ハーメルンの笛吹女、京都に現る
人生を水飴のようにベロベロとナメまくって32年目の岸田です。
舐めすぎて、もうネトネト。
プッシュポップ状態。
どれぐらいナメてっかというと。
感染拡大中に、京都のド真ん中に引っ越しまして。
人はいねえが、寺はある。
静寂。知的。最高。
ちょっとした文化人、気取ってた。
3年前のインタビュー、つんつるてんの着物で、
「京極夏彦先生みたいに、京都で名作書いちゃったらどうしましょ」
とか言ってた。
この住みよさ、永遠に続くと思ってた。
禍(わざはひ)が収まっても、ちょっと人が戻るぐらいでしょって。
ナメてた。
今、皆さんもご存知、このざまです。
戻るわ、戻るわ。
戻り鰹かってぐらい、観光客がビッチビチと。
想像の十倍は、戻ってくるわ。
休日はまともに歩けないし、玄関では誰かしらビニール袋でえずき続けてるし、京極先生は京都在住ですらなかった。名前で判断しすぎ。
わたしという人間はなぜ……こんなにも……!
去年は地元民と余裕で見物してた祇園祭も、今年は
「一歩も外に出るな。絶対にだ。
巡業見たきゃ、テレビつけろ。
外からお囃子が聞こえても窓を開けるな。
できれば京都から出ろ。振り返るんじゃない!」
とか言われた。
奇怪な村の言い伝えかと思うじゃないですか。祇園祭を100倍楽しむ裏技だそうです。
楽しむとは……一体……!
ニュースでも連日、京都はタクシー不足って。
これはね、実は、乗れる。
アプリを使えば、呼べる。
んで、呼んだ。
「到着まであと5分」
待てど、暮らせど、来ない。
もっぺん画面を見たら
乗車してない。してないにも程がある。
運転手と通話ボタン押した。
「岸田さまは……今……後ろに乗っておられますが……」
むちゃくちゃ戸惑ってた。
いや、怖い怖い怖い!
ハッ。
これ、わたしが呼んだタクシーを、横取りされたんか。
「もしかして、岸田さまでは……ない……?」
バッカヤロー!そいつがルパンだ!
追え追え!
地獄の果てまでルパンルパーンしてインターポール沙汰にしてやろうかと思ったが、都会に甘えきった鈍足じゃ追えない。諦めるしかない。歯を食いしばった。
大通りでは、流しのタクシーを我先に止めようとする人々がひしめいていた。
流しそうめんのように道路の上流を奪い合ってる。めんつゆでめんつゆを洗う戦いが、昼夜繰り広げられてる。
あそこに混じったら、死ぬ。
というわけで、アプリでタクシーを呼ぶときは、奪われないように薄暗い裏路地へ呼び出し、すばやく運転手に合言葉(名前)を伝え、音もなくサッとドアを閉めるようになった。
修羅の都。
京都民は、不名誉にもイケズ呼ばわりされることがある。
かく言うわたしも、呼ばわってた。
過去に戻れるなら己を往復ビンタして戒めたい。
今ならわたし、わかるもの。
イケズになりたくてなる人間などいない。
古来より京都には、よそ者が多すぎる。
よそ者は軒先にたむろい、道をふさぎ、尿を散らす。
よそ者はアホなカーナビに騙され、行き止まりの“かに道楽”へ突っ込んでくる。焼きしめた八ツ橋でぶん殴ってやろうかと思い詰める家主もいるだろうが、相手は神社仏閣を参りにきた、純粋な観光客なのだ。
楽しんでいる客にストレートな物言いで、水を差すのも忍びない。京都民は葛藤している。
だから、ぶぶ漬けを出すのだ。箒を逆さに立てるのだ。泣きながらイケズ石を置いて回る京女が、わたしには見える。
優しさが人混みで腐った慣れの果てが、悲しき京都民だ。
知らんけど。
自ら選んで京都にきたのが、わたしである。
心を入れ替えよう。
混雑に愚痴をこぼすより、せっかく京都を訪れてくれた観光客をもてなそう。できればお金も使ってもらって、かに道楽に通じる道路を税金で封鎖してもらおう。
そういう気概を、最近は持ちはじめていた。
その矢先だった。
大通りで、声をかけられたのは。
「お姉さん、すみませーん!」
お、お姉さん!
甘美な響きに振り返ると、中学生男女が四人いた。
「あのー!場所わかんなくてー!教えてもらいたくてー!」
まあー、元気。
手には、青いしおり。
しゅ、しゅ、
修学旅行生だ!!!!!!!!!!!!
県外民からは京都民扱いされ、京都民からはよそ者扱いされ、人間にも山犬にもなりきれぬもののけ姫みたいな岸田が、密かに夢見ていたこと。
修学旅行生に!!!!!!!!!!
頼られたい!!!!!!!!!!!
突然のチャンス到来に、浮き足だっちゃって。
「ん、ちょっと待ちな」
自転車止めて、降りて、こう、足組んでサドルにちょっともたれる的な、気だるげな感じを演出。京女のデータベースが貧弱すぎる。ニューヨークで出されるジャパニーズトラディショナルスパム寿司みたいになってる。
「このホテルに集合なんですけどー」
知らない旅館だった。
「ちょっと待ちや、住所見せてんか」
しおりの住所を見せてもらった。
あー、はいはい。御池通りの、
「あー、はいはい。御池通りをね、トコジで上ったところね」
圧倒的な、こなれ感。
満を持して、
「京都は碁盤の目やさかい、通りの名前だけでわかるんやさ」
ドヤァ!
無理くり京都弁をひねり出したせいで、語尾にいくよくるよ師匠の残留思念を宿してしまったが、ドヤァ!
「へー!」
修学旅行生は素直だった。
道を伝えようとすると、不安げな顔。
「ついでやし、一緒に行こか……?」
「いいんですか!ありがとうございます!」
班のリーダー的な責任を背負ってそうな男子が、元気に答えてくれた。なんて気持ちのいい若者でしょう。
ほなウチについてこいや!って感じで。
姉御を気取り、意気揚々と歩き出す。
小粋なトークも軽快に交えながら、
「きみら中学生?」
「はい!」
「どこの?」
「静岡です!!!」
わあー、元気。
「時間内に戻れないって焦ってたんで、よかったです!」
なー、それなー、と、口々に言い合ってる。
スマホもタクシーも使わず自由行動とは。
中学生なのに、たいしたものだ。
姉御、泣きそうになった。
感動もあったけど、それよりも。
わたし、本当は、道を知らんのである。
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