
飽きっぽいから、愛っぽい|一度でいいから食べてみたい@戸越銀座
キナリ☆マガジン購読者限定で、「小説現代7月号」に掲載している連載エッセイ全文をnoteでも公開します。
表紙イラストは中村隆さんの書き下ろしです。
一度でいいから、完ぺきなチキンラーメンを食べてみたい。
完ぺきなチキンラーメンとはもちろん、麵の上に美しい半熟卵をポトンと落としたチキンラーメンのことだ。白身は、麵が見えなくなるほど白く、ふっくら固まっていてほしい。
何度やってもうまくできないので、ネットで調べたら「コツは卵を冷蔵庫から出し、常温に戻してから割る」とのことだった。
卵が常温に戻るまでは、だいたい二時間。
無理だ。
絶対に、無理だ。
断言できる。
二時間前から卵を準備できるほど、計画的に生きられていたなら苦労はしない。
草木も寝静まる丑三つ時、急にチキンラーメンが食べたくなって、パジャマでサンダルをひっかけ、最寄りのコンビニへ駆け込み、眠そうな大学生のアルバイトにお金を払って、お湯をたっぷり入れていき、アチアチアチチと家へ舞い戻って、妖怪のように背を丸めて麵とスープをたいらげる。そして後悔で枕に顔を埋めるまで、たったの十五分。
親元を離れてから、そういう生活を十数年は繰り返してきた。呼吸するように無計画な生活を。
さて。
完ぺきなチキンラーメンすら作れないわたしが、このたび引っ越しをすることになった。ご存知の通り、人間の生活においてもっとも計画性が求められる行動ベスト5には入る、あの、引っ越しを。
これまで一人暮らしの家を三度変えてきたが、引っ越しらしい引っ越しは、たった一度しかしていない。
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