

「……乗ってます」

なにに?

銀の龍の背に?


苦し紛れに答えたものの、自分でもなんか辻褄あわへんぞと思っているのか、ばあちゃんはゴニョゴニョと口ごもる。

忘れてるとはいえ、こうやって嘘を言われたら、かなわんな。わたしはそう思っていた。


でも、そんなわたしも、ついに今日はばあちゃんへ嘘をついてしまった。


東京に着いて、あれこれ打ち合わせをして、夕方になると、ばあちゃんから電話がかかってきた。

「いまどこや?」

「東京」

「ええ〜っ!弟も一緒か?」

一緒ではない。弟はグループホームだ。

でも、それを馬鹿正直に言って、先週は痛い目を見た。わたしは家にいなくて、弟はグループホームで、ばらばらで過ごしているということが、ばあちゃんの脳では処理できず、「子どもたちが危険な状況にいて、よくわからん!」とパニックになるのだ。

パニックになって、あちことに電話をかけたりする。

どうせばあちゃんは、グループホームに連絡する手段がない。ここで正直に言ってパニクらせるより、安心させる嘘の方がいい。いま説明したって、一時間後には忘れてしまうのだから。

「一緒やで。元気やわ」

「そうかそうか、そしたら安心やわ。ほなおやすみ」

ばあちゃんはホッとして、電話をきった。安心して機嫌が良さそうとのことだった。ばあちゃんは20時には床につく。

嘘をついてしまった、という罪悪感は、不思議となかった。それはたぶん、ばあちゃんのことを思って、ついた嘘だから。

ばあちゃんが「なにかに乗って毎日、孫のために買い物に行ってる」という嘘も、正しい記憶よりも孫への愛が勝って、生まれたものかもしれないな。


目黒から恵比寿まで、電車に乗らず、歩いてみた。

地元と違って、いくつもの、歩いたことがないルートがある。知らない道を選べることが、こんなにワクワクするなんて、久しぶりに知った。

知らない道を歩いていると、いろんなものが目に入る。心がゆっくりと、創作に向く。どこにいても文章は書けるけど、書ける内容は、ぜんぜんちがう。

東京へきて、よかった。


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梅吉とクーのおるすばん

飼っている犬の梅吉とクーは、ばあちゃん一人で、二匹とも面倒を見ることが難しい。

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週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。