歩いてたら30分で6人から「ケーキ屋知りませんか?」ってたずねられた
これは、あなたのために書いている。
春から大学生や社会人になって、新しい環境にドキドキして。
大変なことが起こっている世の中で、将来や収入に不安を感じて。
家族や友人のいない都会で、漠然と寂しくなって。
そんなあなたのために、書いている。
ちなみにわたしは、このどれにも当てはまらないが「明日の運転免許試験の練習のために路上教習を受けに行ったら、縦列駐車に20回以上失敗して“もう勘でいきましょう”と教官から冷静に言われ、ヘトヘトに疲れきり、自由が丘の裏路地の階段でうなだれていた」せいか、そんなあなたに見えてしまったらしい。
はじまりのお姉さんたち
「すみません。いまから友だちの集まりっていうか、ちょっとしたホームパーティがあるんですけど、バースデーケーキ買えるところ探してるんです〜〜〜!このあたりで美味しいケーキ屋さん知りませんか?」
顔をあげたら、きれいなお姉さんが二人いた。
まず知らん人にかける第一声として情報量が多すぎるし、なんで他にも人がおるのにわたしに声かけてくるねん、とびっくりした。
「ですー!」ではなくて「です〜〜〜!」なところに、このお姉さんたちのテンションがどんなもんだったか、想像してほしい。
仕事以外のところで人と話すのが本当に苦手なので「えっ、あっ、ふえっ」みたいな声しか出なかった。でもお姉さんたちは、満面の笑みでニッコニコしてる。
自由が丘のケーキ屋さんなんぞ、まったく詳しくないけど、これはなんか答えたらなアカンと思って、頭をフル回転させた。
「えーと、ア・ラ・カンパーニュっていうタルト屋さんがあって、あの、けっこうたくさんあるチェーン店だから、自由が丘!って感じはないかもしれないけど、実は本店がわたしの地元で、だからわたしの血はアラカンの3種のベリーの色っていうか、あっ、地元ではアラカンって略すんですけど、ウヘヘッ デュワ」
これを皆さんの想像の3倍くらいの速さで、自信なさげにまくしたてた。めっちゃ頑張った。
「神戸なんですかあ!東京にはいつから?」
「に、二年前から」
「ふーん!就職ですか?」
「いえ」
「じゃあ転勤かなあ?どんな仕事なんですか?」
右から左から、お姉さんが質問してくる。
えっ。
そんなことある?
道や店をたずねたあと、そんな会話を弾ませてくること、ある?
なんやねん、めっちゃこわい。
いままで、因縁つけられるとか、ナンパでしつこく絡まれるとかはこわいと思ったことあるけど。
きれいなお姉さんにフレンドリーに話しかけられるの、こわい。フレンドリーの出どころがわからんから、こわい。
「ネットとか雑誌でクリエイター的なことやってます」
このままなんか売りつけられるんかな、と思ってリュックをギュッと抱えたけど、そのままお姉さんたちは「ありがとうございましたー」と言って、去っていった。
わたしは自分の社交性のなさと、器の小ささを恥じた。お姉さんたちはただのコミュ力が爆竹100連発びっくり箱なだけの、良い人たちだった。
わたしはTwitterを懺悔室だと思っている節があるので、このように刻んだ。
つづいての恋人たち
そうだそうだ、ファミリーマートでお金をおろさにゃならん。そう思って歩いていたわたしは、また呼び止められた。
「あのー、すみません」
スーツを着た男性と女性だった。めっちゃ丸の内!広告代理店!エース!スタイリッシュ!プレゼン勝利!って感じの。
「これから友だちのホームパーティに行くから、バースデーケーキを探してるんです。美味しいケーキ屋さん知りませんか?」
そんなことある?
さっきのお姉さんたちに声かけられてから、まだ5分も経ってない。みんなそんなに、ケーキ屋さんを知らんもんなん?
自由が丘、ケーキ屋さんに関する情報規制でもされてんの?
「さっき同じこと聞かれたんですけど、同じパーティに行く人ですかね?」
「えっ。ちがいますよ。おもしろいですね」
まったくおもしろくはないけど、このスーツ男性がシュッとしてカッコよかったので、おもしろいということにしておいた。
この時点でわたしは、Youtuberが社会実験的な企画でもやってるんかなとか、変な会社のコミュニケーション研修かなとか、思ってた。
「ア・ラ・カンパーニュっていうタルト屋さんがあって(略)」
一日に二度もアラカンと地元の話をするとは思わなかった。
「神戸なんですねー!東京にはいつから?」
そしてまた渾身の説明をスルーされてしまうわたし。タルトに興味を持てよ。
あきらかにこれはおかしいなと思ったので、職業は教えないようにした。
「会社員ですか?」
「うん、まあ、そんなかんじです」
そしたら、オフィスカジュアル女性が急にカットインしてきた。
「わたしたちも会社員です!知り合いが飲食店やってるんですけど、営業自粛で売上が落ちてて、なんとかしてあげたいんです!これもなにかの縁だから、一緒にご飯行きません?」
行きません。
「っていうか、絶対さっきの人たちと関係ありますよね?これなんなんですか?テレビとかの企画?研修?」
聞いてみたら、明らかにスーツ男性が苦笑いして。オフィスカジュアル女性は、急にテンション下がって会話から引っ込み。落差激しすぎるやろ、FUJIYAMAか。
「ちがいますよ」
「じゃあなんなんですか」
「ねえ、なんなんでしょうかね」
「え?絶対に変でしょ、だってまったく同じ会話さっきもしましたよ」
「へー、おもしろいですね」
この間、スーツ男性はずっと薄ら笑い。煙に巻くような返事。斜めに立って、目も合わなくなる。「じゃあ」と言って、そそくさと逃げていった。
ああ、なんかよくわからんけど、わたしはカモとして見られてたんや。そう思った。
人がヘットへトの頭ひねって、頑張ってタルトと地元の話をしたのに、なんやねんそれは。
基本的に好意の見返りを求めないようにしているのだけど、この時は疲れと混乱で、わたしはめちゃくちゃに怒っていた。
にがさないお前たち
怒りながら自由が丘駅に向かう途中、男性二人組から声をかけられた。
「ちょっと聞きたいんですけど〜!このへんで美味しいケーキ屋さん、知りません?」
膝から崩れ落ちそうになった。
オペレーション、アホちゃうか?
自由が丘なんてそんなデカい街ちゃうぞ。レッドオーシャン戦略すぎるやろ。
Zoomで事前に練習せえ!Slackで情報共有をしろ!
せめて声かけの内容くらい変えろ!!!!!!!!!!
30分も経ってない間に、3組から声をかけられた。笑う。どんだけカモ顔なのかと。
これがカモ顔である。教習所に行くだけなので、すっぴん+髪の毛パサパサ+死んだ目+クマだらけのカモ顔なのである。
「僕ら、一年前に東京出てきたばっかで〜」
「そうなんですね、わたしも今年からです」
「もしかして就職?」
「はい(うそ)」
「えっ、じゃあお茶しません?」
「じゃあお茶しましょう」
急にめちゃくちゃ話の早いやつみたいになってしまったが、わたしは怒っていた。
彼らがなんでこんなことをやってるのか知りたかったし、それが悪い目的ならば、カモ顔を代表して、全国のカモ顔に知らせる使命があると思った。
(※そういう理由でわたしはついていったけど、危ないから皆さんはついていかないように。わたしは事務所の男性2人に事情を伝え、家族にGPSをリアルタイム送信してた)
巨万の富でウユニ塩湖へ行こう
自由が丘は遊歩道にベンチが設置されているので、そこでいいじゃんと言ったが、やたら店へ行こうと誘われるのでどんな店かと思ったら、ファミレスだった。
わたしの前に座るのは、二人の男性。
一人はウェ〜イ↑↑が似合いそうな、チャラいイケメン。めっちゃアルマーニっぽい柄シャツを着ていたのだが、肩のあたりの縫製がガッタガタで糸が飛び出ていたので、たぶんアルマーニじゃない。便宜上、この男をナイマーニと呼ぶ。
もう一人は超塩顔で、存在感の薄いメガネ。……だと思ってたけど、ファミレスに着いた瞬間、ナイマーニよりメガネの方が、人が変わったみたいにペラペラ喋り倒してきた。いきなりどうしてんメガネ。
これ憶測だけど、もしかしたらナイマーニは「人の警戒心を解かせる役」みたいなのがあったのかなあ。
ちなみにこれ全部iPhoneで録音しようと思って起動させてたんだけど、IT企業の企画担当を名乗るメガネがやたらと「ホーム画面のアプリを見せて」とうるさいので、しぶしぶ録音を停止した。
iPhoneは録音していると、画面の上部が赤くなって一発でバレるからだ。これもし録音防止で言ってきたとしたら、すげえなと思う。
「最近一人暮らしはじめたの?こういうモノ用意しておくと超便利だよ」
急にそんな話がはじまったので、これはなんか売られる!と思って身構えたら、普通にためになる話だった!!!!!!!!!!
「高い家電や家具は、メルカリで『テーブル 転勤』などで調べると、早く処分したい人が安く売ってるのが見つかる」
「ワンルームの狭いキッチンだったら、持ち手が取れるタイプの鍋を買うと良い」
「トイレスタンプっていう、ジェル状の洗剤を使うと掃除が楽」
ナイマーニ、見た目によらずめっちゃ家庭的。しかもわりと苦労しているタイプの節約家。推せる。
ちょっと疑っちゃってごめんね。そう思った。
「あとやっぱり、今から巨万の富を得られるように考えておいた方がいいよ」
順番がおかしいだろ!!!!!!!!!!
メルカリ、鍋、トイレ洗剤ときて、巨万の富はないだろ!!!!!!!!!!
ルネサンス期の三大発明が羅針盤、火薬、ルンバだったくらいのぶっ飛び方だよ。箒と掃除機と高圧洗浄機を挟めよ。
「巨万の富……っていくらなんですか?」
「奈美はいま初任給がいくらくらいなの?」
フレンドリーもぶっ飛びすぎていて、いつの間にか呼び捨てになっている。
さんをつけろよデコ助野郎!と叫びそうになったが、相手は鉄雄ではないので拾ってくれる保証はない。
「20万円くらいですね(てきとう)」
「そっか!俺は23歳だけど、会社員の給与が25万円で、べつにやってる副業が30万円あるよ」
ナイマーニ、5歳も下やった。ほんで巨万の富とは、30万円のことやった。すごい。意外に手が届く。夢が広がってきた。
ちなみにメガネも同じくらいだった。もっと巨万の富に欲を持とうぜ。2兆円とかさ。
「これ、俺のインスタアカウント!フォロワー1万人いるんだよ。奈美はインスタやってる?」
メガネがスマホの画面を見せてくれた。
「やってないですね。Twitterはやってます」
「Twitterかあ。匿名だし、暗めだし、イケてる人少ないよね」
突然、わたしの愛する主戦場をけなされて真顔になってしまった。まあ、なにが言いたいかってーと、彼らはインスタでイケてる存在という自覚があるらしい。
見せてもらったら、大勢でバーベキューしてる写真とか、青空の下でヨガしてる写真とか、すごいキレイな外国の写真とかでいっぱいだった。
「映ってんのが俺らの友だち!みんなすげえインフルエンサーで、海外旅行とか行きまくり」
「へー。ナイマーニくんのアカウントは?」
「……俺はやってない!」
衝撃を受けた。
マジか。こんなにインスタで友人同士のキラッキラな濃いコミュニティができてるのに、おまえやってないんか。大丈夫か。落ち込んでないか。なにがあってん。
その時はなんか切なくなっちゃったんだけど、あれたぶん、一つのアカウントを見せびらかす用にみんなで使いまわしてるんじゃないかな……。
基本、みんなで映ってる写真とか、エモい風景の写真ばっかだったので。いや、知らんけどね。そうじゃなきゃ、ナイマーニが浮かばれない。
「で、このインスタで副業ができるの。それで30万円儲かる!」
「どうやって?」
「海外旅行で映える写真とって、イイネを集めて、フォロワーを増やす。そしたら企業から、インフルエンサー限定の広告案件がくるから。サンプルもらって写真撮って投稿するだけで5万円とか。俺はヘアサロンもそれで無料だよ」
「でもそんなたくさん海外旅行に行くお金なくない?」
「海外旅行の会員権利を買えば大丈夫!」
待て待て待て。
いきなり聞いたことないパワーワードを放り込んでくるな。
「入会する時に30万円と、毎月1万円が必要なんだけど、これを5人の友だちにすすめて入会させると、奈美は無料でウユニ塩湖に行けるんだよ」
なぜかナイマーニの中では、わたしがウユニ塩湖を目指すことになっていた。ウユニ塩湖を目指したことはない。
でも、あまりにもウユニ塩湖を連呼されるので、ちょっと行きたくなってきた。メンタリストか。(メンタリストはそういう仕事ではない)
ほかにもなんかいろいろ聞いたんだけど、書くのも面倒くさくなってきたので、このへんでやめます。
つまりはマルチ商法でした。
「他人から私生活をうらやましがられる生活をしてみたくない?」
ってドヤ顔でメガネから言われた。
すでに他人から私生活をおもしろがられる生活をしているのだがと思った。
わたしが途中で一気に興味をなくしたのと、なにを言っても反応しなくなったので、ナイマーニとメガネも諦めてくれたのか、お茶会はきっかり1時間で終わった。
※特定を避けるためと、よくしらないマルチ商法自体を非難したいわけでも、それぞれの事情があるであろうナイマーニとメガネたちを陥れたいわけでもないので、一部ビジネスの内容等はぼやかしています。
さいごに、あなたへ
道やお店に迷っている人を助けるのは、いいことです。
でもなかには、あなたの好意を踏みにじるように、騙してくる人もいます。
28歳になったわたしでも、「ここで会話を止めたらお姉さんに悪いかな」と罪悪感を感じていたので、もっと若くて、もっと優しいあなただったら、きっと気に病むと思います。
でも、この大都会で「身元も知らないのに距離の詰め方が光の速さ」のやつは、だいたいおかしな人です。
「やたら儲かる話」「やたらお金のかかる話」をされたら、友人であっても距離を取りましょう。友人はお金の話を抜きにしても繋がっていられる存在のことを言います。
それとな!ナイマーニもメガネも、カップルもお姉さんたちも、これ読んでるかもしれないけど!マジで、都会に出てきたばっかりの若者狙って、二人組で声かけるのは卑怯でしかないぞ!
「投資しなきゃ」って強いられると焦るけど、貯金をはたいて、よくわからないものを買って、友人のお金を頼ることは投資ではなく、賭けです。ほぼ負けが確定した賭け。
ア・ラ・カンパーニュの美味いタルトを食って、元気になって、明日からの学校や会社をまた頑張ろう、ちょっと新しい勉強してみよう、それだって投資じゃないですか。
トイレスタンプを買うことだって、立派な投資です。これマジでいいわ。教えてくれてありがとう、ナイマーニ。
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週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。