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2000文字の帯を巻いてもろて

キャッチコピーを書くのが苦手です。本当に苦手です。やんなっちゃうほど苦手です。

高校でまるで成績が良いわけじゃないタイプの生徒会長やってたこともあって、文化祭のキャッチコピーとかね、よく、考えるお役目だった。

『未来への挑戦・あふれる活力・輝く静岡』的なやつ。

苦手……だった……!

うまい言葉を見つけられないのもそうだけど、こう、頭の中にある大量の「楽しい!すごい!やばい!」を、表現しきれないのが、悲しくて。

100文字で済むことを、2000文字で書いてきた女です。

1分で済むことを、10分で話してきた女でもあります。

小学生の時からそうだった。

「奈美ちゃんばっかり、話さんといて」

何度言われたか。9歳で父の愛読書『課長 島耕作』にハマッた時は特にひどかった。ずっと早口。一匹狼のサラリーマンが上司に貶められ、理不尽な転勤を言い渡される悔しさを、拳握って熱弁してた。

好きなものが、本当に好きで、好きな人に知らせたかった。

まあ、あまりにキョトン顔の渦を巻き起こしてしまうんで、話さないようにガマンした。友だちに近づくと、話しすぎてしまうので離れた。

いつも言い足りなくて、お腹をすかしたタヌキのように、おしゃべりをすかしてた。

母いわく、子どもの時のわたしの口ぐせは、

「奈美ちゃん、あのね!奈美ちゃん、あのね!」

だったらしい。

話すことすら整理できてないのに、とにかく、あのね先取でアテンションをブン獲っていく山賊スタイル。ヒエーッ!

そんな山賊に手をさしのべてくれたのが、インターネットだった。

7歳のときに父が買ってきたiMacが、10歳のときインターネットにつながった。

「これからはインターネットで友だちつくれ!落ち込むな!」

父の大味な励ましで、やってみた匿名ネット掲示板は、この世の楽園だった。好きなことをどれだけ書いても、誰も怒らない。読まれなくてもよかった。書けただけでよかった。でも読まれたら嬉しかった。返信もらえたら泣きそうだった。

頭の中でワーッと考えると苦しくて、口から吐き出すと聞いてる相手に申し訳なくて、だから宇宙の彼方に向かってキーボードを叩いていた。

話すよりも先にカタカタ、考えるよりも先にカタカタ。

「あんたそんなこと考えてんの!へえ!おもろいやん!」

画面にタイピングされていく文字は、わたしからスッと離れて、わたしの前に立ちそう言った。のび太にドラえもんがいたように、奈美にはパソえもんがいた。


まあ、そういうわけで、文字数制限からベタベタに甘やかされて育ってしまたので、短い言葉で表現することから、ダバダバと逃げてきた。

だって、一作目のタイトルからして、

『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』

の長さですからね。お察しのとおり。

あっ、でも、逆はある。あんまりなんも考えてない時に、衝動的にパッと短い言葉が口をつく時はある。おもに悪口。

好きなものとか、感動したことを、考えたあとはつらい。

考えたことを、言い表せない。省略ができても言い換えができない。伝えきれないのがつらい。

伝えたいことがタップタプに溜まってるとして、

このように、伝えたいことの本質にはまったくたどり着けず、本質という琵琶湖の周りを永遠にしゃべりながら走っているのが、わたしである。息ゼエゼエしてるので、そのうち足つって死ぬ。

言葉にすればするほど、本音からは遠ざかる。

やりたかないことは、やらなくていいやと、あきらめてたんだけども。

この仕事してると、本の帯、頼まれるんですよ……!

これです。

これ、書いてもらえたら、本当に嬉しいんです。

だからわたしも、依頼してもらって、その本に感動したら、引き受けます。感動を伝えたいから。それで作者さんが喜んでくれるなら嬉しいから。

でも、書ききれないんだ。いつも。
帯って50文字とかなんですけど。

わたしがね、ジャスティン・ビーバーだったら、

「cool」

つっただけで、もう、その本が爆売れすんのよ。でもわたしビーバーじゃない。名前そんな知られてない。ビーバれない。

いい本の帯をせっかく任せてもらったのに、推したいことをうまい具合に伝えきれなくて、申し訳なさすぎるから、お断りすることも増えてた。

お断りするのも、つらい。

そんなときに、ヘラルボニー代表の松田崇弥さんとしゃべりました。

ヘラルボニーは障害のある作家さんのアート作品のブランドです。

わたしが仕事で着てる服、だいたいヘラルボニーなんですけど、このブラウス新作です。いいよね。

崇弥さんという人の、真心からこぼれ落ちるようにポロッと口から出す言葉を、わたしは常々尊敬していて。この日も、イベントの対談だったんですけど。

「作家さんと会う上で、一番大切にしていることは?」

みたいな質問に対して、

「えー……なんだろう……作家さんを育成しない、っていうのは決めてますけど……」 

崇弥さんが何気なさげにノペーッと言った。

どゆことなん?、と、そゆことか!の雷が同時に落ちた。

ヘラルボニーは障害のある作家さんを、異彩作家として、世界中にその表現を送り出している。原画やグッズで売上をつくっている。

そのためにクオリティを上げる、注文に答える、もっとうまくなる、そういう“尺度”を作家に求めないのだ。

わたしたちでは想像もつかない、障害がある人の世界の見え方、手ざわり、こだわりを、深く尊重している。足りないところも足りすぎるところも、信じている。

「うわっ、なんか、いまわたしが自信を持てました」

わたしが急にキマッた目で言うので、崇弥さんは戸惑っていたと思う。

わたしに向けられた言葉ではないのは、もちろんですが。どん底にいる時ほど良いようにとらえて浮上していくのが、わたしの生き意地の悪さなので。


誰かのために短い言葉を書くときの、やり方を変えました。

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