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玄関をスマートロックにしたら締め出されて真夏の米騒動

わたし、岸田奈美。
ひとり暮らしの33歳。

スマートロックなるものを、買いました。

カギの上を、機械でカバーする仕組みのやつ。

ネジ穴が開けられない賃貸でも、強力粘着テープでくっつけたら大丈夫って話で。口コミも2500件ぐらいついてるし。知人にも好評だし。

すっげえ、便利!

スマホ持ってるだけで、玄関に近づいたら、勝手にカギが開く。離れたら、閉まるようにもできる。機械が、内側からカギ、ひねってくれるの。

もうカバンの底で、カギ、探さなくていい!

でも、機械だから。
なにがあるか、わかんねえから。

説明書には、

『外出時には物理カギ(今まで使ってるカギ)をお持ちください』

って書いてた。カギを挿しても、普通に開くからね。保険で持っとけよってこと。


だから、カギは持ち歩いてた。

持ち歩いてた、はずだった。

8月14日(水)、13時。

スポーツジムに行くので、家を出た。ギュイイイン。カギが自動で閉まる音。

「あっ。カギ、忘れた……」

カギを家の中に忘れてしまった。

わたしは小学生の頃、カギを失くしすぎるので、母の途方もない試行錯誤により、編んだ毛糸で腕にカギをくくりつけられていた過去を持つ。教室ではキングダムハーツと呼ばれていた。

その習慣が染み付いてるから、カギを忘れることは、めったにない。本当の本当に、めずらしいことだった。

「ま、いっか」

スマホがあれば、開くんやし。

予約の時間に遅れそうで、急いでいたこともあり、横着をしてしまった。アホだった。絶対にやってはいけなかった。


2時間ほど運動して、汗だくで帰ってきた。

「あれ?」

玄関が開いてない。

おかしいな。センサーが反応しなかったのかしら。スマホを取り出して、アプリを開き、解錠のボタンを押した。

開かない。

何度、押してみても、開かない。

「な、なんで?なんで?」

もしかして、電池が切れたのか。いや、アプリの表示では、電池は問題ない。じゃあ壊れたのか。

もう一回、押した。

玄関ドアに、耳を近づける。

ギュイイイン。

音、鳴ってる。鳴ってるよ。

機械はちゃんと動いてるのに、開かない!どうして!

ギュイイイン。
ギュイイイン。

……。

………。

なんか、下の方から、音してない?


これ、機械、落ちてない?

ドアに耳を押し当ててみた。胎児の蹴りを聞くようなポーズをした、その時だった。

「ぅあぢぢぢぢぢぢぢぢぢ」


灼熱のドアで、耳が焼けた。

この日の最高気温は38℃。しかもうちの玄関ってば、外からは昼の直射日光、内からは夕方の西日が、直撃するようになっていた。気づかんかった。

後日、ドア付近の金属部品を計測したら、56.2℃だった

えっ、まさか。

熱すぎて、機械の粘着テープが、溶けたの?


今日に限って!今日に限って!

カギを忘れるという。

落ち着け。こういう時はあれだ。マンションの管理人さんだ。管理人室に駆け込んだが、誰もいない。

お盆休みだった。


今日に限って!今日に限って!

そうだ。カギ屋さんを呼ぼう。

スマホで調べたら、ウチまで来てくれるカギ屋さんが、二件あった。

お盆休みだった。


今日に限って!今日に限って!

いや、違う。一件は今日も臨時で開店してくれてるっぽい。望みをかけて、電話した。

「すみません。お店はやってるんですけど、出張スタッフが熱中症で倒れてしまって……」

倒れてた。


人間ですら倒れる夏だよ、機械も倒れるよ。

というか、わたしも倒れそうである。西日がギンギンの軒先で、早30分が経つ。暑い。早く手を打たないと死んでしまう。

実は、わたしは明日までの大切な仕事があり、どうしても家の中にある手書きの原稿や衣装を持っていかなければならないのだった。

なんとしてでも、入らなければ。

そうだ!
合鍵!合鍵があった!

なんで忘れてたんだろう。合鍵があるやないか。

わたしは自宅を事務所としても使っている。書きかけの原稿や、借りてる機材もあるので、わたしに万が一のことがあった時のために、仕事の関係者にも合鍵を渡していたのだった。

万が一すぎる想定だったので、忘れてた。

電話で、助けを求めた。

「かくかくしかじかで、いつの日にか預けたカギをいま受け取りたく候」

「なるほど」

電話の向こうで、息を飲む音。

「お助けしたいのは山々なのですが……いま……京都におりまして」

「京都」

「家族旅行でして」

「家族旅行」

そうだ、京都行こう。(緊急)

家族旅行に水を差すのは本当に申し訳ないけども、わたしが京都へ行き、カギを受け取ることにした。幸い、今日はもうホテルにいるらしかった。

ここは兵庫。
京都までは2時間ぐらいかかる。

そしてわたしは、サイフも忘れていた。


電車に乗れない。

車で30分ほどの実家に頼ろう。母に車で迎えに来てもらって、そのまま京都へ連れてってもらおう。真夏のスネかじり。

母に電話した。
消え入りそうな声で、応答があった。

「朝からめっちゃ体調悪くて、寝込んでるねん……。どうしたん?」

倒れてた Part.2。


ダメだ。実家は頼れない。母が動けないならわたしが車を運転するか、と思ったが、免許証は家に忘れたサイフの中である。

サイフなしで、京都に行く方法は……?

考えて、考えて、ひらめいた。

タクシーアプリの『GO』を使えば、配車したタクシーに、アプリで支払いできる。クレジットカードの番号を登録しておいてよかった。

メーター料金の予想が2万円を越えていたが、目をそらしたので、事なきを得た。直視してたら死んでいた。

タクシー車内の猛烈な涼しさに、発火寸前の身体が冷やされる。

「ハァ〜〜〜〜ッ!」

「お姉さん、応援ですか?」

運転手さんが言った。応援。応援ってなんのこと。あっ、そうか。高校野球か。このへん、甲子園球場の近くだしな。

「いや、違いま……」

言いかけて、気づいた。この時、わたしが着ていた服、

高校野球のユニフォームだった。

高校野球つっても、これ、明晴学園。運転手さんもまさか、思わんよね。この時期に、タッチの上杉達也のユニフォーム、着てるなんて。

運ちゃん、奈美を京都に連れてって……!

何年か前に小学館へ打ち合わせに行ったら、なんか、もらった服だ。どこでどう着たらいいかわからなくて、ジムに着ていってた。

ちなみに下半身は、きったねえKARAみたいだった。

ナナナナナ〜ナ〜ナナナナナ〜♪ワンツースリーフォーファイ、シック、セブンッッッ!(メーター料金が跳ね上がる音)

“締め出し”を絵に描いたような服装で、京都に行った。謝り倒して、カギを受け取って、戻った。滞在時間5分。

この辺りの記憶、虚無すぎて抜け落ちてる。


カギを持って、玄関の前に立った。

やっと終わる。

もう絶対、カギを忘れて、外出なんかしない。決めた。夕飯は蕎麦にしよう。だいじに取っといた、引き出物の十割蕎麦を、ていねいに、ていねいに茹でよう。懺悔とともに噛み締めよう。

心に決めながら、カギをまわす。

まわ……らない……!


ガチャ、ガチャ。
ガキンッ!

なんか、なんか、引っかかってる。あとちょっとのところで、回らない。こわい。カギが折れそうだ。

頭が真っ白になった。

真っ白の中に、ボヤ〜ッと、さっきSNSで受け取った人の経験談が、浮かび上がってきた。

中で、機械が……引っかかってる……?


わけがわからなかったけど、落ち着いて考えてみると、こういうことだ。

後から撮影

粘着テープが剥がれた機械が、中途半端に引っかかり、カギにつっかえている。そうはならんやろ。なっとるやろがい。

機械を床に落とすしかない。

どうやって?

外から、体当たりで……!


「うおおおおおおおおおおおお」

ドーンッ


盆休みの夕暮れ、わたしは、自宅の玄関に向かい、体当たりを開始した。

落ちない。
全然、落ちる気配がない。

助走をつけて、

「うおおおおおおおおおおおお」

ドーンッ


粘着テープとともに、わたしの脳も溶けていた。死にものぐるいで突進した。涙も出なかった。心では泣いていた。

不意に、視線を感じた。

同じマンションの住民のおばあちゃんが、わたしを見ていた。

「あの……何を……?」

「あ、開かなくて、ドアを、攻撃で、落としたくて」

焦燥と疲労で、思いついた単語が口から次々に飛び出た。

「警察とか……呼ぶ……?」

「いえいえいえいえ!大丈夫です!」

答えてからも、おばあちゃんは、怪訝そうな顔でこちらを見ている。数秒経ってから、気がついた。

あっ、これ、わたしが不審者だと思われてるんだ。通報されるんだ。大丈夫じゃないよ。あっぶねえ。

必死でおばあちゃんに説明しなおしたら、なんか、

一緒に体当たりしてくれることになった。

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