見出し画像

鳩との死闘(もうあかんわ日記)

毎日だいたい21時更新の「もうあかんわ日記」です。もうあかんことばかり書いていくので、笑ってくれるだけで嬉しいです。日記は無料で読めて、キナリ★マガジン購読者の人は、おまけが読めます。書くことになった経緯はこちらで。
イラストはaynさんに描いてもらいました。

朝8時、弟をバス停に送っていくついでに、梅吉の散歩をしようと玄関を出た。

バサササーッ!


ものすごい羽音がして、灰色のでっかいなにかが視界を左から右に横切っていった。腰を抜かすかと思った。

鳩だ。

まただ。まだあいつらが来やがった。

鳩が飛んできた左の方を見る。ベランダだった。3ヶ月前に必死こいて設置したネットに、わずかな隙間ができている。ここから飛び出てきた。

その日、岸田家は思い出した。
ヤツらに支配されていた恐怖を。
1万8000円もかけて自作した鳩よけネットを破られた屈辱を。

はじまりは突然だった。

二年ほど前、やつらは侵略をはじめた。マンションの中層階にあるうちの実家には、母と部屋と、物置と化してる父の部屋があって、どちらもベランダつきだ。

東京で暮らしてるわたしに、母から電話があった。明け方だった。

「なんか、ベランダで、ホッホゥ、ホッホゥって聴こえてくるんやけど」

「鳩やん」

まごうことなき鳩であった。

まあ25年近く住んでて今日はじめて来たんやから、そのうち出ていくやろ。そう思っていたのが甘かった。一匹が二匹、二匹が三匹、と鳩たちはまるでデニーズでたむろするかのごとく、集まりはじめた。ドリンクバーも頼まず長居するな。

つがいの鳩がうるせえなと思っていると、エアコンの室外機の上に卵をうみつけ、子育てをはじめた時にようやくわたしたちは「アッ!住んどる!こいつら、ここに越しとる!」と驚愕した。ベランダはデニーズ、ラブホテル、中古マンション、と順調な変遷を遂げていた。

これがツバメだったなら、「巣作りを歓迎する」と答える人が、なんと 65%もいるらしい。

縁起がよいとされるし、ヒナはかわいいし、なにより巣立ってくれる。

だが、鳩はちがう。

まずあいつらはオールシーズン、発情している。年に5回も卵をうみ、増え続けて最後まで巣立たない。ビッグダディよりひどい。

なにより臭い。フンの量が尋常じゃない。一週間でベランダの床が石灰色でベチャベチャになった。やめて。


最初は母と弟が、窓を勢いよく開けたり、手を叩いたりして追い払っていた。しかし数分もすれば、また戻ってくる。

鳩は伝書鳩に使われるくらい帰巣本能が異常に強いので、追い払ってもしつこく住み着こうとする。

前職で仲良くしていた得意先のおじさんがいつもどんだけフラッフラに泥酔して意識朦朧としても気がついたら毎朝家の布団にいると言っていた。「いやあ、家内が、今日こそ帰ってこないでよかったのにっていつも冗談言うんだよ」とおじさんは頭をかいて笑っていたが、たぶん冗談じゃないと思う。


最初に壊れたのは、母だった。

部屋でわたしと喋っていても、突然、ものすごい勢いでくるっと振り返る。

「なに!?」

「鳩がきてる」

「えっ?」

耳をすませるとたしかに、「ホッホゥ」と聞こえた。母は窓をガンッ、ガンッと殴り始めた。騒がしい羽音がした。

「せっかく床きれいにしたのに、またフンされたらかなわんわ」

母の鳩の察知能力が、異常にあがっていた。

「えー!すごいな!ぜんぜん聞こえんかったわ」

そのときは笑い話だったのだが、だんだんと様子がおかしくなり。

ある日もくるっと振り返り、窓をシャッと開けるが、鳩はいなかった。それを何度か繰り返す。ついに、リビングのテレビから聞こえてくるCMの鳥の声にも過敏に反応しはじめた。

「最近、寝てても起きても、鳩の鳴き声が聞こえるねん」


これはあかん。


「最近は窓あけても手を叩いても逃げへんくなったから、これで脅してるんやけど」

画像1

枕元に、水鉄砲が常備されていた。母は鬼の形相をしていた。ゴルゴかな。

「ちょっと待って。そんなことせんでも、鳩よけとか置いたらええんちゃうの?」

「とっくの昔に置いとるわ!」

母がベランダを指さす。

画像2

(※写真はさっき撮ったので、ネット設置済み)

ヒイッと変な声が出た。

画像3

弟の技術力に依存しているため、ガムテープで磔にされていた。


おもちゃのカラスを磔にしたくらいではなんの意味もなく、CDをぶらさげたそうだったが、これも無残に敗北した。CDを裏返してみると、高校生のころわたしが必死に焼いて作ったコブクロのベスト盤だった。なにもない場所だけれど、ここにしか住まない鳩がいる……。

幻聴にまどわされ、ベランダにカラスを磔にするようになったら、身内を止める合図だと思う。みんなも覚えておいてほしい。

これはもう、マンションの管理事務所案件ちゃうの、と思って電話をした。

「あー、いや、それはこっちではできないんです。各ご家庭で対策をしてください」

打ち捨てられてしまった。

ほなやったろやないか!目にもの見せてくれるわ!


退路を失えば失うほど、燃え上がるのがわたしである。父から受け継いだ誇り高き才能だ。

ベランダの形状が特殊で、ネットをそのまま吊り下げることができなかったので、ネットにくわえて、突っ張り棒とスッポンフックを用意し、鳩よけネットを自作した。

母はたいそう喜び、久しぶりに鬼の顔から優しい聖母の顔に戻って「これでゆっくり眠れるわ」と言った。ちょっと死にそうな響きでもある。

鳩は、何度か近くに飛んできていたが、ベランダに入れないとわかったら、パタリと来なくなった。

その代わり、上の階と、下の階の人のベランダに引っ越した。


ばあちゃんの長屋に住んでたころ、ゴキブリが何度も出たのでバルサンを炊いたら、隣の家に移動し、隣の家の人もバルサンを炊いたらまたその隣の家に移動し、最終的に一周回ってうちへ戻ってきてズッコケたことがある。

それの縦バージョンが起きていた。罪悪感がある。

「ウワッ!」「あっちいけ!」といろいろ声が聞こえてきたがやがて、上の階にも下の階にも、はとよけネットが作られていた。ほっ。

自作のネットは、それぞれ味が出るのでおもしろい。

等間隔で結束バンドがつけられていると几帳面だなと思うし、目の細かいネットが厳重に巻かれていると慎重だなと思う。人間は多様だ。

のん気にそんなことを思って、三ヶ月を過ごしていた。


そしたら、今日。

ベランダから鳩が飛んできた。

ネットを破って、舞い戻ったのだ。不死鳥かお前らは。


悔しさに涙をにじませながら、amazonで追加のネットを購入した。「鳩 ネット 強力 破れない」という検索履歴が切ない。

明日届くので、原稿を書く時間を削って作ろう。はーあ。


↓ここから先は、キナリ★マガジンの読者さんだけ読める、おまけエピソード。

グループホームから弟が二日だけ帰ってきた。弟がいると、たくさんご飯を作れるので楽しい。

弟に「なに食べたい?」と聞くと、ワクワクして「お肉!」というので、豚肉を使って生姜焼きをこしらることにした。

しょうがと醤油とみりんで下味をつけ終わったのが18時半だったので、ちょっと自室でメールを返して、19時に焼いて食べようと言った。弟もゲームをして待っていた。

18時55分くらいになって、そろそろ焼こうかなと思い、キッチンへ行ったら。

この続きをみるには

この続き: 1,429文字 / 画像1枚
この記事が含まれているマガジンを購読する
このマガジンを購読すると、月4本以上の限定記事が読めます。今のところ平均5本。もうあかんわ日記のおまけもどしどし読めます。

岸田奈美の人生を応援してくれる親戚のような人たちが、読むことのできるマガジンです。わたしはnoteが収入源なので、このお金でゴリゴリに生き…

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
岸田 奈美

手術終わって元気になって帰ってきた母と、うまいもん食って、きれいな海を見に行きます。毎月、家族で楽しく暮らすいろんなことに使わせてもらっているので、使いみちはnoteで紹介します。

小吉と見せかけて大吉!運命をねじまげる力があるね!
小学館から本「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」発売中! キナリ★マガジンという有料定期購読noteで月4本エッセイを書くほか、いろいろと役に立たないことを披露しています。 Official WEB→https://kishidanami.com/