病院送り・ダ・カーポ
母が総胆管結石で深夜に緊急入院した。なんやかんやあって、手術室に入ったのはお昼だった。
「呼ばれた!15分後に手術室や!」
病室で待機していた母から、LINEが届いて知った。
感染症対策で、わたしは病室に入れないのだ。
昨年までの命にかかわる手術とはちがい、ギリギリまで実況してくれるのだが、母なりのサービス精神だろうか。
手術着のことを、衣装と言っていた。女優か。
どうやら、緑色の入院着から、青色の手術着に着替えたとのこと。
ハッ!
最初、母の顔は黄色くなっていた。それから緑色の入院着をまとい、いまは青色の手術着。
“世界”の法則を、“完全”に、“理解して”しまった……!
「このままいくと、紫色とピンク色を経て、もとの肌色に戻るから大丈夫や!」
「そうかあ」
そこで麻酔を吸わされたであろう母のLINEは、途切れた。
母が手術をしている間、わたしは足りない入院用品を買いに行くため、街へ出た。気持ちの良い、秋の昼下がり。
電話が鳴った。犬の保育園からだった。
うちのトイプードルこと梅吉は、留守番ができない。どこへ行くにも、何をするにも、家族のあとをついてまわり、風呂やトイレなどで追跡を遮られるとこの世の終わりかと思うほどのキュンキュン泣く、ストーカー犬である。
ゴミ出しはおろか、買い物すらできないので、母が帰ってくるまでは週に2度か3度、保育園で梅吉を預かってもらうことにしたのだ。
そこは広いお庭でのびのびと犬を過ごさせてくれるし、やさしいスタッフさんたちもいるから、わたしたちは気に入っている。
「あのォ、梅吉くんのことで、ご連絡がありまして」
「お世話になっとります」
「梅吉くんがですね、あの、ゴールデンレトリーバーに、なんというかその」
「はい」
「ケンカを売りにいってしまって」
「ケンカを!?」
「おとなしいゴールデンレトリーバーなんで、最初は梅吉くんのことも相手にしてなかったんですが、梅吉くんがケンカを売り続けてしまい」
「売り続けて!?」
「いそいでスタッフが止めに入ったんですが、ゴールデンレトリーバーが、こう、ぺいっと梅吉くんを前足でよけたら、梅吉くんの頬に爪で傷がついちゃって」
本当に申し訳ありません、と電話口でスタッフさんが謝った。
いやいや、むしろこっちが、謝りたいぐらいである。スタッフさんがついて、ほかの犬と一緒に遊ばせてくれるところも、この保育園の良いところなのだから。
見知らぬチンピラから、ぺいっとしたくなるほどのダル絡みをされてしまった、ゴールデンレトリーバーのことを思った。
「ほんのちょっとの傷で、本犬も平気そうにしてるんですけど、念のためいまから病院に連れて行かせてもらっていいでしょうか」
「あっ、それはもちろん、あの、たすかります、はい」
わたしの歯切れが悪いのは本犬という響きに戸惑ったからである。なんやろう、なにを言われたんやろう、あっ、本人って言いたいけど人じゃないからか。本犬……ほ、本犬!?!?
くわしく経緯を聞いたところ、梅吉には大好きなお姉さんがいて、そのお姉さんが「梅吉くーん」と呼んだのに、ゴールデンレトリーバーが勘違いして「ん、ワイか?」と近づこうとしたことに、梅吉が「お前だれやねんコルァ アアンボケェ」などと、腹を立てたというのだ。
チンピラ。紛うことなきチンピラである。恥ずかしくなってきた。
「うちの梅吉が、ごめんなさい……」
わたしの落ち込みようを心配してか、スタッフさんがものすごく恐縮して何度も謝りながら
「梅吉くんも、自分の10倍ぐらいあるワンちゃんに向かっていくのは、勇気ありますよ!それに梅吉くんは、怒ることもあるけど、絶対に噛んだり引っ掻いたりしないんです!本当は優しい子ですよ!」
あわててフォローをしてくれた。チンピラへのフォローそのもの。マサくんもあんなヤンチャしてっけどね、本当は優しいんだよ、タバコを投げ捨てるときは絶対、花壇だけは避けてっから。
梅吉はかすり傷で、ピンピンしながら、薬とともに病院から帰ってきた。
それが、昨日のこと。
そして、今日の夕方。
連絡があった。
「弟さんが」
「はい」
「軽い怪我をされてしまったので、これから病院へお連れします」
「えっ」
三日連続で、家族が病院送りである。いったい何事か。
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週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。