
歯医者の付添いの味
弟を歯医者に連れていくこととなった。
ハミガキ無精がたたって小さな虫歯を作っては埋め、作っては埋めしている万年工事中の姉とはちがい、弟はハミガキでもうがいでも、たっぷり時間をかけてやる。
だから歯が痛いということはないのだが、夕食の席で母がふと、
「良太……歯、ちっちゃなってない?」
と箸を止めて言った。
もともと小粒な歯をそろえている弟は、茶碗の白米を飲むようにペロンチョしていた。
「そうか?こんなもんちゃうの」
「気になるわあ。もう何年も歯医者行ってないし、ちょっと診てきたってや」
診てきたってやって、そんな、田んぼみたいに言われても。
いい歯医者を見つけるというのは、なかなか骨がボキボキに折れる。いい歯医者を知ってるかどうかで、人生の幸福度がだいぶ違うような気がする。
大阪にひとりで住んでいたとき、GoogleMapを頼りに飛び込んだ歯医者はやばかった。古い設備で、老いた院長がひとりで切り盛りしていて、ドリルを持つ手が小刻みにふるえていた。
年とると仕方ないよねと自分に言い聞かせたが、給湯室のような一角に『鬼ころし』の空パックがあったのを見て戦慄した。酒をストローでいきはじめたら、終わりの始まりである。抜かなくていい親知らずをノリで抜かれた。
弟の場合は、ダウン症ということもあって、ええ塩梅で対応してくれる病院はさらに限られそうだ。
弟の運命を憂い、いくつかの口コミサイトを見てみたが、たいがい、どこも良さそうに見える。祈るような気持ちでひとつを選び、予約をとった。
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