『陣内智則の動画を見るためだけのワールド』に迷い込んで孤軍奮闘した
ずっと憧れだったVRChatをはじめた。
バーチャル空間で自分のキャラクターを動かし、自由に多人数でおしゃべりができるというやつである。
ヘッドセットと両手コントローラーを使えば、まるでその世界にいるように動き回れるのだ。来てるな〜〜〜、未来!
4万円近い機材を買ってまで、わたしがVRChatをはじめたのは。
友だちがほしかった。
小学校、中学校、高校と、連絡をとり続けている友人がひとりもいない。明けても暮れてもパソコンばっかやってたせいである。
しかし、慎重にならねば。
2ちゃんねるに初めて書き込んだ日も、設定をまちがえたせいで常連たちから「半年ROMれ(意訳=わからないなら黙って見てろボケ)」をくらった。
高校デビューの初日で、大失敗するようなもんである。
まずはあわてず、VRChatに慣れることから……!
ヘッドセットとコントローラーをつけ、わたしは仮想空間へ飛び込んだ。
VRChatにはたくさんの「ワールド」という部屋がある。
どこへ行こうかと悩んでいると、一点で目が止まった。
『陣内智則の動画を見るためだけのワールド』
陣内智則の……
動画を……
見るためだけの……
ワールド!?
ワールド名も説明も英語だらけのVRChatのなかで、見慣れた、いや、見慣れすぎた言葉に釘付けになった。
ほかのワールドだと、なにを話したらいいかわからないが、ここだけは火を見るより明らかだ。
陣内智則の話をしたらいいのだ。
わたしは一旦、ヘッドセットを脱いだ。
高校デビューの鉄則を思い出すのだ。自分から明るく話しかけること、無理してるように見えないこと。
陣内智則の勉強をしたらいいのだ。
陣内智則トークにスッと入り、盛り上げられるような知識を仕入れなければ。
『陣内智則のネタジン』というYoutubeチャンネルで、おびただしい数のコントが公開されていた。神チャンネル。
名作コントは数あれど、その中の『英会話』を見たとき。
涙が出てきてしまった。
もうこれはコントではない。故郷だ。
黄金期の『エンタの神様』をリアルタイムで観ていた。わたしは小学生だった。放送の翌日は、みんなで陣内智則のコントをマネした。
「あれはナンシーですか?」
「いいえ、あれは下駄箱です」
田んぼより、里山より、青空より、心に訴えかける原風景。陣内智則のコントは、もはや故郷である。
一通りコントを見終わり、わたしなりに好きな順位もつけた。
さあ、いざ、VRChatへ!
と、思ったが、不安になってきた。
わざわざ陣内智則の動画を見るためだけのワールド、と銘打ってるくらいである。中にいるのはきっと、陣内智則の動画だけを何十、何百回も見て、それを肴に会話の華を咲かせている猛者たちのはず。
陣内智則のコントを見ただけで、彼らと渡り合えるだろうか。
陣内智則の研究をしたらいいのだ。
ウン十年ぶりに友だちができるかどうかの瀬戸際に、努力は惜しまない。わたしは陣内智則がMCを務める番組や、SNSの発信まで手を広げた。
「陣内さんが久しぶりに披露したネタが番組でスベッたときはどうなることかと思ったけど、盛大にいじられたおかげで『ネタをする陣内智則』自体がミーム化したのは素晴らしいですよね。下駄箱の頃から彼はミームを作る天才ですよ。オールザッツ漫才のMCは陣内さんの時代が本当に良かった。上手に進行するだけでなく、あわてても、スベッても、その光景自体をパワーワードにしてやるという執念じみた本能。でもその本能を活かすための嫌味のない呼吸を育てたのは、関西ローカル『なるトモ!』の功績やとわたしは思います」
深夜まで陣内智則を追って、このような持論を立ち上げた。
いける。
これでいける。
わたしは確信を持って、足を踏み入れた。
念願の『陣内智則の動画を見るためだけのワールド』に……!
ワールドは、ガランとした体育館のようなつくりだった。
前方に大きなスクリーンと、音量などを調節するパネルがある。
そして20人ぐらいがスクリーンを見上げるようにして、たたずんでいるか、這いつくばっている。陣内トモノラーのみなさんだ。
わたしは一歩、一歩、確かめるように近づいた。
あいさつは「えー、機長です。みなさんこの間は、なんかほんま、すんませんでした」に決めていた。陣内智則のコント『飛行機』のあいさつだ。わたしの予想では「なにしたんや!(笑)」と返ってくるはずだ。
会話している人たちに近づくと、声がだんだんと聞こえてくる。
英語だった。
英語だが、一単語も聞き取れない。超早口で、スラングらしきものを交え、ドッカンドッカン笑っている。機銃掃射のような会話である。
ネイティブ英語だった。
ジブリ、ガンダムと続いて、日本が誇る陣内智則カルチャーが世界進出したのかと思ったが、違った。
たぶん全然、関係ない話をしている。
呆然としていると、かわいらしい猫耳がついた少女のキャラクターが、こちらにタタタッと走ってきた。
あっ、陣内トモノラーが迎えにきてくれたんだ!
「HENTAI! OTAKU! HENTAI!」
耳を疑った。あいさつどころか突然、変態とオタクを連呼された。組み合わせとしては悪意の部類である。
恐怖を感じたが、ハッと思い直した。
きっと、それしか知ってる日本語がないのだ。フジサン、テンプラ、ハラキリと同列だと勘違いしてるだけで、友だちになろうとしてくれている。
「Kiss my ass! Kiss my ass!」
黙ってると、連呼する言葉が変わった。わからなかったので、スマホのGoogle 音声翻訳をスピーカーに近づけた。
「私の尻にキスしろ」
シンプルな悪意である。
突っ立っていると、遠くから「HENTAI! HENTAI!」と連呼する子どもの声と、走ってくる犬のキャラクターが見えた。この野郎、仲間を呼びやがった!
無視をして、逃げることにした。
逃げた先に、また一人いた。クレヨンを持っている。
VRChatでは、空中にクレヨンで絵を描けるのだ。来てるな〜〜〜、未来!
速攻で胸に乳輪を描かれた。
あかん。
はやく、はやく陣内智則を見たい。故郷にかえりたい。
前方のスクリーンを見る。無法者以外のほとんどの人は、黙って見上げているのだが、肝心のスクリーンが真っ暗である。なにも映っていない。
検索してみたらワールドのよくある不具合だという。「Resync(再同期)」というスイッチを押せば、映し出されるらしい。
スイッチ、スイッチ……!
キッズたちから逃げ回りながら、見つけた。これだ。
押した。
スクリーンがパッと明るくなり、映し出された。
マッチョの陰部の大写し動画が。
みんな、マッチョの陰部の大写し動画を見ている。20人も。黙って。なんで。どうして。
スクリーンの下のパネルに、切り替えスイッチがあった。これでYoutubeにつないで、陣内智則の動画を流せる。
すると、
「F**k!!!!!!」
背後からものすごい勢いで罵られた。わたしが操作をミスッて、動画が停止してしまったらしい。
「ソーリー……アイム ソーリー……!」
飛び退いて謝ったが、なぜ、なぜ、わたしが謝らなければならないのだ。期待をブチ壊され、困惑が臨界点を越え、猛烈に腹が立ってきた。
『陣内智則の動画を見るだけのワールド』は、『マッチョの陰部の大写し動画を見るだけのワールド』になっていた。
大義は、ワールドについた名前に宿っているはずだ。
守らなければならない。
わたしたちの故郷(陣内智則の動画)を。
マッチョの陰部の大写し動画を流そうと、バナナ男のキャラクターがパネルに近づいてきた。
触らせてはいけない。わたしは、なにもわからないフリをして、パネルの前に立ちはだかった。
バナナ男がなにかを汚く叫びながら、手を伸ばしてくる。
わたしは、コントローラーを持った両手を、ウワアアアアァァァッと振り上げながら防衛した。できるだけハデに。できるだけ、視界を邪魔するように。右手を振って!左手を振って!顔を狙え!そうだ!
AWAODORI……!
完全なる阿波おどりの舞だった。阿波おどりなど一度も習ったことはない。しかし、わたしという日本人のDNAに刻まれていたのだ。世界よ、これが、日本の祭だ……!
孤軍奮闘の防衛戦である。
「日本の人は、日本の人はいませんか!?」
阿波おどりを繰り出しながら、勇気を持って話しかけてみる。誰か、誰かいないのか。声に応えて……一緒に戦って……!
いなかった。
そもそもVRChatに戦う機能などないので、虚しくもスクリーンにはマッチョの陰部の大写し動画が返り咲いたのであった。
最終的にわたしは追ってきたキッズに囲まれ、でっかい乳輪を書かれ、VRChatの世界を後にした。
ただ陣内智則にそこそこ詳しいだけの女に成り果てたわたしは、Twitterに負け犬の遠吠えを投稿した。
すると、ニッポン放送の吉田尚記さんことよっぴーさんからLINEが届いた。
「トラブルに巻き込まれてしまいましたか……今のVRChatは、最初に友だちに案内してもらえるかどうかが大切なんですよ」
VRChatをだいぶ前からやっているよっぴーさんは教えてくれた。
わたしは呆然とした。
友だちをつくるためにVRChatをやりたいのに、その友だちが必要だなんて。初期のmixiの招待を誰からももらえず、泣いた過去を思い出した。
めそめそしていると。
「よかったら、案内しますよ!」
「えっ」
「何人か集めて、岸田さんの歓迎ツアーもやります!」
友だちができた。
ほしかったものは、本当ずっと、わたしのそばにあったのだ。
みんなで車に乗って、ドライブしたり……。
湖畔でカモにエサをあげたり……。
海の見えるヴィラでDJしてもらいながら踊ったりした。
みんな優しくて、とても楽しかった。何度目かわからない涙が出た。
VRChat、最高!
(完)
おまけの後日談と伏線回収
なぜ『陣内智則の動画を見るためだけのワールド』があんなことになっていたんだろう。
あまりにも恐ろしい体験がこびりついてしまったので、漫画家の山本さほさんとpodcastの収録をしているときに「こんなことがあって……」愚痴をこぼした。
山本さんはゲラゲラ笑いながら聞いてくれた。
「それってたぶん、こういうことじゃないですか」
ここから仮説がはじまった。
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