寝坊ばかりで消えたくなっているわたしへ
新幹線が運休してしまい、東京で13時から収録だったはずのラジオが、翌朝7時からになった。
連絡を受け取ったわたしは、心臓をバクバクさせていた。
ヒ、ヒエエェーッ!
どうしよう!6時には起きなきゃ!
どうなってしまうんだ!!!!!
わたしは、朝、起きるのがスーパー苦手だ。
実家で暮らしていた頃は、叩き起こされてなんとかなることもあったが、
一人暮らしをはじめてからは、大学生の時も、会社員の時も、寝坊の常習犯だった。
ひどい時は、週に三度は寝坊していた。
もはや、まともに寝坊しない方がめずらしい珍獣である。
寝坊が、他人にどれだけ迷惑をかけるか、わかってる。
当然、しこたま怒られてきた。
怒られるたびに、明日こそは、明日こそは、と思う。
気を引き締めてみる。
でも、前の晩に早く寝てもダメ。いいマットレスを買ってもダメ。火災報知器みたいな目覚まし時計を買ってもダメ。
ハッと目が覚めたら、目覚まし時計は止まっていて、出かける時間はとっくに過ぎている。
引き締めた気が、引きちぎれて、飛び散っていく。
ピーン!
もういっそ、寝なきゃ良いのでは?
会社の出張で飛行機に乗る時は、ひざかけ一枚持って関西国際空港へ行き、ベンチで夜を明かした。
飛行機には乗れても、翌日は疲れ果て、出張先で寝坊した。寝坊が利子ついて追い回してきた。
なんでこんなに起きられないのか、わからない。社会の滞りない進行を支える“起床界隈”が、まぶしくて、うらやましくて。
この泣き言を打ち明けると、四方八方のちゃんとしている方々を傷つけてしまうので、ずっと言えなくて。
ごめん!
ごめんやけど、一旦、泣き言を聞いて!
寝坊して一番ショックだったのは、2016年、熊本地震の時だった。
会社で瓦礫に強い車いすを、避難所に寄付して回ることになり、わたしが行くことになった。長旅なので、若い社員がひとり、おともについて、朝8時にホテルで待ち合わせる約束だった。
前の晩、車いすを一台ずつフキフキして、手紙を書いて、万端の準備をして眠った。
起きたら、朝8時だった。
ホテルのモーニングコールにも、気づかなかった。
社員から電話があって、奇声をあげながら、大あわてで準備をした。15分遅れて合流でき、社員に平謝りすると、
「全然、間に合うから大丈夫ですよ!行きましょう!」
にっこり笑ってくれた。
車いすは避難所に好評で、大変なのにあたたかく歓迎してもらい、翌週に二回目の訪問も決まった。よっしゃ。よっしゃ。
ところが、大阪に帰ると、上司からすぐに、
「お前はもう二度と熊本に行くな。後輩に行かせる」
「えっ」
「とんでもない遅刻したらしいな。九州の社員から苦情の連絡きたけど、呆れ果てとったぞ。迷惑やから、岸田はおらん方がましやって」
せ、戦力外通告!
もちろん、はちゃめちゃに叱られた。
これがもう、ショックで。
熊本に行けなくなったことより、社員に挽回のチャンスすらもらえないほど失望されたことより、こんな大切な日すら起きられないのがショックで。
どんだけ仕事でミラクルな結果を出そうと、寝坊が台無しにする。
会社が好きで、仕事が好きで、仲間が好きで。その気持ちだけは一丁前に抱いているわたしが、わたしに裏切られる。わたしの敵はわたし。
末期には、寝坊で怒られるのに怯えすぎて、眠れないループに陥り、架空の客先を訪問してるとウソをついて午後出勤していた。もちろん秒でバレた。どうかしていた。
当時は、母も同じ会社の違う部署で、わたしの後輩として働いていた。わたしの遅刻は全社員の前で叱責されるので、母にも申し訳なくてたまらなかった。
娘が目の前で、毎日のように打ち首になっているのである。
つらそうなわたしより、母の方がつらそうだった。
「あんたはがんばってるよ。むちゃくちゃがんばってるよ」
早起きで遅刻なんかしない母が、どんな気持ちで、わたしを励ましてくれたかと思うと、情けなくて泣けてきた。
それでも寝坊してしまうわたしは、母のことすら、裏切ってるのだと思った。
会社を辞めてからも、ドラキュラより鬼より、朝に怯えている。
朝に仕事が入ると、もう、血の気が引く。
特に『スッキリ!』の出演とか、ラジオの収録とかは、会社員のときより、代わりが効かんわけなので。もう大事故なわけなので。
ゾッ!
今回のラジオの収録も、さんざん悩んで、マネージャーの武田さんに、
「本当に情けないんですけど、朝、ホテルまで起こしに来てくださいませんか……?」
と泣きついた。
「いいですよ!」
これで首の皮をリロードできた。
最悪、起き抜け寝癖ボンバーむくみ顔のオクサレ様状態で、合流してしまう可能性があるが、収録に寝坊することだけは避けられる。
「でも、作家になってからの4年間、岸田さんが寝坊したことって一度もないですよ」
何気なく明かされた情報に、絶句した。
「そんなわけ、なくない?」
「なにかに巻き込まれての遅刻はあるけど、朝は毎回、きっちり起きてますよ」
なにかに巻き込まれての遅刻は身に覚えがありすぎて、それはそれでしんどいけど、衝撃だった。
このわたしが、寝坊してない……だと……?
優しい武田さんの二枚舌セラピーかと思い、疑り深くスケジュールを見返してみたが、本当に寝坊してなかった。
締め切り続きで徹夜だった日も。
朝4時から10km走った日も。
ラジオ収録の当日。
武田さんによる大阪府警並みの突撃入室を待たずして、余裕でフッと目が覚めた。枕元でiPhoneのアラーム音「煎茶」が穏やかに鳴っていた。
とりあえず、事務所のチャットに、
「起きました」
と書いた。
早起きで有名な編集者・佐渡島さんから、すぐ返事がきた。
「すばらしい」
なんか恥ずかしくなって、
「32歳で、朝起きただけで褒められていいんですかね」
「起きない時間に起きるのは、何歳になっても難しい」
孔子か?
孔子が残した言葉なのか?
それぐらい、ド真ん中ストレートで、心の毒霧をブチ抜いた。わたしの中でわたしを裏切る、わたしに直撃した。わたしが倒れた。悪いところにあたって死んだ。いや、待て、死んでない。
捕ってやがる。キャッチャーミットで、捕ってやがる。アルプススタンドで息を呑むわたしと、ベンチから身を乗り出す監督のわたし。甲子園の空に咆哮が響く。今日も暑くなりそうです。
「寝坊してたのは、性格のせいじゃないかもね」
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