お耳たらしとったらええねん(もうあかんわ日記)
毎日だいだい21時更新の「もうあかんわ日記」です。もうあかんことばかり書いていくので、笑ってくれるだけで嬉しいです。日記は無料で読めて、キナリ★マガジン購読者の人は、おまけが読めます。書くことになった経緯はこちらで。
イラストはaynさんに書いてもらいました。
「えー、機織り機を発明しそうな人の体操!おいっちにー、さん、し!ホイットニー、三、世!」
というギャグを風呂場で思いついたので、試験的に三人に披露してみたけど、一律にハトが豆鉄砲くらった顔をされてしまったのでお蔵入りした。もうハトのハの音すら聞きとうないというのに。
よくよく調べたら、イーライ・ホイットニーが発明したのは機織り機ではなく麺織り機だったし、三世などという襲名も存在しなかった。伝わりにくい上に間違っている、ダメなギャグの典型である。
疲れたとき、普段はあまり見ないTikTokのタイムラインを、死んだ魚の目でスクロールし続けることがある。検索する気力もないので、機械的に表示されていくのがちょうどいい。
顔も名前も居所も知らん赤子がすくすくしている映像などが出ようもんなら、もうけもんだ。赤子は動物でも人間でも尊い。ただし子泣きじじいは除くものとする。
だけど、TikTok側が「こいつたぶん疲れとるぞ」と判断してくれるカシコなのか、わたせせいぞうの絵に出てくる男を少々安っぽくしたような人が「人生の指南」的なことを滔々と語る映像にめぐりあうことがある。
わりとね、いいこと言ってんのよ。なんたらの法則とか、うんたらのルールとか。なにひとつ覚えとらんけど。
いいこと言ってんだけど、右耳から左耳に抜けていく。カンガルーの赤ちゃんが寝返りを打った回数は鮮明に思い出せるというのに。
こういう教訓めいたことって、誰に言われるか、いつ言われるかが大切だよなあ。
わたしの母においても、ややこしいことに、同じことが起きている。
「退院したはええけど、これから健康にやっていけるんかな」「食いっぱぐれたらどないしよう、ご飯も喉を通らん」「こわくて眠られへん」
ふとした瞬間にそういうことをベチョッと言う。言いながらもカレーは一人前をペロッとするし、夜中にベッドを覗いたらスヤッと寝ている。
その度にわたしは
「そんなん、大丈夫に決まってるやん」「こんな娘を育てたんやから、どんな仕事の芽も育てられるわ」「みんな、ひろみちゃんのこと大好きやで」
と言って聞かせるのだが、その場では「そうやんな」と安心するものの、数時間後にまた不安につつまれている。
わたしは家族なので、いちばん信用できるけど、いちばん信用できない相手とも言える。まっすぐな真剣さも、めんどくさい適当さも持ち合わせているから。
わたしが言っても、だめなのだ。
しばらく母は自宅療養で、他の人に言ってもらうわけにもいかないから、犬の梅吉に言ってもらうことにした。
「梅吉からメッセージあるで、さっきスマホに動画送ったで」
梅吉がキャンキャンとはしゃぐほっこり動画だとでも思ったのだろう。母は生返事をして、スマホを手にとった。
暗い和室でお子さんの寝かしつけをしながらこのnoteを読んでくれているお父さん、お母さんのために、文字起こしをすると。
「おかえり。まあ病院たいへんやったと思うけどな、無事に帰ってきてよかったわ。ほんでな、ひろ実ちゃん、いろいろ気にしすぎやねん。もう会社なんてパーッてやめて、お金もパーッてつこて、贅沢したったらええねん。それぐらいな、大変なことやってきたから。だーれも起こらへん。まあ、ちょっとな、世間様からは言われるかもしれへんけど。お耳、ないないしとったらええねん。ぼくみたいにな、お耳たらしとったらええねん」
母は腹をかかえて笑いはじめた。
まだ術後の肋骨あたりにダメージが残ってるので「いたたたた!いたい!いたい!アハッアハハハッアハアハッ」という地獄の狂人みたいな光景が広がってしまった。
何度も、何度も、繰り返し見ていた。
最初はゲラゲラと笑っていたのが、そのうち神妙に「そうやんな」「梅ちゃんありがとう」と合いの手を入れはじめたので、やってみるもんだ。梅吉には出演報酬として1.5kgで6000円するフードをあげた。
これをコルクの編集者さんたちに送ったら「もっと見たい」と言ってくれたので、そういえば以前アカウントを作っていくつか動画を上げたまま、ほったらかしにしてるTikTokを使ってみようと考えた。
ハトが家にやってきたnoteを、梅吉にしゃべってもらった。二歩も三歩も悲劇から遠ざかり、かわいいが支配する喜劇になるので、これはこれでいいなと思った。そんな日曜日。ちゃうわ月曜日や。
明日から、おなじみテレビ出演のために前入りで東京にゆくよ。
わたしには、車いすに乗っている母がいる。
車いすで電車に乗ろうとしたら、目的地までの乗車を断られたというニュースが出た。
なんで断られたかっていうと、目的地の駅には階段しかなく、車いすを人力で持ち上げるにしても駅員さんの応援が間に合わないからだ。
家族に車いすに乗っている人がいると、ニュースにまでならなくとも、知人の投稿やらでこういう話は日常的に飛び込んでくのはめずらしくない。
ほんで今回みたいに、賛否がわきおこってるのも、めずらしくない。議論が巻き起こる場にはよくも悪くもアッツアツの熱がこもるので、わたしのとこにも「なんかコメントくれませんかねえ」とメディアの方々から声をかけてもらった。
ちょっと自信がなかったのと、わたしは半径30cmのことならズッケズケにモノを言うけど、社会のこととなると借りきた猫又のようにシュンとする矮小な人間なので、断った。
ちょっとここで、いま考えていることを書いとく。おまけをまじめに語るという本末転倒感はおいといて。
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