続かないアルバイトの思い出(旅館・スパゲッティ屋編)
これまで6つのアルバイトを経験してきたが、そのどれもが、まともな結末を迎えなかったように思う。
温泉旅館の皿洗い、全国チェーン展開しているスパゲッティ屋の配膳、甲子園球場のドリンク売り子、医者が集まるシンポジウムの誘導、レンタルビデオ屋のスタッフ、個別指導塾の講師。
アルバイトをしなくなってもう10年近く経つが、いろいろやってきたもんだなあ、と感慨深い。いまも求人情報誌を眺めては、立派に働いている自分の姿を思い描くのが趣味だ。
実際、立派どころか「立つ鳥あとを濁さず」ではなく「這う亀あとを毒沼に化す」を地で行っていた。何もかも、ままならない。
わたしの地元の近くには古くから温泉街があり、電車に十五分も乗ると、山奥に旅館がひしめきあっていた。
高校生のときである。
当時、その温泉街ではミスコンなるものが開催されていて、わたしの友人が予選に合格した。彼女の家は四方が田園と老婆に囲まれており、携帯電話の電波も入らないほどの秘境だったし、そもそも相応に芋々しかったわたしたちは「ミ、ミスコン……!?」という聞き慣れぬ横文字に心が踊った。
しかも最終選考で彼女が勝ったというのだからもう、田舎の娘たちはお狐さまの降臨のごとく盛り上がった。まさか友人からミスコン受賞者が出るとは。
興奮してすぐにお祝いを伝えると
「いやいや、そんなにすごくないねん」
「すごいよ!あんためっちゃかわいいもん、そりゃ優勝やわ」
「うーん……でも、優勝っていっても十二人いるしな」
ミスコンの優勝、十二人もいた。
そもそもこんなド田舎で新しく立ち上げるローカルミスコンで、十二人も選ぶとは、倍率なんぼなんだ。モンドセレクションか。困惑したが、彼女が美しく、愛らしかったことは間違いない。おめでとう。
ノスタルジックな温泉街で着物を着て、受賞の証であるたすきをかけ、観光客に笑顔で手を振る彼女にあこがれた。そして芋々しい(ポテポテしい)わたしは思った。
わたしも、着物を着て、温泉街で働きたい。
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