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弟は笑えない

家族写真をくださいと言われ、困っちゃう時がある。

記事やポスターを作ってもらう時なんかに、ホイホイ送ってみれば、

「すみません、別の写真はありませんかねえ?」

申し訳なさそうな返信がくることはめずらしくない。

「別の写真ってーと」

「弟さんが笑ってる写真で、どうかひとつ」

やはりか。やはりそうきたか。岸田家の最大とは言わんが、中くらいの難題がここにある。弟が笑っている写真は枯渇している。

岸田家の集合写真に鎮座する弟は、たいがい仏頂面なのだ。

ジャングルの奥地で発見された、人面岩にザブングルを憑依させたような顔で写っている。これはもう彼が生まれた時からずっとだ。

われわれとて、ボンクラではない。

あの手、この手を使って、カメラの前で弟を笑顔にさせようと、奮闘の日々を送ってきた。時にはおもちゃで、時にはショートコントで、弟の笑顔をいただきにかかった。

スタジオアリスが日本を席巻するよりも早く、スタジオキシダは暗躍していたのである。ところでスタジオアリスっていつ創業でしたっけ。えっ?1971年?ああ、そう、そんな前から……いえ、なんでもねえです、うちみたいな素人が滅相もございやせん、カメラだって浜崎あゆみにつられて買ったしがないLUMIXです。

それでも弟の笑顔は撮れない。

大人になってからも、仏頂面にますます磨きがかかり、その熟練度は頂点に達して、今やこうなってしまった。

なんですのん?

どんな顔かと言われれば、なんですのん?としか言えない顔。早いところが、おちゃらけた変顔をするようになった。

この写真はまだ良識のある顔で、あまりの衝撃映像にとても載せられないパターンとしては、顎と下歯を突き出し、猪木のゾンビみたいな顔をすることも増えてきた。

いよいよ弟が笑顔で写真を撮ることは、絶望的となってきた。もうだめだ。岸田家の家族写真では、弟が仏頂面がデフォルトとなるのだ。

そしていつしかネットでこたつ記事を書かれ、

【悲報】ドラマにもなった家族の幸福は嘘だった!弟は無言の抵抗!

などというタイトルとともに、写真の弟がドアップで加工されて「全然笑ってないの草」「目は口ほどにものを言う」と囃し立てられるのである。

致し方あるまい。それほどまでに弟は、写真が嫌いなんだろう。

わたしは諦めた。

しかし、真実とは、諦めた頃に姿を表す。赤ちょうちんの店の暖簾を「やってる?」なんて言いながら、我が物顔でヒョコッとくぐってくるのである。


11月初め、わたしと母と弟は、神戸港に集まっていた。

家族でCM撮影という、盆と正月が一緒にきたかのような大役を賜ったからである。撮り終えたあと、愛車とともに記念撮影をした。

岸田家とボルボが大集合。どこからどう見たっていい写真だけど、案の定、弟は真顔でうつむいている。

「良太さーん!笑ってくださーい!」

カメラマンのお兄ちゃんが、弟に手を振る。

だめだろうなと思っていたが、この時の弟は、一味違った。なんだか機嫌がよかった。CM撮影の難しいシーンで、おもっくそチヤホヤされたからだ。

「あっ!」

カメラマンが、なにかを察してファインダーを覗きなおす。わたしと母はギョッとした。えっ?えっ?その反応ってことは、良太、笑った?

見てみたい。でも見れない。
前を向いていなければならないので。

「はいっ、チー……ズ……うーん、いや……これは……」

迷っている。カメラマンが迷っている。辛抱たまらず、わたしと母は同時に、弟の方を見た。

えっ?


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週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。