ヘラジカのティータイム(もうあかんわ日記)
毎日21時更新の「もうあかんわ日記」です。もうあかんことばかり書いていくので、笑ってくれるだけで嬉しいです。日記は無料で読めて、キナリ★マガジン購読者の人は、おまけが読めます。書くことになった経緯はこちらで。
イラストはaynさんに描いてもらいました。
今日は、例のボルボの点検のようなアレで、西宮にブイブイしにいった。
免許を持っていないわたしも、「運転とかで腕に力いれたら、塗ってる胸がガパァッていくかもしれんで」と先生に脅されている母も運転できないので、徳の高い知人に頼みこんで運転してもらった。
12月のボルボ納車以来、ディーラーにお邪魔するのは初めてだ。
手で運転できるように車を改造してくれる工場を探して、兵庫県中を走りまわってくれた、山内氏の活躍が懐かしい。
「みなさんのおかげで、なんか、あの、インターネットの、グランプリもらったんですよ!グランプリですよ!」
「すごいんですよ、世界中から応援してもらって、ビルマ語とか、何ヶ国語にも翻訳されたんですよ!え?ビルマの竪琴じゃないですよ!」
などと言いながら駆け込みたかったが、もうここには山内氏はいない。
山内氏どころか、われわれとボルボの物語を知る者すらいない。なぜならば、ディーラーをフランチャイズっぽく運営していた会社がボルボから撤退したからだ。ボルボを愛して山内氏は、今はアウディで働いているそうな。
次は絶対、アウディを買うから、待っててくれよな。
ということで、ボルボはボルボでも、ここはまったく新しいボルボなのだ。
まあ、そんなことは関係ないくらい、みんな優しいし、特大エルクくんはかわいいんだけどね!
エルクくんはヘラジカのキャラクターだ。なぜヘラジカかというと、ボルボが頑丈なのは森で出くわすヘラジカにぶつかっても安全なようにできているかららしい。ヘラジカに優しいんだねと感動したが、そうでもしないと車は余裕でヘラジカに押し負けるし、なんならヘラジカは無傷だそうな。ヘラジカつよい。
調子の悪いドライブレコーダーを付け替えてもらうことになったので、一時間ほど待った。
「お待ちの間、お飲み物をどうぞ!」
優しいお姉さんがメニューを持ってきてくれた。コーヒーとか紅茶かなと思ったら、ストロベリーラテとか、さくらラテとか、カフェ並みのおしゃれメニューがあって「いいんですか……?」と聞き返してしまった。
ボルボのロゴ入りの、いい感じにちょっと重たくて、コロンとしたフォルムの白いマグカップを片手に、マガジンラックに置いてあったおしゃれな北欧雑貨の本を読む。
ていねいな暮らしすぎて動揺しながらも、願わくばここに住みたいと思った。
ストロベリーラテを飲み終えてしばらくすると、お姉さんが「よかったらもう一杯いかがでしょう」と微笑んでメニューを持ってきてくれた。
頭の中から、アウディが猛スピードで走り去っていき、代わりにボルボが停車する。ごめん、山内氏。
片づけられていく空のマグカップとグラスを見ながら、唐突に思い出したことがある。十年前に亡くなった父の母、パパばあちゃんのことだ。
夕飯が終わると、パパばあちゃんはいつも、食卓に水の入ったグラスを持ってきた。薬を飲むためだ。
すると父は決まって「よう見とけよ、獅子舞になるからな」と、わたしと母に耳打ちするのだ。
最初はわたしも母も、なんのこっちゃと思っていたが、見てみると、パパばあちゃんは錠剤の薬を口に放り込み、すぐさまグラスから水を流し込んだかと思うと、頭をブルブルブル!と左右に大きく振るのだ。
その迫力に、しばし言葉を失った。紛れもなく獅子舞であった。
聞けば、パパばあちゃんは薬を飲むのが大の苦手で、そうやって頭を振ると、薬の苦味よりも振動が競り勝ち、苦味を感じないまま喉の奥に薬が落ちていくらしい。そんなわけあるか。
そうこうしてる間にドライブレコーダーの付け替えが終わり、とても丁重に見送られて恐縮しながらも、われわれは次なる目的地、タイヤ館へと車を走らせた。
スタッドレスタイヤから、普通のタイヤに履き替えるからである。
今日知ったんだけど、タイヤって付け替えじゃなくて、履き替えって言うんだね。かわいい。車が玄関で、タイヤを脱ぎ脱ぎしている光景が目に浮かぶ。がんばれっ、がんばれっ。
さっきのボルボのディーラーと比べると、タイヤ館は実に庶民的で、ものすごく落ち着いた。あっちがホテルならば、こっちは実家である。
飲み物はすべてセルフ式で、コーヒーとココア。ボタンひとつでジャバジャバと勢いよく注がれる。現場の厳しい親方が、休憩時間中に「ほら、新入り、好きなの選べよ」と投げてよこしてくれる缶コーヒーのごとき親しみがある。
マガジンラックには北欧雑貨の本などというしゃらくさいものは一切なく、デーンと漫画「ドカベン」と「島耕作」の総集版が鎮座していた。しかも「島耕作」はサンライトレコード出向編である。東京タワータンゴのくだりで人生何度目かわからない涙を静かに流してしまった。
ちなみにわたしは中沢部長を心の底から敬愛している。小学2年生のとき、父にねだって買ってもらったこち亀の全既刊を光の速さで読み終え、漫画に飢えて飢えて飢えたすえに父の本棚をあさり、島耕作を見つけて読破した。父からはしこたま怒られたが「中沢部長が好き」と言うと、父の表情がコロリと「お前わかっとるな」風に変わった。それ以来、父は出張のたびに島耕作の新刊を買って、わざとわたしに見つかる場所に置いてくれたのだった。島耕作の娘の名は、わたしと同じ、奈美である。
少々、熱くなりすぎてしまった。
お会計を終え、タイヤを履き替えたボルボに乗って、車の窓から町を眺めた。
どうして今日は、父やパパばあちゃんのことを思い出すのか、わかった。
西宮は父が育ち、生まれた町なのだ。住んでいる場所は、甲子園球場の隣にある久寿川で、父が大好きでオフィスを開いたのが夙川、毎年家族で訪れるのは西宮戎神社。このあたりには、父が手がけたリノベーションの部屋もたくさんある。
母が車に乗れるようになったら、ひとつひとつ、またゆっくり、巡ってみたい。
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パパばあちゃんの話をしたなら、パパじいちゃんの話もしなければならない。
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週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。