天井から今も雨が降り続いている人間の記録(漏水ビチョビチョ日記)
いつもキナリ★マガジンを読んでくれている人へ、お詫びがあります。
本当なら今ごろここでは、予告どおり、家族でホノルルマラソンを走りきったエッセイを書く予定でした。めずらしく短編小説を書く予定でした。
今月中にあと3本、書く約束だったからね。
でも、もうね。
なにをどーやっても書けへんのです。
かんにんや、かんにんしておくんなはれ……。
部屋が、汚水でベチョ濡れになったからです。
天井ですか?
ありません。
今、わたしの家、天井、ありません。
汚水が、なんか、ドバーッて……なって……。
最初はやべーやべーって、引き笑い気味で対処してたんだけど、なんかもう、さっき、急に立てなくなって、汚水の中でうずくまりながら、めちゃくちゃデカい声で泣いてしまった。32歳なのに。情緒の天井も抜けた。
そしたら、話す言葉が、急に出なくなって。
びっくりした。
まともにしゃべれないんですけど、なんか、書くことはできるので、書きます。
楽しみにしてくださってた読者さんには申し訳ないんですが、すべての予告をいったん白紙にして、ついさっき起こった、目の前のことだけ、書かせてください。
一人で抱えてると、おかしくなりそうなんで、笑ってください。
笑ってくれたら「そうだな、もう笑い話だよなこれは」と、思えるような気がします。未来のわたしを救ってください。
(0日目)12月17日 20:00 - はじまり
もう3日間、熱が下がらん。
39度から37度をうろうろ日8:00 - 大量漏水
“ポチャ ポチャ ポチャ ポチャ”
って音で、目が覚めた。
頭いたい。目ぼやける。顔あつい。
まだ高熱あるわって、ガッカリした。
しかも、雨かよお。
踏んだり蹴ったり中臣鎌足で、起きる。
「え」
天井から、水が降っていた。
「え、え、え」
ぞーきん5枚ではどうにもこうにもファインディングニモ的な水の量。雨漏りというレベルではない。もはや雨。
頭が真っ白になりながら、とにかく、台所からフライパンとボウルを持ってきて、床へ置く。
置いた……ところで……?
そしたら、対角線上の天井裏から
ゴボゴボッ!
シュポーッ……
ビチャビチャビチャビチャーーーーッ!!!!!!
も、も、も、森の恵み!!!!!!!!!!!!
雨を超えてスコールかと思う量の水が、天井から降り注いできた。
尋常じゃない。
こっちだって、三十路こえた大人なんだから、いろんなものを漏らしてきたわけ。水筒だって、体液だって、雨水だって、情報だって。たいていのものは漏らしてきたんだから、今さら生娘みたいにうろたえるわけないって。
うろたえた。
人類史上、初めて雨を見た瞬間ぐらい、うろたえた。
しかも、ほら、熱あるから。足がもつれて。しゃがんだら、フライパンにたまった水が、泡立ってんの。洗剤だわこれ。お母さんっていい匂い。
「あ、これ洗濯機の水か……」
もう一個のボウル見たら、
黄色いの。
で、くっっっっっっっせえの。
犬ってか、そう、濡れた犬を、さらに二度漬けした臭いがする。
もしかして……
ぜんぶ、溜まってる水の種類、ちがうぞ。
わずか数分にして自宅で汚水ドリンクバーが誕生。わけわからん。きつい。ただ、ひたすらに、きつい。
つまりこれは、誰かが使用した水、ということである。
汚水だ。
とりあえず、管理会社に電話した。
(1日目)12月18日8:50 - 管理会社に電話
こない。
誰もこない。
つらい。5分でフライパンが満杯になる。
そのフライパンも、わたしが7700円で買ったばかりの“栗原はるみモデル”の印籠的フライパンである。本当なら今ごろ塊肉チャーシューを焼くために生まれてきたはずのフライパンたちが、くっせえ水をひたすらに受けている。
その水を、ひたすら、わたしが捨てている。
本来ならば水道が果たす役割である。わたしは水道。かっぱ寿司の地下で働いているかっぱたちのことを思う。
な……なんで……?
しびれをきらし、管理会社にもう一度電話した。
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