カチコチでダバダバでちっちゃな新生物と暮らす(もうあかんわ日記)
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カチコチでダバダバでちっちゃな新生物と暮らす(もうあかんわ日記)

毎日21時更新の「もうあかんわ日記」です。もうあかんことばかり書いていくので、笑ってくれるだけで嬉しいです。日記は無料で読めて、キナリ★マガジン購読者の人は、おまけが読めます。書くことになった経緯はこちらで。
イラストはaynさんが描いてくれました。

おかげさまで京都の河原町の家に住むことができそうだ。

海外からの観光客が押し寄せてきたら、自宅の前は芋を洗うベルトコンベアとなり、ひとたび買い物にでも出ようもんなら作家業のやわな人間など藻屑の一片と化すが、日本の経済が爆回転するのを見れるならば、受け入れようではないか。

いくつかの物件を見てまわるとき、わたしの視界には母がくっきり浮かぶ。落ち着いてほしい、母は死んでないので、霊の類ではない。拡張現実(AR)みたいに、いつのまにか母が景色に馴染むのだ。

「車いすに乗っている母が利用できるか」

初めて訪れる場所では、無意識に想像している。

車いすに乗っている人といっても、それぞれぜんぜん違う。同じくツッコミを生業とする人でも、どつきツッコミと無視ツッコミでは行動からして全然違うし、ネタも相方も変わる。わたしが好きな伝説のツッコミは上田晋也氏の「阿藤快と加藤あいくらい違うよ」だ。しびれるぜ。

それと同じで、車いすに乗っていても、ちょっと歩ける人もいれば、母みたいにまったく歩けないし力すら入らない人もいるわけで。

前者は部屋の廊下の幅が車いすより狭くても、手すりがあればつたい歩きができるが、後者は無理だ。そもそも手すりすらいらん場合もある。うちは12年前によくわからず「バリアフリーにしてくださいな」と大工さんに頼んだら、一度も使われないまま朽ちている手すりが二本も風呂に爆誕してしまった。

ちょっと話変わるけど、ユニバーサルデザインやバリアフリーを「誰もにとって便利で快適で安心なもの」と説明する人がいるし、わたしもかつてそうだったが、今は「そんなもんねえぞ」と言いきる。

点字ブロックは視覚障害者にとって便利で安心だが、でこぼこしているので車いすやベビーカーを使う人にとってはガタガタして不便だ。

だれかにとっての便利は、だれかにとっての不便。だれかにとっての幸せは、だれかにとっての不幸。

そんなわけで「誰もにとって便利で快適で安心なもの」ではなく「前向きな諦めと、やさしい妥協と、心からの敬意があるもの」だと、わたしは思う。そりゃみんなにとってパーフェクトなものを、人類は目指さなければいかんのだけど、何億光年かかるわからん。諦めと妥協と敬意は人にしか持てない、強い意志だ。

この話をしはじめると熱くなってしまうのだけども、なにが言いたいかっていうと、母が利用できる家や店を探すのは、けっこう難しいのだ。

持ち家ならなんぼでもトンテンカンテンしたらいいけど、賃貸じゃそうもいかない。

10cmの段差はむりだけど、5cmの段差ならひとりで車いすの前輪を浮かせて乗り越えられる。なので「玄関に段差なし」という物件を指定すると、本当は候補に入る物件までリストから消えてしまう。

洗面台やシンクの下に物置きや棚があると、車いすの足が入らず近づけないので、手が洗えない。意外とシステムキッチンだとミッチリ詰まっちゃうので、リノベーション系の水道管むき出しの方が広かったりする。

スイッチの位置は、高くても棒を使ったり、遠隔操作できる器具をあとからつけたりするので、なんとかなる。

と、こういう具合に、一言で表すことができない。幅や高さのcm的にはNGでも、ちょっとした旋回スペースがあれば、例外的にいけることも。本人または家族や親友に同じ状況の人がいて、物件を直接見て、やっと気づける細かさである。

非効率的すぎるので、なんか、生物をつくりたい。

さすがに生きてるものを作ると鋼の錬金術師的な課題が発生するので、想像上のイマジネーション生物的な。立体映像でもいいけど。

車いすくらいの背の高さで、全体的にかっちこちで小回りがきかなくて、手足がダバダバしてて、よく転んでちょっと愛らしい、小さななにか。そういうイマジネーション生物を、そのへんに放しまくって住まわせていれば、誰でもホッコリしながらいつのまにか、そういう視点を身につけられる。かわいい。願わくばモコモコであってほしい。

一人で電車に乗っていると、そういうことばかり思いついてしまう。

今日は物件のことをいろいろやったあと、母のちょっとしたリハビリにつきあって、外へ散歩しにいった。

帰ってきたら、ちょうど時同じくして作業所から帰ってきた弟から「ばかたれ!」とわたしだけが叱られた。

ばかたれなんて言葉をどこで覚えたのか驚愕したのち、なんでそんなこと言われなあかんねんと怒りがふつふつとわいてきて、あわや乱闘かと思いはじめたとき。

「ママ、びょーき!そとあかん!」

わたしが病気の母を連れ回していたように見えたらしい。

母が「ママは大丈夫やで、ありがとう」と言うと、弟は「ああ、ほんまか。よかった。だいじょぶか?じゃ、おきなわ行くか?」と答えた。

沖縄はまだ行けへんな。

散歩ついでに買ってきた、やまがきのおいしいお肉を、今日はみんなでいただいた。アグーもいつか食べたい。「手術でお世話になった牛さんが」「間違えてた豚さんが」と数日前までアワアワしてた母は、見違えたようにぱくぱく食べていた。


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お昼は、母とばあちゃんと、豆狸のいなり寿司を食べた。

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岸田 奈美

手術終わって元気になって帰ってきた母と、うまいもん食って、きれいな海を見に行きます。毎月、家族で楽しく暮らすいろんなことに使わせてもらっているので、使いみちはnoteで紹介します。

ハイパーMAX大吉!うらやましい!
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