どん底まで病んだら、知的障害のある弟が世界規模で輝いた話
心身の不調により、2ヶ月ほど仕事のお休みを頂き、4月1日付で復職することが叶いました。
そのきっかけになったお話を、少し。
2ヶ月間、何してたかって言うと、寝てました。
本当に、寝ることくらいしかできないんですね。
気持ちの浮き沈みが激しくて、自分の心に自分の身体がついていくだけでメチャ疲れる。
安全バー無しのジェットコースターに乗ってるみたいなもんです。
落ちたら死を感じるので、とにかくしがみついて、振り回されるしかない。
コースター発進のきっかけは、とある人の、とある心ない言葉でした。
365日中、364日の私であれば「ふ〜ん」で終わっていただろうに、
残された1日がですね、どうにも、エアポケットだったようで。
一度落ちると、もう駄目でした。
精神疾患について勉強した時「必要以上に自分を責め続ける」とか
「幻聴・妄想が酷くなる」と何の気無しにメモを取りました。
あれ、本当だよ。すごい。わかっていても全然防げない。
多分、人間って、原因がわからないという状態を嫌うんですね。
だから無理矢理にでも、原因を自分に見つけちゃうんじゃないかと。
「なんでこんな酷いこと言われたんだろう……私が悪いんだ」とか
「休んで会社に迷惑かけて、私は本当にクズだな」とか。
最終的にはコンビニの店員さんが、お弁当にお箸つけてくれなくて
「私の態度が悪かったから、わざとお箸くれなかったんだ」と
家に帰って泣き続けて眠る、という日もありました。
他人も怖いし、上手く順応ができない自分も情けない。
例えば、私、昔からすれ違う他人によく舌打ちされるんです。
当時は「大阪人こわっ」とか「はえ〜大都会東京は冷たいべな〜」とか
「名古屋歩きについていけねえ」とか、呑気に思ってたんですけど。
実は、私の歩き方がおかしかったんですよ。
前を見ていても、なぜだか向かってくる人に気づけない。
知らない内に、斜めに歩いてる。
何もしていない時間が耐えられなくて、無意識にスマホや遠くの看板を読んでる。
社会人になって、お前が悪いんやぞ、と呆れられて、愕然としたわけです。
あと、基本的に、会話が常に情報過多。
興味の移り変わりが3歳児よりも激しいので、スピーチから一対一の会話まで、
話している最中にもガンガン思いついたそばから話してしまいます。
そういうのを、うまく脳内でトリミングして整理して話せたら、
一流になれたんでしょうけれども、そんなポテンシャルは皆無で。
興味の対象と話題が、売れる前の五木ひろし並に変わる。
自分で止めれなくて、ハッと気づいたらなんか、周りが苦笑いしてる。
これも気づいたのは、中学生の時、友人達から距離を置かれた理由を聞いた時でした。
皆が当たり前にできることを、自分は満足にできないんだな。
変わり者って言葉なら格好いいけど、結局は他人に迷惑をかける非常識人間。
そういうコンプレックスが、ずっとずっと、奥底にありました。
それでも良い会社で良い人たちに恵まれて、やってこれてたんですけど、
今回の件で改めて思い知らされました。
なんも成長できてない。27年間生きてきたけど、全然、レベルが上がってない。
ドラクエの最初の村から全然離れてない。27年、ぬるま湯で布の服。
そんな折に、うちの弟氏・良太と旅に出まして。
ご存知の通り、彼には知的障害がありまして。
診断的に知的レベルは3歳児程度だそうで、読み書きはもちろん、
発話もままなりませんが、まあ健康で優しい、良く出来た弟です。
行き先は「人間さいねえところへ行くだ」という私の希望と、
「本当はUSJに行きたい」という良太の希望を摺り合わせまして、
人がいないと話題のパルケエスパーニャに行きました。
本当に、人、いなかった。
伊勢神宮で道もわからず歩いてたら、じいちゃんばあちゃんの
観光客たちがゾロゾロついてきちゃって最終的にトイレに到着したとか、
色々と面白いことはあったんですけど。
姉ちゃん、もう、度肝抜かされちゃって。我が弟に。
事件はパルケエスパーニャに向かう、バス停ですよ。
そこそこの列に並んでて、さあバスが来たぞって時に、係員さんが
「両替できませんので小銭のご用意を〜」って言うわけです。
小銭なぞ、ねえわけです。なんならSuicaでスマートに乗車する気だった。
伊勢志摩の片隅でパニックになった私は、良太に1000円札を握らせ、
「なんかホラあのインフォメーションっぽいとこでくずしてきて」と
一抹の望みを託したわけです。
何食わぬ顔でのっしのっしと逞しく歩いていく良太の背中を見送りながら、
「いやなんで任せた?良太が待ってて私が走った方が良かったのでは?」と
全力で後悔しました。そもそも彼に、札をくずす、という概念があるのか。
慌てて、あの、親指と人差し指で輪っかをつくる「銭くれ」の
ポーズを取りましたが、そんな下世話なジェスチャーが通じるのか。
あ〜〜ミスった〜〜と思いながら、このバスを見送る覚悟で待ってたら、
ほどなくして、良太がのっしのっしと返ってきました。
左手に小銭を、右手にコカコーラを持って。
その、堂々たる御姿ったら。
雷に打たれたような衝撃でしたね。
たぶん、彼の行動はこんな感じだったんです。
「姉ちゃんが丸いお金を欲しがってる、わからんけど」
「自動販売機にお金入れたら丸いお金が出てくる、知らんけど」
「どうせやったら、僕が好きなコーラ買っといたろ」
こういう、ごく単純な、アレなんですけど。
お金の計算や両替はおろか、複雑な文章や指示、
大人が決めた常識やルールを、ちゃんと理解できていない良太が、
見よう見まねで、私の窮地を救ってくれたわけです。
24年間、よくわからん大人の中で生きてきた良太には、
「なんかよくわからんけど、こうしたらこうなる」という
経験則が蓄積されているということです。よくわからんけど。
ひと仕事終えた良太は、その後、バスで悠々と寝てました。
首が取れるんちゃうかと思うくらいガックンガックンなってて、
周りの小学生から笑われてたけど、意にも介さず寝てました。
すごいなあって、ただただ、それだけ。
だって彼と一緒に登校していた小学生の時、彼は私以上に、
まともに真っ直ぐ歩けなかったんです。
ずっとパーカーを着せられていたんです。
良太にしか見えてない何かを追って良太が道路に飛び出そうとするのを、
母や私がいつでもフードを引っ張って止められるように。
言葉も文字もわからない、思ってることが伝えられない、
そんな日常を24年間続けてきたけれども
少しずつ覚えた「見よう見まね」で、皆と楽しく生きてる良太。
誰に笑われても、憐れまれても、まったく気にしてない良太。
もぐもぐ食べ、すやすや眠り、健康に大きくなっている良太。
例えば、今この世界に、宇宙人が襲来してきたとして。
言葉も文化も通じない宇宙人に、人間がパニックを起こしたとして。
誰よりも早く彼らと共存するのは、良太だと思いました。
だって良太にとっては、それが今までの日常だったから。
きっとまた「見よう見まね」で、なんとかするのでしょう。
なんとかする、という自覚すらないままに。
そういう、世界レベルで強い人間が、身内にいたことに感動を隠せない。
「原因のないことに、何を悩んでたんだろう」と、
ストーンと何かが胸に落ちて、身体中から力が抜けました。
あの時、買ってきたコーラは、一口も私に、くれなかったけど。
両替とかじゃなくてただ飲みたかっただけじゃねえの、ってちょっと思ったけど。
宇宙人の襲来を願いながら旅を終え、今日も私は、元気に仕事をしています。
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